第9話 回想:僕が生まれてから西の大陸に逃げるまで(中編)寝取られてパーティー追放
「デレス=アヴァカーネ、お前をこのパーティー、デレスフライヤーズから追放する!」
そう宣言したのはいかにもかっこいい僕より年上の勇者、クロウ=イータッカだ、
何が起こったのかよくわからない、僕らパーティーが旅立って三年、
はじめて新しい仲間が加わるというので宿のロビーに来てみたら、この宣言だ。
「ちょっと、僕のパーティーを僕が追放されるって、わけわかんない」
二、三か月前から面識はあったがもっと紳士的な男だったはずなのに、
今は無作法にテーブルへ足をかけた勇者……僕を上から目線で鼻で笑う。
「Dランク勇者のお前はもう用済みだ、これからはAランク勇者のこの俺様が主だ!」
「あ、あるじって……そもそもこのパーティーのリーダーはリッコ姉ちゃん……姉ちゃん?」
クロウの後ろに並んでいる僕の婚約者四人、
すまなそうな表情の剣士リッコ、冷たい表情の僧侶フラウ、泣きそうな魔法使いミジューキ、テイマーのハービィは作り笑いっぽい。
「ごめんねデレス、私ね……お腹にクロウ様の子供がいるの」
「ええっ」
「ごめん、本当にごめん、だってデレスが悪いのよ、旅に出て三年間、手を握る以上の事をしてくれなかったから……」
僕は目の前が真っ暗になる。
「だ、だって、でもだって、昔、子供の頃に一緒に読んだ冒険者の本で、最後の魔王を倒した勇者は恋人の僧侶と、
朝日昇る崖の上で幸せのキスをしてハッピーエンドで、いつかこういう幸せを一緒に掴もうって!」
「ごめんね、私も、もう二十二歳よ、デレスだって十八歳じゃない、もう子供じゃあないの」
そんな、そんなぁ……
「フラウさん!フラウさんはどうしてそんな顔してるの!」
「デレスくん、あのね、私だって二十七、もう後がないの、どれだけ誘っても誤魔化したり逃げたりして、
去勢されてるような勇者にもう用はないの!デレスくんの言う最後の魔王を倒してからって何十年後?もう待てないわ」
ミジューキお姉ちゃんの方を見ると涙をこぼしてる。
「私もね、何百回、何千回もデレスちゃんをぎゅーって抱きしめても、一度も抱き返してもらえなかった……
でもクロウさんに抱きしめてもらったとき、ああ、私が欲しかったのはこれなんだって思っちゃって……ごめんなさい」
ハービィは空笑いしている。
「動物は素直だよっ、好きになったらスグだもんっ!三年間ずっと愛してたのにまったく応えなかったらこうなるよねっ!」
「い、いや僕だって、みんなを大事に、大切に思ってて、婚約してたから、それってずっと愛し合ってたって事なんじゃ……」
リッコにパッシーンと頬を叩かれる!
「だから何?婚約してるっていう事実に甘えてただけでしょ?姉として教育を間違えた事は認めるわ、だからデレス、独り立ちしなさい」
「そんなあああ!!」
「ずっと三年間、愛し続けてもらって世話してもらったのに、
男としてする事しなかったら、キスさえしなかったら、こうなるのよ!おぼえておきなさい!!」
つつつーーーっと眼鏡の奥から涙が流れるリッコ姉ちゃん……
「そういう訳だ!俺なんかデビューして一年半でAランクだぜ、お前は三年でDランク、それで勝負ありなんだよ!」
僕の頭をゲシゲシ蹴るクロウ、さすがにそれはとフラウさんが止めると、今度は唾を吐いてきた。
「さあ、お前のアイテムボックスに入っている金を全部出せ!」
「えっ、な、なんで」
「分けるんだよ、リッコから聞いたら金の管理はアイテムボックス持ちのお前だって聞いた、
人数分、別れる前に分けるんだよ!そんな事もわからねえのか、この低能が!」
仕方なく僕はテーブルに乗っている足の横に大金貨、金貨、銀貨を全て出す、じゃらじゃらと……
「銅貨もだよ!全部っつっただろ!」
言われた通り出すと足を下ろし、急いでアイテム袋に入れはじめるクロウ。
「え、分けるんじゃ?」
「頭悪いな、俺たち五人で分けるんだよ!お前は追放だからナシだ」
「そ、そんなあ!」
「あとプライドソードも出せ、このパーティーの勇者は俺だ」
「えっ、勇者の証なんだからこれがないと」
一枚入れ損ねた銅貨を僕のおでこに投げつけたクロウ。
「ポーターでもやってろ!お前は追放なんだよ追放!さっさと出せ!リッコ、出させろ!」
「……あのねデレス、実家から連絡が来てね、お兄様が一年もつかもたないからしいの」
「ええっ、イリオン兄さんが?!」
「それでね、デレスを追放したらクロウ様との結婚式の時にエリクサーをプレゼントしてくれるって」
「エリクサーってあの奇跡の万能薬、エリクサー?!」
どんな重い病気も呪いもたちまちに治すという、
冒険者でもSランクだって一生に一度、手に入れられる人はほんの一握りという……
大きな国の王様は必ず一つは常備していて戦争の元にすらなるという、値段のつけられない、あの!!
「今まで楽しかった、でもキスくらいは頬にでもして欲しかった、さあ、プライドソード出して、最後のお願い」
これを無くしたら冒険者ギルドからの再発行は無い、
それはたとえ魔王との戦いで無くしたとしても、と決められている、
だからプライドソードを渡すという事は勇者のプライドを渡す、捨てるという事だ。
「ほら、さあ、これ以上私を、苦しめないで」
大粒の涙を流すリッコに僕はプライドソードを渡すしかなかった……。
「ありがとう」
「う……う、うわあああああああああああああん!!!」
僕はそのまま宿を飛び出す!
背後では下品な声でゲラゲラ笑うクロウ、
情けない……僕はなんて情けないんだ……気が付くと宿の離れにあるティムモンスター小屋にいた。
「ううう、ううううぅぅぅぅ……」
泣きながらハービィの最新ティムモンスター、
苦労して捕まえた幻獣ケルピー三頭のうち一頭に抱きつく。
「ごめん、僕、僕、草食すぎて……捨てられた」
「ヒヒッ?!」
不思議そうに馬の首をかしげる、
ピンクの首輪についた鈴がチリンと鳴った。
「キューピー、甘えたがりのお前ともう会えないと思うと寂しいよ……」
「ヒヒィン……」
続いてブルーの首輪へ。
「クーピー、お前はいつも無口だけど、ここ一番のときは鳴いて知らせてくれたよな、ありがとう」
「……」
最後にオレンジの首輪へ。
「パッピー、結局お前の後頭部のハゲ、治してやれなくてごめんよ……」
「ヒヒン!ヒヒン!ビヒヒッヒン!!」
「じゃあなみんな、新しい勇者様にちゃんと、かわいがってもらえよ!」
これが最期のお別れと感じたのか騒がしく鳴く三頭、
僕は涙をぬぐいながら後にする……奪われた、大事な婚約者も、勇者の証も……
(そうだ、勇者を捨てよう、そして、他の大陸へいこう)
ほとんどの国ではAランク以上の勇者は移動を制限される、
ナムシア国でAランクになれば貴族になれるというのも囲い込みのためだ、
隣国間はさほど厳しくないが所属登録をした国から遠く離れるとなると色々やっかいになる、
だから僕が勇者Dランクの今のうちに別の大陸に行って、そこでシャクだけどあのクロウが言っていたように、
生まれ変わった気分でイチからポーターとして過ごすのも悪くないかも知れない、
なにせ僕には勇者を辞めても勇者スキルのアイテムボックスがある。
(でも、でもまだこの大陸ですべき事がひとつだけある……エリクサー、か)
育ててくれたアヴァカーネ伯爵家には、恩返ししないと……。
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