サンタが町にやってきた⁈~藤ヶ丘少年団~

白兎

第1話

 今年もこの季節がやって来た。待ちに待ったクリスマス。僕は毎年、四つのクリスマス会に参加している。まず一つ目は学校のクリスマス会。今年は十二月十日に体育館で『サンタが町にやって来る』という題の映画を上映するという。去年までの校長が、子供たちに夢をという趣旨で、サンタのアニメを上映していて、今年から校長が変わったが、その流れは変わらなかった。ちなみに去年までの校長は女性だった。

 低学年はこの映画に、目を輝かせていたが、六年男子となると、サンタを信じる奴なんて、ただの一人を除いてはいないだろう。

「なあ吉田、サンタなんてさ、くだらないよな」

 吉田と言うのは僕のことだ。吉田よしだ賢一けんいち、藤ヶ丘小学校の六年。僕のとなりでぼやいているのは内野うちの省吾しょうご、同じく六年。彼は身長百六十五センチ。体格はがっしりとしていて、引き締まった筋肉は小学生とは思えないほどだ。彼の家は運送屋で、時々手伝いをしているから、自然と鍛え抜かれたようだ。内野は下級生たちがはしゃいでいるのを横目に、

「信じる奴がいるなんてな」

 なんて言っている。僕ももちろん信じてなんかいない。現実的に不可能なことだから。トナカイやソリが空を飛ぶなんて。しかも、縁もゆかりもない子供たちにプレゼントを持ってくる物好きなじいさんなんて、いるわけがない。そう思っていた。

「お前たち、サンタが来たことないのか? かわいそうに、信じることが大切なんだよ」

 そんなメルヘンチックなことを言っているのは山田やまだとおる。彼は僕より少し背が高い。色白で長いまつげに黒目勝ちな瞳。髪は少し長めで、身体は細身。中性的な顔立ちで、女子と間違われることもある。本人はそれを気にしているから、その事には触れないようにしている。山田と僕と内野は同じ六年一組で、周りの連中には、一組の三人組と言われている。ちなみに六年三組には、三組の三人組というのがいる。彼らはなにかと僕らと張り合いたがる。そのリーダー、高塚たかつかしげるは要注意人物として、教師らもマークしている。彼がどんな人物か? と誰かに尋ねられれば、知っている者ならこう答えるだろう。『藤ヶ丘小学校一番の暴れん坊』とね。


 学校のイベントがあると必ずと言っていいほど、何か問題を起こすのだ。

 クリスマス会の映画が終わると、ステージにサンタが登場した。

「あれ、マッキーじゃねぇ?」

 マッキーとはニックネーム。彼は六年一組の担任、牧田まきた健二けんじ。つまり、僕らのクラスの担任教師。彼は二十九歳の独身。僕らからしたら、もうおじさんといっても過言じゃないが、とにかくマッキーは教師らしくなく、近所のお兄さんみたいな親近感を与えるような人だ。今だってほら、マッキーはコミカルな音楽に合わせて、ステップを踏みながら、ステージから降りてきた。ステージに近いところから、一年、二年と並んでいる。マッキーサンタは、下級生に囲まれ、もみくちゃにされたが、お菓子のプレゼントを渡して上機嫌だった。次に三年、四年に配り、最後に五年、六年。さすがに、高学年になると、はしゃいだりはしない。逆に冷めた感じでお菓子を受け取っている。

「マッキー。俺にもくれよ」

 内野がニヤニヤしながら両手を差し出しておねだりすると、

「内野、俺はマッキーじゃない。サンタだ」

 マッキーは付けひげを撫でながら言った。

「マッキーサンタ。ご苦労さんだね」

 僕はねぎらいの言葉をかけてやった。

「子供らしくないぞ、お前ら」

 山田はそれを笑って見ていた。

 騒動が起きたのは、そのあとだった。

「つまんねーぜ。いい大人がサンタの恰好なんかして。オレらガキじゃねーっつーの」

 あの暴れん坊、高塚がサンタの恰好をしたマッキーを捕まえて、帽子と髭を剝ぎ取ってしまったのだ。

「おい、何をするんだ!」

 マッキーはそれをとがめたが、

「怒るなよ。返してやるからさ」

 高塚は悪びれた様子もなくそう言って、帽子と髭を投げた。

「このやろー、ふざけんなよ!」

 そう言って、高塚に殴りかかろうとするのは、クラスメイトの権田ごんだ剛士つよし

「やめなさい」

 剛士の振り上げた腕をマッキーが止めた。

「またお前か、一組の狂犬。そんなに怒るなよ」

 高塚がにやつきながら言った。これには僕もカチンときたが、殴り合いの喧嘩になって、痛い思いをしたくないので黙っていた。

「高塚! 今度こそ、ぼこぼこにしてやる!」

 剛士は、もう頭に血が上って、マッキーの手を振り払い、高塚に殴りかかったが、拳が当たる、すんでのところで今度は内野がその拳を掴んで止めた。

「やめとけよ。こんなの殴ってもしかたないだろう?」

 内野の言っていることは僕も納得だ。こんな奴を殴っても損をするだけだ。

「剛士、落ち着けよ」

 マッキーはそう言って、剛士をなだめたが、噴火した火山は、そう簡単には治まらない。

「マッキーは悔しくねーのかよ。あんなことされて」

 剛士は不満たっぷりな様子でマッキーに言った。

「まあ、俺は大人だからな。子供のいたずらにいちいち腹を立てたりしない」

 とマッキーは平然とした態度で、まったく気にしていない様子だった。

「おれは、あいつをぶん殴らねーと気が済まない」

 それでも剛士は拳を握り締めて悔しそうにしている。そもそも、揶揄からかわれて侮辱ぶじょくされたのはマッキーで、剛士はマッキーのためにこんなにも怒っているのだ。そのことをクラスのみんなは知っていた。もちろんマッキー本人も。結局、剛士は暴れん坊でもいい奴なのだ。剛士がぶん殴るなどと、物騒なことを言っているのを聞いて、

「それは聞き捨てならないな」

 マッキーは体裁を守るかのように言ったが、剛士の気持ちが嬉しかったのか、口元は少し緩んでいた。


 この騒動を聞きつけて、三組の担任、柳瀬やなせ亜紀あきが走って来た。

「すみません、牧田先生。またうちの高塚が何かしたそうで……」

 この担任教師は、去年新任として教師になったばかりで、いつも自信なさげにしていて、問題が起こるとおどおどしている。まあ、あの高塚がいるのだから、不運としか言いようがない。この新任教師、年齢は知らないが、たぶん、二十代前半だろう。六年女子からは『亜紀先生』とお姉さんのように慕われている。しかし、先ほども言ったように、頼りにはならないため、六年男子にはあてにされていない。今だって、こうして謝るだけでどうしたらいいのか分からないのだから。

「いや、大したことじゃないんですよ」

 とマッキーは言って笑ったが、新任教師は済まなそうに、すみませんと何度も言って謝っている。それから、高塚の方を向いて声をかけたが、

「高塚君。ちょっと来なさい。あっ、こら、待ちなさい!」

 高塚は子分の二人を連れて、どさくさに紛れて、とんずらしてしまった。

「本当にすみませんでした。あとで叱っておきますので」

 新任教師はまた、頭を下げて何度も謝っている。気の毒で見ていられない。

 そんな騒動で、会は白けた雰囲気のまま、尻つぼみで終わってしまった。

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