第302話 アウルさんの旅立ちとキースの災難

 五月の終わりころ、バラ園では色とりどりの花が咲き誇っていた。

 そんな華やかな季節、春の精霊王アウルさんが旅立つ時が来た。

「バラの一番素晴らしい季節はこれからなんだけど、見てもらえないのは残念だよ」

 僕がアウルさんに声をかければ、アウルさんは翼を上げて答えた。

「そうだね。だけどワタシにも大事な役目があるからね。また来年になったらやってくるよ! みんなも元気でね!」

 そう言って、あっさりと空へ飛び立っていった。

「アウルさんは潔いね」

 手を振りながら見送る僕の背後で、オコジョさんとナガレさんもうなずいていた。

「カワウソもあのくらい成長してくれればよいがなぁ」

「カワウソよりも、アルパカが大人気ないのう……」

 奇遇だね。

 僕もそう思うよ!

 アウルさんと比べると、アルパカさんの傍若無人さがねぇ……。



 一方、ケモミミ幼女化したドリーさんは、最初はふて腐れていたけれど、今ではダルタちゃんと一緒に川下りやスノボーを楽しんでいた!

 あの日のドリーさんはどこへ行った?

「人は変わるものです。過去にしがみついていては、先に進めませんよ」

 メエメエさんが悟りを開いたようなことを言っていた。



 まぁ、植物園の住人にばかり、かまけてはいられない。

 お屋敷には新しい従士見習いとして、ケビンの双子の息子がやってきた。

 顔はケビンに似ているけれど、どこか知性に満ちて、シュッとしていたよ。

「ほら、俺が言ったとおりでしょ」

 うん、キースの言うとおりだった。

「トンビがタカを生んだんだね」

「おもしろいことを言いますね。そんな感じですが、トンビが可哀そうです」

 キースも結構ひどいよね!


 双子はヒューゴとイザークとともに、従士試験に出かけていった。

 剣の腕もそこそこ、頭の回転も良いそうで、数年したら立派な従士になるだろうと父様も話ていたよ。

 ルーク村で数年経験を積んだら、カミーユ村に配属になる予定だ。

 ふたりのお母さんも、「カミーユ村のほうがお嫁さんを探しやすいだろう」と言って、賛成しているようだよ。

 ルーク村で結婚相手を探すのは容易ではないんだよね。



 バラ園のガゼボでラドベリーを食べ、バラを愛でる。

 僕の背後に立ったキースは、テーブルの上のラドベリーがどんどん減っていく光景を凝視していた。

 それに気づいた僕は、なくなる前にキースに一個手渡しておいたよ。

「はいどうぞ、採れ立て新鮮だからお食べよ」

「ありがとうございます」

 キースは無言で食べていたけど、視線はお皿から外れないね。

 グリちゃんたちがどんどん持っていくんだよね~。

 それでバラの木陰に座っておいしそうに食べているの。

 その姿がキースには見えていないから、気になって仕方がないんだろうね。

 バートンも普通にしているから、聞くに聞けないよね~。


「ところでキースのお姉さんは、その後アルバートさんとうまく行っているの?」

 思い出したので聞いてみた。

「姉さんはアルバートさんと結婚したいみたいですが、ばあ様が反対しています」

「キースのおばあ様?」

 気になったので振り返ってみれば、キースは精霊さんたちのほうをガン見していた。

 宙にラドベリーが浮かんでいるもんね。

 それがかじられ、どんどん消えていくんだもんねぇ。

 もう、そこに何かがいることは認識していて、僕もバートンも警戒していないから、悪いモノではないって知っているんだよね。


「ばあ様は戦闘系のスキルを持っていて、メッチャ強いんです。姉さんを嫁にやるなら強い男じゃなければダメだと言って、反対しているんですよ」

「えー、手に職があるアルバートさんなら、食いっぱぐれがないのにねぇ」

 戦闘系のスキルで早死にされるよりは、よほど安定していると思うけど。

「俺もそう思います」

 だよねー。


「ヒューゴと、キースのお母さんはどう思っているの?」

「親父もお袋も早く嫁に出したいと思っていますよ。すぐに行き遅れになっちまいますからね」

 この世界の女性の適齢期は早いんだよね。

 キースが十七歳だから、お姉さんは……。

「三つ上です。ギリギリ崖っぷちです」

 んん?

 今僕の心を読んだの?

「顔に書いてありますよ」

 そう?

 バートンに目をやれば、目を伏せてうなずいていた。

 う~ん。

 僕は無表情スキルが欲しいかも!



 そんなわけで、僕はお節介小僧になるとしよう!

 夕食後に談話室で父様に相談してみた。

「かくかくしかじかで、ガラス工房のアルバートさんと、キースのお姉さんが結婚できずにいるみたいなの」

 僕の話を聞いて、父様もレン兄も困った顔をしていた。

「気持ちはわからんでもないが、何でも介入できるわけではないぞ?」

 父様が言うこともわかるんだけどね。

「アルバートさんは我が家のお抱えガラス職人なのですよ。もしもアルバートさんがお姉さんと駆け落ちするようなことがあれば、僕にとっても痛手です。堅実な職業で将来食いっぱぐれもないし、優良物件だと思います!」

「おかしな言葉を使うね?」

 レン兄が笑っていた。

 そお?


「なんとかキースのおばあちゃんを説得できないかなぁ? ほら、男の子が生まれたら鍛えてやってくださいとか」

 僕の提案に父様とバートンは、引き吊り笑いを浮かべていた。

 んん? どうしたの?

「だが、まぁ、そうだな。若い女性の将来を案じる気持ちもわかる。あとでヒューゴと話してみよう……」

 父様は歯切れの悪い言い方をしていた。

 僕はその意味を知らなかったんだよ。


 あとでバートンが教えてくれたんだけど、キースのおばあちゃんは『剣豪』というレアスキル持ちで、元は世界に名の知れた上級冒険者だったそうだ。

 僕が生まれるよりも前に、ルーク村をオーガが襲撃したとき、最終的にはキースのおばあちゃんがとどめを刺したそうだ。

 その時の戦いでキースのおじいちゃんは亡くなってしまったんだよね……。

 その後、おばあちゃんは代々続く従士の家を守りながら、一人息子のヒューゴを立派に育て上げ、孫のキースを指導してきたのだそうだ。

 キースがお屋敷に出仕してからは、ケビンのところの双子をしごいているとか。

「豪傑と呼んでよい方です」

 バートンがしみじみと言った。

 えぇ?


「父様は大丈夫かな?」

「さすがに、旦那様に手を上げることはないと思いますが……」

 バートンも歯切れが悪かった!

 えぇ……?



 難航するかと思われたけど、キースのおばあちゃんは意外や、あっさり承諾したそうだ。

 ただし条件がつけられた。

「キースに早く嫁をもらって、男子を三人は儲けるんだよ!」

 生贄はキースの未来の子どもたちだった。

 キースが無の境地に陥っていたので、カゴ一杯のラドベリーを手渡しておいた。

「女の人は甘いものが好きだって聞くから、賄賂にどうぞ?」

 キースはしょっぱい顔でカゴを受け取っていたよ。

 う~ん。

 結果オーライでいいかな?


 このあと、キースのお姉さんとアルバートさんの婚約が、可及的速やかに整えられた。

 おばあちゃんの気が変わるといけないからね。

 おばあちゃんはキースに、お見合い話をドンドン持ち込むようになったそうだ。

 その絵姿をわざわざ僕に持ってきて、キースは言った。

 

「坊ちゃん、責任を取ってください」

 キースが絶対零度の視線を向けてきた。


 わ~、筋肉隆々のたくましい女性だねぇ。

 うふふ~。


 ごめんね?

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