第2話 元勇者と狙われたバーサーカー

(ううう、重いいぃぃ……)


 さすがに勇者魔法をかけていても身長差も体重も倍くらい違うときつい、

 傍から見れば酔っぱらいのお姉さんが、

 潰れたまま謎に移動しているくらいに見えるだろう。


(あれを目標に真っ直ぐ進むか)


 ここからでも見てわかる六、七階くらいの立派な宿、

 暗い夜でも目印になるくらいにはわかりやすい、とにかくあそこを目指そう。


「ニィナさん、辛くないですか? 吐きそうになったら言ってくださいね」

「……」

「お願いしますよ? 大惨事は嫌ですから」


 よくよく考えたら少し年上の女性が凄く密着している状況なんだけど、

 穀物の入った大きな袋を持って運んでいる仕事みたいで正直言って変な気持ちにはならない、

 むしろ前に居たパーティーで、ティムした大型モンスターが気絶していて運ばされたのを思い出す。

 そうこうして進んでいるうちに……


(……真っ直ぐ目指したのは失敗だったかな)


 できるだけ直線距離で行こうと細く暗い路地に入ったのがいけなかった、

 結構な人数が居るな、八人か、後ろ六人、前二人……いや奥に三人目が居る、九人だ、

 隠れているつもりだろうけど勇者スキルの探索でわかる、

 使いたくなくても勝手に使われるスキルだから仕方ない。


「おい、その女は置いていけ、そうすれば見逃してやる」

「いやいやこれは僕の獲物でこれから解体しに行く所ですから」

「おもしれえこと言うじゃねえか、なら俺たちが買い取ってやるよ」


 チャリン、と金貨が一枚投げ落とされた音が合図だったのか、

 まわりの人影が一斉に襲いかかってきた、

 僕は無詠唱で勇者魔法バウンドアタックを相手に放つ!


「うおおっっ!?」


 見えない圧力で相手を弾き跳ばしてその反動で自分も後ろに跳び、後方の敵を両足で蹴り飛ばす!

 同じ要領で残った敵にもバウンドアタックをかけ、今度は反動で前のもう一人の敵を上から踏みつぶす!

 僕だけじゃなくニィナさんの体重もかかってるから相当なダメージだろう、そのまま路地を通り抜ける……


「ま、待て! 待ちやがれえっ!!」


 後ろの何人かが追ってはくるが、前で隠れてた人影はそのままだ、横を素通りして通りを抜ける、

 大通りに出てきたからもう安心だろう、と思いきや今度は同じような顔を隠した連中が二十人くらい待ち構えていた。


(どうなってるのこれ)


 確かに夜遅い時間ではあるが、さすがに衛兵に見つかるんじゃないかな?

 いや短期決戦でさっさと終わらせて逃げるつもりだろう、

 後ろから追ってきた連中も追いついた。


「さあ、もう逃げやできねえぜ、おとなしく……」

「ニィナさんすみません降ろします、ちょっとこれ、お借りしますね」

「……うぅ……??」


 申し訳ないと思いながらも石畳の道に座らせ、背中のベルセルクソードに手をかける、

 ぬ、抜けないっ! そうかこれは……と手に魔力をこめて掴むと、あっけなくズズズッと抜けた。


(これは凄い、そして重い!)


 ちゃんと刃が綺麗に砥がれていて

 巨大オークやワイバーンどころかドラゴンすら真っ二つにできそうだ。


「おいおい、ふらついてるじゃねーか」

「引きずるのが精いっぱいか?」

「子供が手にできるおもちゃじゃねえぞ! よし、かかれ!」


 まわりをぐるりと取り囲んでいた輩連中に僕はベルセルクソードを振り回す!

 うん、これは魔力で動かすタイプの剣だ、とはいえ剣の力が強すぎて振ると身体を持っていかれる、

 ならば、と方向を定めて振った剣に身を任せて無理に動かそうとはせず、その勢いについていく……


「ぐわっ!」

「ひいっ!」

「いでえっ!!」


 剣は次々と敵を弾き飛ばしていく、

 僕があえて剣の平たい部分を当ててバッティングしているからだ、

 刃でやれば間違いなく胴が真っ二つになるだろうけど、ニィナさんを血で汚したくはない。


「なんだお前、剣に使われてるじゃねーか!」


 そう言われてもこういう使い方しかできないんだよっ! と言いたかったが

 歯を食いしばってて言えない分、剣で弾き飛ばす事で返事する!

 言ってた奴は建物の壁に激突した、

 多少骨は折れてるだろうが死にはしないだろう、

 そうこうしているうちに襲いかかってきた奴は全員倒すことができた。


「……ふぅ、では剣はお返ししますね」

「ZZZZZzzzz……」

「ニィナさん、寝ちゃってる」


 かっこよくない所を見られなくて済んだ、と思っておこう、

 ベルセルクソードを鞘に戻してニィナさんを再び担ぎ上げる、

 結局、遠くで見ている人影は最後まで姿を現さなかった……

 そして今度は路地裏に入る事なく大通りを歩き、ようやく目印にしていた大きな建物にたどり着いた、

 思っていた以上に立派で豪華な宿だ、警備がドアを開けて迎え入れてくれる、赤いじゅうたんときらびやかな装飾で目がチカチカしそう。


「いらっしゃいませ、ご予約された方ですか?」

「いえ、飛び込みですが、空いていますか?」


 向こうからしてみたら酔いつぶれている大女の背中が喋ってるような感じだが、

 気にせず受け応えしてくれる妙齢の女性……

 ニィナさんが重くて一瞬持ち上げて確認したが美熟女だ。


「申し訳ありません、ただいま最上階の勇者様専用特別室以外、全て満室でして」

「じゃ、じゃあそこで」

「えっ?その、一室、金貨十枚になりますが」


 たっけえ!!

 高すぎる、でも当然かぁ、仕方ない、諸事情により金はあるし。


「構いません、そこで」

「本当によろしいのですか?時間的に夕食の時間は過ぎております、

 あの、その分の値引きもできませんが」

「いいですよ、ていうか早くしてください」


 さっきの事もあるし出直して他の宿を探すリスクは犯したくない、

 あと重いし。


「ではまず勇者様の証明となる物をご提示くださいませ」

「ええっと、いまこのグーグー寝てる上のお姉さんが持ってるんですけど」

「ではご提示を」


 他人のアイテムボックスに手は突っ込めないからなあ、

 ニィナさんって昨日か今日まで有名な衛兵騎士じゃなかったんだろうか?

 勇者って知られてるなら顔パスできそうなんだけど……ええい仕方ない!!


「じゃあこれで」


ニィナさんを背負いながら、

 器用に自分のアイテムボックスから冒険者カードを取り出す。


「これは、東の大陸の……Aクラス勇者様っ! し、失礼いたしましたっっ!!」

「金貨十枚ですね、あとチップも」


 銀貨も十枚渡しておこう。


「ありがとうございます、お夜食はご用意いたしましょうか?」

「いえ結構です、部屋はどっちですか」

「ご案内いたします」


 別のおじさん警備員に案内されて魔導昇降機へ乗る、

 最上階に到着するとキンキラキンな貴族が喜びそうな内装の通路、

 扉を開けてもらうとまさに贅沢の極みと言った部屋だ、なんだあのゴールデンシープのはく製は。


「何か必要なものはありますでしょうか」

「と、とりあえずはいいです、ありがとう」


 ニィナさんをソファーに寝かせおじさんにチップを渡す、

 さっさと出ていってもらってようやく落ち着いた、

 カーテンを開けて外を見るとお城のシルエットが見える。


「ふう、汗かいたぁ」


 綺麗な透明の水差しからお水をごくごく飲む、

 ニィナさんも飲むかな、とグラスに入れて口に近づけてみる、

 あ、飲んだ!少しこぼしながらも入れてあげる……

 少し、別れた婚約者を思い出して胸が痛くなる。


「このままここで寝たら疲れが取れないですよ、ちょっと見てきますね」


 いくつもある部屋を散策してみる、いや無駄に部屋が多いな、

 と思ったらベッドも多い、高レベルの勇者パーティーが泊まるための宿って感じだ、

 数えたら六つもある、あと簡素なベッドも四つ仕舞われてた、従者用かな? 貴族も泊まる感じか、

 そしてシャワー付きのお風呂もある! ちゃんとお湯も出るっていうかすでに張ってあった、凄い!

 あとテーブルのある会議室みたいなのもあるし、うん、金貨十枚だけの事はあるな。


「……ニィナさん、戻ってきましたよ」

「んっ……んんんっっ……zzzzz……」

「ベッドまで運びますね」


 一番大きくて豪華な寝室まで運ぶ、

 ベッドはキングサイズどころじゃなくハーレムサイズとでも言おうか、

 男一人がハーレムの女性四人を囲ってあんなことこんなこと出来る大きさだ、

 結局できなかったけど……と故郷で僕を捨てた婚約者たちの事を思い浮かべる、

 あれ? な、涙が……さっさとニィナさんを置いてお風呂に入って寝よう。


「よいしょ……それじゃ、おやすみなさ……いっ?!」


 ぎゅっ、と不意に腕を掴まれ、

 僕はそのままベッドに引きずり込まれたのだった……。

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