第2章 お外に行ってみよう!

第10話 はじめて屋敷の外を知る

 春は四月上旬。

 冬のあいだにレベルはひとつ上がって八になった。


 雪が解けて日差しが暖かくなってきたら、ガーデニングシーズンの幕開けだよ。

 父様にお願いして広い荒地を借りることに成功した。

 僕のウルウルおねだりは最強だね!


 実は僕が家の敷地から出るのは、今日が初めてのことだった。

 魔獣が出る森が近いから当然なのかな。

 家族が過保護なだけかも?


 我が家は村の集落から離れた丘の上にあって、五メーテの高さの石壁でぐるりと囲まれている。

 いかついこの石壁も、魔獣からの防衛対策なんだね。

 まぁ、空から攻められたら、ひとたまりもないけどねぇ。

 今はフウちゃんとピッカちゃんがいるから、上空の防衛も強化されているのかな?

 無理かな?

 少なくとも、何かあれば気づいてくれるよね!


 初めて門から出て外を見渡すと、村まで続く緩やかな道と荒涼な草原くさはらが広がっていた。


 遠くに望む山々の峰は、いまだ雪に覆われて白く輝き、裾野に広がる森は遙か彼方まで続いている。

 霊峰と呼ばれる山脈が、眼前に迫ってくるようだった。

 なんだか、アルプスの幼児になった気分だよ!

 冷たい風が頬を刺す。その風を思い切り吸い込んで、ゆっくりと深呼吸をした。

 どんなに風が冷たくても、春の日差しは暖かい。

 芽吹きの季節がやってきたんだ。


 集落の向こうには川が見える。

 あの川が村の水源になっていることがうかがえるね。

 見る限りでは、長閑のどかな田舎の集落って感じかな。

 僕は嫌いじゃないよ。


 のん気に周辺の景色を眺めている僕の隣に歩み寄った父様が、頭をなでながら教えてくれた。

「あれが我が領、第一のルーク村だ。開墾かいこんした当時の当主の名がつけられているんだよ。人口はおおよそ二百人。農業と林業と畜産が主産業になっている」

 ルーク村も高い石塀で囲まれている。集落を真ん中に、塀の外でライ麦を生産しているらしい。畜産はもっと森に近いほうで放牧されているんだって。


「森の側で、カチクはマジュウにおそわれないのですか?」

 素朴な疑問を口にして、父様を見上げる。

 父様はほほ笑み、僕の横にしゃがんで目線を合わせてくれた。


「当然家畜は大事な財産だが、一番に守るべきは領民だ。万が一魔獣が襲ってきても、家畜が足止めになる。そのあいだに民は塀の中に逃げ込むんだ。子牛や子羊は母子で塀の中で飼育しているんだよ。生き延びればまたやりなおせるからね。もっとも、魔獣があふれ出てこないように、父様たちが定期的に討伐しているんだ。この森は広大だから、そうそう魔獣が大群になって押し寄せることはないぞ」


 まぁ確かに、何か突発事項がなければ、成育区域の違う魔獣が一箇所に集まるなんてことはないよね。

 ゲームじゃないんだし。

 とはいえ、この森は魔素の濃い樹海だ。

 この森の先をいまだに誰も知らない。

 どこまでも続く恐ろしい森なのだという。


 この森を開拓した先祖の苦労は、どれほどだっただろうか。

 今いる従士たちの先祖とともに、何代もかけて森を切り拓き、村を興し、立派な石壁を築いて守ってきたのだと、父様は誇らしげに笑った。

 これらを僕らが引き継いでいくのだと思うと、訳もなくうれしくなった。



「ここから馬車で、半日ほど東南に進んだところに、第二のカミーユ村があるぞ。向こうのほうが比較的森が浅く、安全で住みやすい。人口も三百人を超えているんだ」

 カミーユ村は二代目の当主様のお名前なんだよ。

 カミーユ村はルーク村に比べると肥沃な土地柄で、小麦の栽培を主産業にしているんだって。

 ここから見えるあの川に沿って、街道が延びているようだね。


 ちなみにカミーユ村から、さらに半日で辺境伯領のコラール村に着くので、野営無しで村々を移動できるため、交通の便はさほど悪くないという。


 ルーク村とカミーユ村がラドクリフ領で、広大な面積の割に人口はメッチャ少ない。村の規模から見ると、ラドクリフ家はがんばっても代官レベルだよね。

 それでも危険な辺境を開墾して国土を広げた功績で、王様から男爵位をたまわったんだって。ご先祖様はすごいねぇ。


 さてと、父様が今日の本題を切り出した。

「村までの道の、両脇の草原くさはらは自由にしてもよいぞ。ただし、石が多いせ地だ。それでもよいか?」

 僕を見つめて問いかけてきた。

「少しずつやってみます」

 僕は力強くうなずいてみせた。

 たぶん僕のスキルで、なんとでもできると思う。


「うむ。では条件をつける」

 

 ひとりで出かけないこと。

 必ず護衛をつけること。

 視線を遮るような草丈の高いものは植えないこと。

 地盤を崩さないように注意すること。

 道は汚さないこと。

 森には絶対近づかないこと。


「何よりも怪我をしないことだ。あとは好きにやっていい!」

 ニカっと男臭く笑って僕を抱き上げる父様。

 急に高くなった視界に驚いて、僕は思わず父様の首にしがみついた。

 危ないなぁ、もう!

 プリプリふくれる僕のほっぺに、父様は「すまん、すまん」と言ってキスをした。

 子どもながらに愛されていることを実感するよね。

 うう、パパ大好き!

 僕もギュウッてしてあげる!


 父様と僕はキャッキャと戯れていた。


 この父様のためにも、村を少しでも裕福にしたいと思うんだ。

 どん底の貧乏から脱却しなくちゃね!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る