第8話 回想:僕が生まれてから西の大陸に逃げるまで(前編)アヴァカーネ伯爵家にて
この世界には二つの大きな大陸がある、
西のモバーマス大陸、そして僕が生まれ育った東のミリシタン大陸だ、
その大陸で二番目に大きなナムシア国のブラヌシアタという海に面した街で僕は育てられた、
生まれはもう少し内陸のタルッキという村らしく、そこの教会で赤ん坊の頃に勇者と鑑定され、
実の親はお金目当てに僕を売ったらしい、というのも僕は身体が小さすぎて普通の、いや貧乏な家では育てられないからだとか、
あと黒髪は不吉という迷信もあったかららしい、僕が黒髪って事は実の父か母かも黒髪だったはずなのだが。
そこで僕を買い取ったのがブラヌシアタのアヴァカーネ伯爵家だった、
僕はデレス=アヴァカーネとして育てられ、充分な栄養とそこそこな知識を植えられ順調に育った、
小さかった体は小さいままそれなりに育ち、やがて小さいながらも元気いっぱいですくすく成長した、
物心ついたときの思い出は、世話してくれたメイドは沢山いたが当時の顔はまったく思い出せない、
かわりにいつも思い出すのが僕より四歳年上の伯爵令嬢リッコの顔だ、金髪縦ロールで一番昔の記憶の頃からすでに眼鏡をかけていた。
「ほらデレス!もっと、ふんばりなさい!」
「いたいよぉリッコねえちゃん、ちょっとやすもうよお」
「だめよ、こういうときは、うそでもなんでもいいからガンバリマスってわらいながらいうのよ!」
リッコ十歳、僕六歳の剣の稽古ですでにこれである、
木の模造剣とはいえ年齢より背の高いリッコと年齢よりかなり背の低い僕は、
そこからの年齢差もあり勝てるはずもなく毎日毎日こてんぱんにやられていた、
それをいつも病弱な長男イリオンは窓から見ていたっけ、
きょうだいはこの二人だけだったので勇者の子供が欲しかったのだろう、たとえちんちくりんな低身長でも。
その伯爵令嬢リッコが十二歳になりナムシア国の王都ナムシアンの学園で三年間過ごす事となり、
その間、僕の教育係としてやってきたのが長い銀髪で程よいスタイル(ただし胸すこし大き目)の女僧侶フラウさん、
当時ですでに十七歳、僕は八歳である。
「ほらほらデレスくん、勇者魔法を沢山使うためには薬草サラダは毎日四食食べなさい!」
「は、はいっ、ガンバリマスッ!」
「朝、昼、おやつ、夕食にお腹が膨れるくらい食べればきっと勇者魔法の威力も普通の勇者より増すわ!」
身長のない僕は力を伸ばすよりは、と魔力を上げる方針を取られ、
毎日毎日、魔力を底上げする薬草サラダを物理的に詰め込まれた、
余裕があれば肉も食べたが僕は身体のサイズからか草食が合っていたらしく、
毎日違う種類、時には高級薬草、時には少し苦い薬草と色々食べるうちに嫌いになるどころか大好きになっていった、
そしてそんな僕を毎日世話してくれるフラウさんも、本当の母親ってこんな感じなんじゃ、と思うくらい親しみを覚えた。
「デレス!私が居ない間、剣術をサボったりしてないでしょうね?!」
学園が長期休みのたびに眼鏡を光らせ帰ってくるリッコ姉ちゃんにも僕は実の姉同様に思いつつも、
姉では収まり切れない感情がいつのまにか芽生えていた、リッコ姉ちゃんも僕の事を弟以上に思っていたらしい。
「貴方が話で聞いた勇者様、デレスちゃんね……かーわいっ!!」
その休みのたびにリッコ姉ちゃんと一緒に遊びに来たのが親友であり水色の髪をツーテールにした、
魔法使いのミジューキだった、背は普通よりは少し低めらしい、魔法使いによくある影あるタイプじゃない、明るい笑顔だ。
「ミジューキおねえちゃん、い、いたいよぉ……」
「あらごめんなさい、かわいくってかわいくって、かわいくってつい、ムギューーーってしちゃったわ」
「はいはい、デレスはデリケートな勇者なんだから無茶しないでよね、なにせ私のものなんだから」
「えっ、ぼくってリッコおねえちゃんのものなの?」
「ずるーい!ねえデレスちゃん、ミジューキおねえちゃん好き、って言ってみて?」
なんて来るたびに困らせられたっけ、そしてあっという間に三年が過ぎ、
リッコ姉ちゃんは卒業し立派な剣士になって帰ってきた、なぜかミジューキお姉ちゃんを連れて。
当時、僕は十一歳、リッコ姉ちゃんミジューキ姉ちゃんが十五歳、フラウさんが二十歳になっていたある日……
「はじめましてっ、ガガーナ男爵家から来たハービィだよっ!これはワーウルフのポンク、ボクがティムしたんだっ!よろしくねっ」
やってきたのは短めな青髪、背はリッコほどではないものの高めの、
動物や魔物を魔法で飼いならすテイマーのハービィ、外を駆け巡るのが好きそうな健康的な女の子で僕の同い年だ、胸はまあ、ほどほど。
「いらっしゃい、ようこそ我がアヴァカーネ伯爵家へ!私は長女のリッコ=アヴァカーネよ」
「私はデレスくんの教育係、僧侶のフラウよ、貴女の教育も短い間だけど、やらせてもらうわ」
「ホームステイ中のミジューキ、魔法使いよ、ポンクくんもよろしくね~……ほらデレスちゃんも!」
「は、はいっ、デレスです、デレス=アヴァカーネです、です!です」
「なんだかよくわからないけどっ、よろしくっ、デレスゥ!」
そう、ハービィがなぜアヴァカーネ伯爵家へ来たのか当時は僕もハービィ本人もよくわかっていなかった、
あとから知ったのだけれどガガーナ男爵家がアヴァカーネ伯爵家との関係を強くするために、
どうとでも好きにして良いと事実上、嫁に出したようなものだった、
でもお世継ぎのイリオン=アヴァカーネは病気療養中だったからかお気に召さなかったらしい、
結果、どうなったかというと、その一年後……
「デレスゥ!一緒の学園、楽しみだねっ!」
「う、うん、ぼく、背が低すぎて絶対馬鹿にされるから、最初から友達がいるのは心強い……」
「そんな奴はボクのポンクが噛みついてやるよっ!ボクだって噛みついてやるっ!」
僕もリッコ姉ちゃんと同じように王都の学園へ寮生活する事となった、ハービィと一緒に。
「ハービィ、いい?デレスをよーーく頼むわよ?何かあったらすぐ馬車を飛ばして行くから連絡なさい、デレスも!」
「デレスくん、テイマーのハービィちゃんは単体ではあまり強くないわ、いざとなったらデレスくんがハービィちゃんを守りなさい」
「デレスちゃんデレスちゃん、デレスちゃんの寮に、デレスちゃんの部屋にホームステイしたかったけど無理だって~様子見に行くからね~」
「あはは……デレス、ガンバリマス!」
学園生活は意外と虐められる事もなく過ごせた、貴重な勇者だったからって事もあったけど、
以前学園で幅を利かせまくっていたリッコお姉ちゃんが後輩に強く言って、
その後輩がさらに後輩、つまり僕の同級生の荒らそうな連中をすでにシメてくれてたからとかなんとか……
もちろん冗談交じりで黒髪やこの極端に背の低い容姿をからかわれたりもしたけど、少し行き過ぎるとハービィが裏で何か……
次の日、言ってきてた相手にかなり謝られて、それをハービィがよしよしといった感じで頷いてたから、多分そういう事だろう。
長期休みが入ると今度はブラヌシアタからリッコ姉ちゃんらが、
わざわざ王都ナムシアンまでやってきては世話を焼いてくれた、
そこまでしなくてもっていう位に学園関係者や僕の先輩・同級生にまで気を使って菓子折りを渡したり、
時には伯爵家の名前まで出して爵位が下の者を少し脅すような事をしたらしく、さすがにそれはやめて欲しいとお願いした。
「だってデレスのためだもの」
ここまでして僕のために尽くしてくれたリッコ姉ちゃんたち、
環境を良くしてもらったせいか、僕も期待に応えたくて夢中で勇者としての力をつけ、座学にも励んだ、
そして無事、学園を卒業しアヴァカーネ伯爵家に戻ると当主様から信じられないような言葉を告げられた、それは……
僕とリッコ姉ちゃんとの、婚約だった、
眼鏡を光らせながら嬉しそうに話すリッコ。
「びっくりした?これは私の意志でもあるの、でも条件があるんだって」
「ど、どんな?」
「勇者としての武勲を上げる事、具体的に言えば、できればこの大陸一番の魔王を倒す事だけど、
最低でも冒険者でいうと勇者Aランク、そうすれば爵位を譲れるし他からも貰ってこられるって」
確かに勇者は国のために多大な貢献をすれば国王様が騎士爵の上位にあたる勇者爵を貰えたりする、
また直接貰えなくてもその実績で爵位を継ぐことを許される、勇者爵は公爵とほぼ同じ扱いになるらしい、
このあたりの細かい説明は話が長くなるので省略するけど、勇者が爵位が貰うと、なんと……
「デレスよく聞いて、そうなるとお嫁さんを四人娶れるの、正室は私、あと側室は……」
笑顔で並ぶフラウさん、ミジューキお姉ちゃん、ハービィ。
「回復役はお任せあれ、頑張って一日でも早くAランクに上がりましょ、デレスくん」
「デレスちゃんには私の本気の魔法見せてあげる、勇者様はデーンと構えててね」
「ポンクはもうトシだし番犬としてアヴァカーネ家に置いていくけどっ、テイマーの本領発揮して将来はドラゴンをティムしたげるねっ!」
「ありがとう……よーし、デレス、ガンバリマスッッ!!!」
出発のこの時、僕とハービィは十五歳、リッコ姉ちゃんミジューキ姉ちゃんが十九歳、フラウさんが二十四歳だった。
「それでデレス、パーティー名はどうするの?」
「うーん……デレスパーティー……デレパ……何か違うなぁ……」
「デレスくん、デレスくんのためのパーティだからデレスの名前は入れましょ」
「いっそデレス親衛隊ってどう?ねえデレスちゃん、どう?」
「デレスが決めてっ、そうすれば誰も文句言わないからっ!」
僕は考えたのち……
「みんなで飛び立ちたいから、デレスフライヤーズにしよう!」
こうして勇者の僕、剣士のリッコ、僧侶のフラウ、魔法使いのミジューキ、テイマーのハービィという、
まさにハーレムパーティーとも言える関係で冒険の世界へ飛び立つのだった。
三年後、あんな事が起きるとは知らずに……。
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