第12話 回想おまけとシラフの女勇者

 余談だけど、ミリシタン大陸を飛び立とうとした時――


(高かったな~大陸間の大ドラゴン便チケット、そうだよなあ、あんなに大きなドラゴンなら……)


 大陸西端の国ププカ、その首都デムスは海を越えた西モバーマス大陸と行き来できる、

 ジャイアントドラゴンを九匹も所有している、正確には大陸中の国や各ギルドも出資はしているが、

 育成や調教、管理から繁殖まで全て任されているのでこの国が預かっているという域は超えている。


(まだまだ時間あるな、冒険者ギルドでお金を整理しよう)


 そろそろドワーフ国から大金が振り込まれているはず、

 と勇者専用受付で冒険者カードを背伸びして渡すと、

 眼鏡ショートの受付嬢から、思いがけない言葉をかけられた。


「おめでとうございます!デレス様は今回、ついに!ついにAランクに昇格されました!」

「えええええ???」

「まずはこれまでのクエスト達成の未払い報酬からです」


 じゃらじゃらと、とんでもない数の大金貨が!


「ちょ、ちょっとこれはどういう事ですか?!」

「はい、ドワーフ国からの、依頼素材の……」

「いえそうじゃなくて、Aランクって!僕、つい先日、Bに上がったばかりですよ!」


 僕が大金貨をアイテムボックスにしまう間に、

 色々と調べてくれている、ちゃんと詳細が報告書として回ってるみたい。


「ドワーフ国からのお礼のようですね、例の素材の入手と、

 その素材の提供は別クエストの扱いになっているようです」


 ちゃんとエリクサーという言葉を出さないのはよくできた受付嬢だ、

 この賑やかなギルドだと、どこで誰が聞き耳立ててるかわからないからなぁ。


「じゃあ僕がBランクに上がったのは」

「ドワーフのカルハさんという方と一緒にダンジョン制覇し素材を入手したクエスト達成によるものです」

「ということはAランクは」

「素材の権利を譲って下さった事、さらに別の素材も入手して渡して下さった事が別クエストの達成という事に」

「そんな、いちいち無理して分けなくていいのに」


 きっと気を使ってくれたというか、

 できる感謝は何でもしたかったのだろう、

 とんでもないありがた迷惑だ。


「他にも、別の貴族様から、後付でクエスト発注扱いになっていて、

 そのクリア報酬もありますね、あ、先ほどお渡しした大金貨に含まれています」

「へ?どこの貴族様ですか?」

「あの、この冒険者カードにある……」


 僕のファーストネームの所を指でトントンする、

 そうか、アヴァカーネ伯爵家か、という事はちゃんと届いたんだな、

 一応、素材と一緒に事の顛末を書いた手紙は入れておいた、

 もしあのクロウとかいう男がすでにエリクサーを渡していても好きに使ってもいいと、

 余して困る物じゃないし国王に献上すれば爵位も上がるだろう、最悪、番犬ポンクの寿命を延ばすのに使ってくれればいい。


「レベルも72ですからAランクの基準である70を超えています、年齢基準も六日前に十九歳になられていますから問題ありません、それでは書き換えますね」

「ちょっと待って!!」

「はい?書き換えたらお渡しして終わりですよ」

「その、Aランクになったら僕が持ってる西の大陸行き大ドラゴン便は……」

「そうですね、乗車の際に止められて、おそらく国の判断になりますね」


 まずい!Aランク以上の勇者は大陸から出るのは難しくなる!

 強い勇者は貴重で逃がしたくないというのがこの大陸ほとんどの意志だ、

 その考えは近年強くなってきているから、もう一生この大陸から出られない、まである!


「その、僕、西のモバーマス大陸へ行きたいんです!」

「しかし手続きは手続きですから」

「お願いします!酷いです、BランクからAランクに上がるまでの猶予がほとんど無かったじゃないですか!」

「そうは申されましても、冒険者ギルドとしては決められた規則通りに……」

「そのギルドには貢献してきました!冒険者ギルドは東も西も同じですよね?もっと大きい規模で考えてください!」


 僕の実績をさっきの報告書から見てるのだろう、難しい顔で考え込んでいる、

 お堅い冒険者ギルドでこれは逆効果かも知れないが……えいっ!


「……これでお願いします」


 静かに大金貨を二枚置く。


「買収ですか?困ります」

「ではこれで」


 さらに二枚置いて四枚にする。


「ですから困ります」

「ならばこれで」


 さらに四枚置いて八枚にする。


「ですから」

「それならば」


 もう八枚置いて十六枚にする、

 それを見て動きを止め、ため息をつく受付嬢。


「……わかりました、もっと待てば三十二枚、六十四枚になると一瞬期待した私の負けです」

「それじゃあ!」

「一枚で構いません、あとはしまってください」


 僕が回収しはじめると大金貨一枚だけササッと袖の下へしまった、

 そしてBランク表示のままの冒険者カードを前に出し、ストッ、と僕の足元へ落とした。


「あら失礼、落ちてしまいました」


 拾い上げると、こくりと頷く受付嬢、目で合図してくれてる。


「……ありがとうございます!」


 僕はそれを手にしたまま勇者受付を後にする!


「あーゆうしゃさまーこまりますーあーゆうしゃさまー(棒)」



 脱出しドラゴン便の乗り場へ、

 身分証明のチェックが厳重に行われている、

 さすがにここは複数の人の目が厳しく、さっきみたいな手段は無理だろう。


(大丈夫だよな?このカード)


 あとは書き換えるだけと言っていた、

 もしチェックで勇者だからと水晶に通されてAランクにされたら即拘束もありうる、

 僕が勇者を捨ててポーターとしてやり直したいのは、もう勇者の義務に囚われたくないからだ、

 婚約者たちに捨てられた原因に僕が勇者なのに草食だった、手を握るのも精いっぱいだったからって事もあっただろう、

 だから変に勇者という立場で婚約者を貰うより、冒険者としては低く見られるポーターなら、本当の愛が見つかるかも知れない。


(ええっと、古い手かもしれないけど、あの手でいこう)


 僕は時間ぎりぎり、むしろ時間が過ぎたタイミングで乗り場の受付に突っ込む!

 丁度、係のテイマーが声を張り上げていた所だ。


「それでは出発しまーーーす」

「待って待って待って乗ります乗ります勇者でえええええええす!!!」


 さささっと大ドラゴン便チケットを渡して冒険者カードを見せる!

 ここはあえて見せてすぐしまうような事をせず、見せつけたまま早く、早くという感じのオーラを出す!

 身分証チェックの人がまじまじ見ていると係のテイマーが声をかけてくる。


「もう出すぞー」


 目視でのチェックのあと、水晶にチョコンと冒険者カードを乗せただけですぐ返してくれた、

 書き換えまではせず本物かどうかのチェックをしただけだったみたいだ、

 僕はテイマーの手を借りて急いで大ドラゴンによじのぼる、離陸直前のせいか縄梯子だ。


「ありがとうございまーす」

「では出発ー!」


 席に座った瞬間に翼が動きはじめる、

 慌てて腰の固定ベルトをつける……良かった、出られそうだ!

 大きく大きく高く高く飛び立ち、デムスの街がみるみる小さくなっていく。


「ああ、さようなら、みんな、さよなら、さよなら、ハービィ、ミジューキ姉ちゃん、フラウ先生、そして、リッコ姉ちゃん……大好きだったよ」

 


 長い長い空の旅を丸一日かけて着いたのが、

 東のミリシタン大陸と西のモバーマス大陸のちょうど中間にあるスターリ島だ、

 ここは最大の島スターリ以外にもまわりに中くらいの島六つと小さな島が二百くらいあって、

 海の魔物を狩る以外にもその小島にダンジョンがあったり、観光地でもあるため首都アンバーはかなり栄えている、

 ここで大ドラゴンを西のモバーマス大陸産、グレーテストドラゴンに乗り換えるのだがここでもチェックがあるようだ。


(あー南行きの受付はひとりひとり個人面談受けてる)


 人外魔境と呼ばれる南のシャマニース大陸、あそこは最初に着く大都市ムンサン以外はどこも死と隣り合わせらしい、

 だからムンサンへ仕事か観光で行くだけならまだ良いのだけれど、本格的に冒険するとなるとよほどの猛者でないと無理だ、

 当然、むざむざ死んでほしくないからと審査も厳重になる、冒険者カードから実績を念入りに調べられるらしい。


(あのレベルのチェックがあったらまずいな)


 実は勇者Aランクです、ってなったら強制送還もしくはこの国から出してもらえないとかあるかも、

 長旅で疲れたからこの国で一泊って選択肢もあったけど、変にドラゴン場から出て冒険者カードをチェックされたくない、

 二時間の休息のあと食事トイレを済ませてすみやかに西行きドラゴンへ……よし、目視確認だけだ!今度は最初に座席につく。


(モバーマス大陸、どんな所なんだろう)


 まるっきり予備知識を入れてないからワクワクする、

 一応、地理的な事は学園で習ったはずだが大して覚えていない、

 ただ冒険者ギルドは西も東もルールは大して変わらないとはどこかで聞いた、

 情報もそれなりに共有してるらしく、西で悪さをした冒険者は東でもきっちりマークされ、

 その逆もしかりらしい、詳しい内容は秘密らしいけど、僕が勇者という情報は消したい所だ。


(暇だなあ、寝るかぁ)


 ベルトをつけはするものの結構自由に寝転がれる、

 西のドラゴンの方が背中の面積が広いのでトイレの小屋まで立ててあって親切だ、

 東のは端まで行って海へ、だもんなぁ命綱はあったけど……ふわぁ……寝よう……。


 そうしてまた丸一日かけて海を渡り、

 ついにとうとうモバーマス大陸が見えてきた!

 これが初めて見る西の大陸……少し感動すら覚える。


「よーし、デレス、ガンバリマスッ!!」


 到着したドラゴン場には『ようこそアイリーへ』という大きな看板があった、

 この国の事らしい、そしてここは東端の街プルパイ、なんと降りた先が冒険者ギルドに繋がっていた!

 みんなすごく並んでいる、が、ここでも勇者専用窓口がある!仕方ない、使わせてもらおう、おばさん受付嬢の前へ行く。


「よくお越しくださいました勇者さま!冒険者カードをお願いします」

「はい、これで……」


 どきどきどきどき!!


「こ、これは、これはっ!!」

「ど、どうしました?」

「おめでとうございます、Aクラスへと昇格になっております!!」

「な、な、なんだってーーー!!」

「早速手続きをいたしますがいかがなさいましょう、元の東の大陸とこちらモバーマス大陸、どちらのタイプのカードにしますか?」


 選べるんだ……どうせ勇者を捨てるからどうでもいいけど、元のタイプのをちょっと見てみたいかな。


「じゃあ元いたミリシタン大陸の方で」

「かしこまりました」


 せっかくだから新しい方、とも思ったが、

 新しくポーターカードを作るときに万が一にもこっちのカードで勇者を更新したのがネックになるのは嫌だ。


「勇者Aクラスとなります、あと東の大陸のドラゴン便チケットはこちらでのみ交換できますが」

「あ、こっちの大陸のと?お願いします」


 捨てたり売ったりしないで良かった、

 冒険者ギルドは西も東も繋がってるって本当だったんだなぁ。


「はいどうぞ、王都までドラゴン便が出ていますのでそちらを是非」


 僕はギルドを後にして息を大きく吐いた。


(よーーし、ポーターになるぞーーーー!!)




「……とまあこんな所が、僕がここに来るまでです」

「うむ、長話ご苦労」


 僕は宿でバスローブ姿のニィナさんにこれまでの経緯を話していた、

 ちなみに昨日泊まったばかみたいな超豪華な宿ではなく普通よりやや高めな宿だ、ひとり一泊金貨二枚。


「それで、その、感想は」

「言いたい事は山ほどあるがまず真っ先に聞きたいのは二つだな、まずひとつ」

「はい」

「……なぜ引っ叩かれた?」

「はいっ?」


 リッコお姉ちゃんにビンタされた時の話か。


「婚約者にだ、いや、もう元婚約者か」

「あ、はいっ、僕が、三年間、多分それ以前も含め、まったく手を出さなかったからかと」

「それはおかしい、それが悪いと言うのであれば、手を出させる所まできちんと誘導しなかったその元婚約者が悪い」

「で、でも、男として僕がやらなければいけなかった事なんじゃ」

「勇者とか男とか関係ない、さっさとその女がデレスを押し倒していれば、それで終わる話だったはずだ」


 多分それはニィナさんだから言えるんだと思う。


「デレス、これは私の憶測だが、引っ叩いたのはその女が自分の罪、裏切りを有耶無耶にし、デレスが一方的に悪いと印象付けるためだ」

「で、でも手を握る以上しなかった僕にも罪が」

「その認識が私からすれば間違っている、デレスはその婚約者どもを大切に扱っていただけの話だ、大事にされていたのに裏切った方が一方的に悪い」

「……そうだとしても、寝取られた僕に魅力が足りなかったのは事実で」

「婚約者を寝取るのは罪だ、よほどデレスが悪党とか詐欺師とか勇者じゃなかったとかならわかるが、そうではなかろう」


 うん、少なくとも誠意は持っていた。


「寝取られというのはどうしても裏切った女の罪は目を背けられがちだが、そいつらも寝取った男の同罪だ、デレスは一方的な被害者だ」

「本当……ですか」

「ああ、私が保障しよう、そのリッコという女は強引に逃げただけだ、クロウとかいう奴に何か作戦を吹き込まれたのだろう」


 ……あの男が本当にリッコお姉ちゃんたちを幸せにできるとは思えない、

 でも、でも、もう関係のない事だ。


「あともうひとつ、後半の冒険談は無駄に長かったな」

「すみません、つい熱がこもっちゃって」

「だがデレスがなぜここまで強く能力が高いのかよくわかった、しかしどうしてもひとつ腑に落ちない事がある」

「えっ?何でしょうか」

「そのコミィという亡くなった勇者のプライドソードはどうした」


 あー、それ説明してなかったっけ。


「あれはコミィのものです、勇者専用剣とはそういうものです、だから冒険者ギルドから一旦は借りましたが、ちゃんと返しました」

「貰えば良かっただろう、クロウに取り上げられて無くしていたのだろう?デレスが使えばコミィも剣で冒険を続けられる事ができたのに」

「そ、そういう考え方もありますね、でもやっぱり、亡くなったとはいえ、他人の、人様の勇者剣を貰うのは、無理です」


 カップから水を飲むニィナさん、僕も自分のを飲む。


「聞きたい二つが終わったのでここからは総合的な話をしよう、デレス、君はひとりでは危険だ」

「はあ」

「このままだと命を落とすか良い様に使われて奴隷同然、もしくは本当に奴隷堕ちさえしてしまいかねない」

「そんなにですか」

「ああ、だからだ、君の元婚約者がしていたように、君を引っ張っていく存在が必要不可欠だ」


 僕の隣に身を寄せるニィナさん。


「……今日の私はまったく酔っていない、シラフだ、この意味はわかるな?」

「は、はいぃぃぃ」

「という事はだ、お互い正常な判断がついているという事だ」


 耳元に口を寄せてくる……

 身長差的に覆いかぶさってくる感じだ。


「昨日の夜は半分、無理矢理してしまったが今すれば完全に同意という事になる、もう言い訳はきかない」

「……半分?い、いえ、そ、そうですね、特に二度目となれば、完全に受け入れた事になりますね」

「デレス、君はこのままでは破滅する、どうだ、私に身を任せてはみないか」

「みみみみみ身を任せるって」

「さっきの冒険談によると君はそのかわいらしい容姿からか、ハニートラップを仕掛けられすぎている」


 確かにそうかも?


「ダンジョン都市では確かに」

「雪国でもだ、訛っていた田舎娘の受付嬢も、女ドワーフも完全に誘っているではないか」

「そうだったんですか?」

「ドワーフの女を抱ける券など、今すぐ私に使えと言っているようなものだ」

「そ、そうだったのかー!」


 あきれた表情のニィナさん。


「問題なのはこの先、おそらくデレスはハニートラップに引っかかりやすくなる」

「なぜですか??」

「……女を知ってしまったからだ、一度味を知ってしまえば誘われた時、どういう事ができるか生々しく思い出してしまう」


(女を教えた本人が言ってるよ……)


「草食の君が襲われた時に今まで通り拒めれば良いが、私のようなのも今後出てくるだろう」

「いえ、ニィナさんのような人はなかなか」

「そうでもないぞ、私より大きい女戦士は何人も居る」


 確かに言われてみれば、ミリシタン大陸でも何人も見た、襲われるまではなかったけど。


「私と冒険者のパーティだけでなく、男と女の関係を正式に結ぶのであれば、私が守ってやろう」

「正式に、って」

「冒険者になったとはいえ私だって元公爵令嬢だ、前の婚約者より上だぞ」


 やさしく僕に密着してくる……


「嫌ならすぐに逃げてくれ、隣の部屋が空いている、だが私を、正真正銘シラフな私を受け入れるなら……」

「う……ニィナ……さん……」

「ふふふふふ、デレス……好きだぞ」


 その告白ののち、僕はニィナさんに覆いかぶされた……。

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