第2話

 それからしばらく経って、十二月二十二日の土曜日に、子供会のクリスマス会が開催された。この日から僕らは冬休みに入った。子供たちのために、地域の大人が協力してくれる。主催は子供で、僕ら六年が司会進行をする。

 会場は公会堂で、外にある大きな木にはイルミネーションの電飾が施され、キラキラと輝いている。電飾は電器屋のおじさんが用意してくれて、近所のおじさんたちで飾り付けをしてくれたのだ。

「今からクリスマス会を始めます」

 山田が司会をやり、じゃんけんゲーム、伝言ゲーム、なぞなぞ、最後にビンゴをやって終わった。そのあと、サプライズ的な登場で、サンタがやって来る。

「今年のサンタは誰だろうねぇ?」

 下級生たちは楽し気に話している。クリスマスの曲が流れて、僕らは歌を歌う。その曲に合わせて、白い大きな袋を担いで、もう片方の手に一升瓶を持っているサンタが、よたよたと入って来た。

「おい、誰だよあれ」

 誰かが呆れて言った。そのサンタは明らかに変だ。足取りがおぼつかない。

「酒屋のオヤジだ!」

 内野が叫んだ。酒屋は酔っ払っているらしい。そのあとに入って来たのは、トナカイ姿のクリーニング屋。去年は花屋のバイトのおねえさんで、ミニスカートのサンタ姿での登場だったのに、今年はおじさんばかりで花がない。

「やすさん、酒なんか飲んじゃだめだよ。子供のイベントなんだから」

 苦笑いしながら、クリーニング屋はキラキラの花吹雪をまき散らして歩いた。

「なんか酒臭い」

 山田が言うと酒屋サンタは、はーっと息を吹きかけて言った。

「文句を言うとプレゼントはやらねーぞ」

 山田は顔を背けて、おじさんの酒臭い息を手で扇いで拡散した。山田も気の毒に、色白の顔が蒼褪あおざめている

「こんなサンタなんていないよ」

 僕は呆れてそう言った。すると、酒屋サンタは僕の方を向いて、こちらにも噛みついてきた。

「なんだぁ? 俺はサンタだぞ。文句があるか?」

 酒屋サンタが僕に近寄って来た。酒臭い息を吹きかけられると思い、身を縮めていると、

「この、酔っ払いサンタ!」

 たまりかねて、内野が立ち上がって一喝した。一瞬、酔いが冷めたのか、ピンと背筋を伸ばして内野を見ると、酒屋は頭を掻き、気まずそうな顔をした。結局、酔っ払いサンタが、みんなにお菓子のプレゼントを配り、なんとか無事に終わった。辺りはもう暗くなっている。僕ら三人は、自転車を走らせ家に向かった。

「今年は意外なサプライズだったね」

 山田は結構、楽しんでいたらしい。そういえば、サンタを信じている六年生というのも山田のことだ。空想することが彼の趣味の一つなのだ。

「でも、これが俺らの最後のクリスマス会なんだぜ」

 このクリスマス会は、子供会のイベントで、来年中学生になる僕らはもう参加できない。

「ああ。残念だな」

 僕としても、軽くショックだった。

「ねえ、あそこにサンタがいるよ」

 山田が指差す方向に、サンタ服を来た人がとぼとぼと歩いていた。

「酒屋か?」

「違うんじゃない?」

 僕らは自転車で通り過ぎる際に、ちらりと顔を確かめた。見たことのない人だった。山田は何を思ったか、自転車を止めて、サンタに近づいた。

「こんばんは」

 山田が声をかけると、

「おい、やめようぜ」

 内野がそう言って止めようとした。けれど、山田はその人が気になるらしく、なおも話しかけた。

「どこかでクリスマス会があるんですか?」

 サンタはしょんぼりとうなだれていたが、山田に話しかけられて背筋を伸ばした。意外と背が高かった。百八十センチはあるだろうか? ふさふさとした白い髪に、たっぷりとした白い髭、大きな鼻にちょこんとのった小さな鼻眼鏡。そして、青い目。

「おじさん、外国の人?」

 山田が聞くと、

「そうじゃ、フィンランドから来ておる」

 その人はサンタの出身地を答えた。僕らを子供だと思って、揶揄っているに違いない。

「本物のサンタと同じだね」

 山田が言うと、

「本物? ほっほっ。わしはサンタじゃ」

 サンタは目を細めて笑った。さっきより少し元気になったように見えた。

「サンタの恰好をしているだけじゃないの? おじさんが本物のサンタなの?」

 山田は目を爛々と輝かせている。

「くだらない。吉田、行こうぜ」

 内野はそのあと、

「この人、イカれてるぜ」

 と小声で言った。それが聞こえたのか分からないが、サンタは目を細めて笑った。

「ねえ、何だか元気がないみたいだけど、どうかしたの?」

 山田が聞くと、

「実はな、空を飛んでいたら、急に風が吹いてきて、ソリから落ちてしまったのじゃ」

 とサンタが答えた。

「それは大変だね。それじゃ、家にも帰れないじゃない。今晩はどうするの?」

「野宿をするしかないのぅ」

「そんなの無理だよ。寒くて死んじゃう。だからといって、僕のうちには連れて行けない。知らない人を連れてきたら怒られちゃう」

 このおじさん、見た目には歳ははっきり分からないが、かなりの年寄りかもしれない。放っておいたら、本当に死んでしまうかも?

「僕らの家には招待できないけど、秘密基地を貸してあげるよ。少しは寒さをしのげる」

 僕はサンタを信じたわけではないし、この人が、ただ浮浪者でも、野宿させるのは気の毒に思った。酒の匂いがしないから、酔っ払いでもない。危険な人物には、どうしても思えなかった。

「吉田、本気か? こんなのほっとけよ」

 内野はなおも反対した。しかし、サンタの優しい眼差しに、

「しかたない。案内しよう」

 と結局、内野も最後には了承した。僕らは自転車を降りて歩いた。これから行くところは第二秘密基地。場所は四丁目の竹やぶの中。秘密基地の中では一番大きいが、目立たないように工夫してある。第二秘密基地と言うからには、第一秘密基地もあるだろうと思うかもしれないが、今はもうない。これには泣くに泣けない、悔しい出来事があったのだ。


 

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