草食勇者と淫乱バーサーカー

風祭 憲悟

第一章 寝取られ勇者と鋼鉄のバーサーカー

第1話 出直しポーターと酔っぱらい女勇者

「それではデレス様、ポーターになるための試験は明後日の朝になりますので、

 遅れずにいらしてくださいね」

「はい、ありがとうございます、デレス、ガンバリマス!」

「そんなに気合い入れなくてもテストは簡単なものですから、

 落ちた方を私は見たことがありませんから安心してください」


 冒険初心者専用窓口の可愛らしい受付嬢に、

 上から見下ろされながら励まされた、僕より頭ふたつくらい高い身長……

 いや彼女の背が高いんじゃなく、受付のテーブルと同じ高さに顎がくるくらい僕の背が低いだけだ、

 僕の生まれ育ったナムシア国では『大陸一、背の低い勇者』なんて呼ばれたりもしたが、

 そんなのはもう昔の話だ。


(そう、僕は勇者を捨てて、海を越えてやってきたこの西の大陸で、一番のポーターになるんだ!!)


 誓いを胸に冒険者ギルドを後にしようと出口へ向かうと、

 併設されている食堂兼酒場でふと、

 大きなホワイトベアー種モンスターのような物体が、

 テーブルに突っ伏しながら背を震わせているのが見えた。


「ううぅ……うっ……ヒック……うううぅぅ……」


 白く立派な騎士服に身を包んだそれは長い金髪を乱した女性だった、

 彼女はむくりと大きな身体を起こすと泣きながらエールを浴びるように呷り、

 嗚咽のような声を震わせている……とても近寄りがたい大女ではあるが

 よく見ると綺麗な肌をしている。


「おい、そいつには近づかない方が良いぞ」


 僕にかけられた声の主は五十代くらいの髭の戦士、

 貫録があり、いかにも斧が似合いそうな筋肉の塊だ。


「うるさいっっ!私が、私が何をしたとっ!言うんだあぁあっっ!!」


 低い酔っぱらいの声と共にジョッキが宙を舞う、

 ここではじめてその女性の顔を見ることができた、

 目つきが怖い、が、美人ではある、多分。


「おっかねえなあ、坊主、大丈夫か?」

「はあ、一応これでも十九歳なんですが」

「おっとそいつはすまねえ、俺はイマーニっていう、

 この冒険者ギルドのまあ、世話役みたいなもんだ」


 あー、と納得する、どの街の冒険者ギルドにもこういうベテランの、

 ギルド寄りというかギルド付きみたいな上級冒険者がいて初心者を助けたり冒険者間のトラブルを仲裁したりする、

 というのも冒険者ギルドというのは基本的に中立でないといけないため、冒険者に対して過度な深入りはできないからだ、

 だからこうして良い言い方をすれば用心棒、悪い言い方をすれば飼い犬みたいな冒険者が事実上、雇われていたりするのだ。


「デレスと申します、ポーターっていうかまだポーター見習いですけど、よろしくお願いします」

「おうよ、それにしても悪い奴じゃないんだがな」

「随分と荒れているみたいですが」


 思い出したかのように肉を喰らう大女、

 そういえば僕もそろそろ夕食にしないと。


「ニィナっていう女勇者でな、まだ幼子の頃から知ってるんだが、可哀相なヤツなんだ」

「いったい何があったんですか?」

「……勝手に私の名前を教えるなっっ!!」


 新たな空のジョッキが飛んできたがイマーニさんは難なく掴んでテーブルへ置く。


「まだコイツがこんなに酔っぱらう前に話を聞いたんだが、衛兵騎士団をクビになったらしい」

「ええっ、なんでまた」

「聞いた話によると、副団長のテレンスが新しく団長になってな、あ、前の騎士団長は大臣になったらしい、

 その時にもう一人の副団長も大臣補佐として連れていかれて、

 副団長の枠が二つ空いたらしく、そこにこのニィナが入ると思いきや、クビになったんだと」


 あー、これは派閥争いか何かに巻き込まれたパターンだ、

 それは酷い、でも、無くは無い話だ。


「私は……私はその程度の騎士だったのか……うううぅぅ……」


 可哀相だが慰めてあげられる程の包容力は今の僕にはない、

 僕だって訳ありの絶賛傷心中だ。


「放っておいていいんですか?」

「一応ニィナの実家に連絡は行っているはずだ、帰りが遅いなら迎えが来るだろう」

「行かぬ!私はあんな家になぞ帰らぬぞー!!」


 酒場の店員が新たに持ってきたエールをぐびぐび呑む、

 あ、胸がめっちゃ大きい!全体のサイズを考えたら当然だけど。


「これでも公爵家のお嬢様だったんだが、

 勇者ってことで色々苦労してな、だがこれから冒険者になるらしい」

「勇者ですからね、勇者ってだけで何でもできますよ、たとえ珍しい女勇者でも」


 元勇者の僕が言うんだから間違いない。


「なるんじゃない、ならされたんだ!

 わざわざここまで連れてこられて、手続きを……ウィッ……」

「騎士団を統括するお偉いさんがわざわざ一緒に来て冒険者登録させたらしい、

 よっぽど騎士団から離したかったみたいだな」

「この国の騎士団ってそんなに勇者がたくさんいるんですか?

 僕の国だと考えられない」


 勇者は大体が生まれた時に教会で鑑定してもらった時に判明するレアなクラスで、

 国に貰われたり雇われたりする事も多く、普通の国の騎士団だと十人も居れば多い方だ、

 勇者は全てにおいて能力が桁違い、個人の力も凄まじいものがあるから冒険者ギルドでは必ず勇者専用の受付があるくらいだ。


「ここアイリー王国だと十三人だったかな、おっと今日で十二人になったんだった」


 ズシンッ、と只ならぬ大きな音が女勇者ニィナさんの方から響いた、

 立てかけてあった巨大な剣が倒れたらしい、

 でかい、ばかでかい、僕の身体より大きい、むしろ鞘に僕が入れそう。


「あーあ貴重なベルセルクソードが」

「あれ、そんな名前なんですか」

「ニィナの爺さんはテイク様って名前で元冒険者の勇者でな、

 俺もその弟子だったんだが、その元パーティー仲間の剣士が引退後、

 鍛冶屋になってな、テイク様があれを作らせてニィナの十歳の誕生日にプレゼントしたそうだ」


 うん、あのガタイの大きさなら十歳であれを振り回していても、おかしくはない。


「これは……これは今は亡きテイクお爺様の形見だっ!

 誰にも渡さんっっ!! ……ううぅ……お爺様……うわあああぁぁぁああああん!!」


 あーあ泣いちゃった。


「俺も師匠に言われてあの剣を持ったニィナと何度も戦ったがアレは凄いぞ」

「どう凄いんですか?」

「一番最近模擬戦をやった時は、剣を構えたと思ったらすでに俺は倒されていた、

 何を言っているかわからねぇだろうが、ありのままを話すとそういう事だ」


 凄いな、大体想像はついた、

 剣さばきが恐ろしく速くて鞘から抜いた時点でもうすでに叩きのめしていたのだろう。


「ま、こんな馬鹿でかい女をどうこうする男なんぞおらんだろ、

 それよりお前さんポーター試験を受けるんだろう?」

「ええ、予定では明後日」

「おそらく試験官は俺だ、なあに確認程度だ、アイテムバッグは持っているか?」


 アイテムバッグ、ポーターの必需品だ、見た目以上に中にアイテムが入る魔導具で、

 ポーターの価値はその容量で決まると言われている、

 当然、大きければ大きいほど価値が高くて貴重だ。


「ええっとまだです、試験に受かったら支給されるんですよね?」

「それはそうだが最初は容量一倍だぞ」

「一倍???」

「そうだ、ポーション十本入る見た目のバッグにポーションが十本入る」

「ま、まんまですね」


 確か冒険者ランクが上がるとだんだん、容量の大きいのと交換してもらえるんだっけ、

 僕の大陸ではそうだった、多分どこの国、どこの大陸でもクラス別ルールは共通のはずだ。


「安いのでいいから二倍バッグ買ってこい、それで合格にしてやる」

「い、いいんですかー?!」

「ポーター試験なんて形だ形、形式だ」


 確かに荷物持ちに免許とか試験とか本来は関係ないはず、

 冒険者であるためだけの、身分証明書を貰うためのものだ。


「ありがとうございます」

「じゃあ俺は帰る、嫁が夕飯作って待ってるからな、

 悪い事は言わん、ニィナは放っておけ」

「は、はあ」


 なぜか念を押して去って行ったイマーニさん……

 現地のベテラン冒険者の忠告は聞くべきだが、お腹空いたからなぁ……

 男性店員がニィナさんにエールと干し肉を持ってきた、置いたタイミングで僕は声をかける。


「すみません、食事を取りたいのですが、サラダとスープはありますか?」

「はい、高いのですと高級薬草サラダとスープですと……」

「あ、スープは出来れば肉が入っていないのを、もちろんサラダも」

「わかりました、モロコススープを御用意いたします、合わせて銀貨4枚になります」

「はい、これで……」


 他の冒険者も食事をしているが、ニィナさんの周りだけわかりやすく空いている、

 逆に言うと他は混み合っている、一席だけ空いてる所も無くは無いがグループで囲んでる机だから座りにくい、

 仕方なしにニィナさんの斜向かいに座る、うーん、身長がかなり高いが、

 そこまで変に無駄な肉は付いてなさそうな、おそらく鍛えた身体……うっ、お酒臭い。


「どうした? お前は私の剣目当てか? 

 それとも身体目当てか? ……ウィックッ……」

「かなり悪酔いしてますね、お水を飲んでは」

「あはははは!! こんな最悪な日があるか! 

 私は! この国に身を捧げた! それをあっけなく捨てられたのだぞ! 笑え!!」


 あれ? 意外と呂律は回ってるな、

 お酒に強いタイプなのかも知れない、じゃあ大丈夫か。


「その、僕も色々あって裏切られてここへ流れてきた身なので、心中お察しします」

「わかるかぁー! お前に私の、私のこの気持ちが……うううぅぅ……」

「ご、ごめんなさい」


 二十代前半かな?

 少なくともおばさんではない、

 良かった、いや何が良かったのか自分でもわからないけど。


「……よく見るとお前、ちっこいな」

「はは、よく言われます」

「それ以上近づくと喰われるぞ」

「だ、誰に?!」

「ふふ、ふふふふ、ふふふふふ……」


 酔っぱらいの相手は適度に切り上げないと、

 と思ってたら水と高級薬草サラダと甘そうな黄色いモロコススープが来た、良い匂い。


「いただきまーす」

「……それで足りるのか……ヒック」

「ええ、このナリですし、お腹いっぱいになると身体のキレが鈍るので」

「草食なのか」

「肉が食べられない訳ではないですが、その、まあこれには色々と」


 あんまり思い出したくない事だからこれ以上話を進められないようにとサラダを頬張る、

 うん美味しい、ドレッシングが柑橘系なのは僕の好みだ、

 スープもスープで身体に良さそうな甘さ。


「酒は呑まないのか」

「遠慮しておきます、明日、ダンジョンに入ってみたいので」

「ポーターひとりでか? いや訂正する、ポーター見習いがひとりでか?」


 聞いてたんだ、確かに心配なのはわかるけど、一応、元勇者だから……

 元勇者と言っても僕がそう決めただけで勇者としての能力は何ら失ってはいない、隠すけど。


「身軽が自慢なんですよ、ちょっと見てきてささっと帰ってきます」


 と言いつつも小さめのダンジョンを単独制覇してちょっとお金を稼ぐつもりでいる、

 本来の、勇者専用の剣・プライドソードは奪われちゃったけど、今ある銅剣でまあ大丈夫だろう、

 ちゃんとアイテムボックスに入れてある……そう、勇者の固有スキル、空間に入り口を開けて物を出し入れする魔法だ、

 これがあるからこそポーターとして出直そうと思ったんだけど、

 ちゃんとバッグを使って誤魔化さないとな、勇者とはバレたくない。


「うおおおおおいエールもっと持ってこおおおおい」

「ニィナさん大丈夫ですか?」

「だいじょうぶだいじょうぶ、代金は全部騎士団持ちだから……ウィー……」

「そ、そうなんですか店員さん?!」

「ええ、最初にテーブルに着いた時、お連れの方が酒代は王国騎士団に後で請求するようにと店長に」


 さっき話に出てきたお偉いさんかな、それでこんなに呑んでるんだ……

 いけない、モロコススープが冷めないうちにさっさと食事を済ませてしまおう、

 と言いつつもニィナさんの胸に目が行ってしまうのは男の悲しい性質……

 いけない、見ないように、見ないように。


「おっとそんなに汚れてしまったか、浴びるように呑むエールは美味いぞ?

 どうだお前も」

「え、遠慮しておきます……」


 サラダとスープと水を口の中で混ぜるように、急いで食べ終わる僕。


「なんだ早いな」

「ごちそうさまでした、そ、それじゃ」


 空になった食器一式を店員まで返しに行き、

 そのままギルドの出口へ、と思ったがなぜかその気にならず、

 情報収集のためクエストの募集ボードを眺めたり、資料が並べられてる本棚でゆっくりこの国、さらにはこの大陸について知識を仕入れる、

 僕が生まれ育ったナムシア国があるミリシタン大陸の事ならもちろんわかっているが、

 ここモバーマス大陸の知識はまるで無かったというか、行く事があればその時に現地で学べば良いって考えだったから……


(なるほど、モンスターもこっちの大陸は種類も名称もかなり違うのが多いな)


 その流れで今度はモンスター図鑑へ……

 などと夢中で読書していると時は過ぎ、さすがに夜遅い時間になった。


(出るか……これだけ大きな街っていうか王都だから宿が空いてないって事はないだろう)


 そう、まだ泊まる所を決めてなかった、正直言ってどこでもいいからで、

 最悪、冒険者ギルドのソファーで寝ても良いとすら思っていたくらいだ、

 もちろん国や街によっては怒られて追い出されるギルドもあるけど……


「お客さん、お客さん! 閉店だよ!」


 さっきの食堂兼酒場でニィナさんが店長らしきおじさんにゆらゆら揺すられている、

 どうやら酔いつぶれて床で寝ちゃったらしい、ベルセルクソードとやらを大事に抱えながら……

 僕は近づいて声をかける。


「大丈夫ですか? ニィナさん、ニィナさーん」

「ううぅぅぅ……帰れ、帰れぇ……」

「ニィナさんが帰るんですよ!」

「嫌だ!私は、お爺様の居ないあの家になど、帰りとうないわー!!」

「少し前、執事さんみたいな人たちが来たんだけど、

 このお客さんが追い返しちゃったんですよ」


 店長ぽい人が腰に両手をあてて困りながらのその言葉に僕も苦笑いする。


「さすがに女性一人をギルドに放置はまずいですよね、僕が送って行きます、ニィナさんの実家はどこですか?」

「それなら確かミシュロン公爵家だからここを出て左へ……」

「右だ右ぃ! 宿へ、宿へ連れていけぇー!!」

「と、とにかく迷惑だから出ましょう」

「お客さん、その前に精算を」


 あれ? 騎士団のおごりじゃなかったっけ?


「お酒代は後で騎士団へ請求でしたよね?」

「ええ、ジョルノ軍部指揮官様から確かにそう聞いてますが、

 それはエールの分だけで、食べ物代は……」

「あー、なるほど」


 ケチだなぁ、でも嘘はついてないって事にはなるんだろう。


「僕が立て替えておきます、おいくらですか?」

「銀貨47枚ですね」

「そんなに!……わかりました」


 この身体なら仕方ないか、

 と支払いを終えると無詠唱で勇者魔法グレートパワーを自分にかけ、

 ニィナさんを背負う。


「すいません、ニィナさん、その大きい剣を背中に回してもらえますか?」

「ん……んんっ……」

「よし、じゃあ行きますよ」


 店主に見送られながら冒険者ギルドを出て、

 ニィナさんに言われた通り右へ向かう。


「宿屋どの辺だろう?まあ行けばわかるか」


 この時まだ気付かなかった、

 怪しい複数の影が冒険者ギルドから出てくる僕ら二人を見て、

 後をつけていた事を……。

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