第48話 ミツバチさんのお引越し

 ラドベリーの授粉を手伝ってくれていたミツバチさんが、離れの庭に分蜂ぶんぽうしてくることになった。

 安全な住処を探していたところ、精霊さんたちが我が家へのお引越しを誘致したらしい。

 その代わりに蜂蜜を分けてくれたんだね。

 ありがたいね!


 離れの庭には果樹も植えてあるし、薬草も草花もあるから大丈夫かな?

 庭の外には畑もあるし、前庭にはバラ園もある。

 メエメエさんに相談してみると、早速養蜂箱を設置してくれた。

 打てば響く早業だね!

 女王蜂さんが気に入ってくれたようで、お引越しは無事に完了したよ。


 そんなわけで、僕は父様に相談した。

「離れのお庭にミツバチさんが引っ越してきたので、枝豆畑の外側にお花を植えてもいいですか?」

 お礼にもらった蜂蜜のビンを見せれば、父様は苦笑していた。

「ハクのお友だちは個性的だねぇ」

 まぁね。変わったお友だちばかりだよね。

 うふふ。


「家の者には私から、ミツバチはハクの友だちと伝えておこう。外に出るときは気をつけていくんだよ?」

「はい。ありがとうございます、父様」

 一番手間のかかる子でごめんね、パパン。

 大好きよ!


 

 許可が出たので、アルじーじとバートンと、従士のイザークを連れて外へ出てきた。

 もちろん精霊さんたちはいつでも一緒だよ!

 るんるかるん♪


 今回はポコちゃんに花畑用の土を耕してもらって、そこに花の種をまいていく。

「フウちゃんとイザークは種を風で飛ばしてねーッ!」

「はーい」

 精霊さんたちは、単語だけどお話しするようになってきた。

 かわいいお返事にほっこりするよね。


「へーい」

 風魔法を使えるイザークは、ちっともかわいくないお返事をしてきた。

「やる気ないなー。蜂蜜を分けてあげないよー? キャロルちゃんが悲しむよー?」

 僕はしくしく泣き真似をしてみせる。

「…………」

 イザークは目を細めて僕を見たあと、素直に種の入った袋を受け取ったよ。


 はいはい、パーッと花咲かおじさんになっちゃって!

 イザークももう三十歳だから、お兄さんからおじさんにレベルアップだよ!

 イケメンでも僕から見たらおじさんだからね!


「私も手伝おう!」

 そう言って、アルじーじも楽しげに風魔法で種を飛ばしていた。

 さすが賢者様というべきか、アルじーじは火魔法以外の魔法が使えるんだって!

 森の民エルフだもんね。


 風に乗って種が青空を舞う。

 広く遠くへ満遍なくまいたら、あとはクーさんに水を散布してもらっておしまい。

 春植え草花の種をまいたから、勝手に育ってくれると思うよ。

 植物精霊グリちゃんの魔力が込められた種だから、すぐに発芽してくれるよ!

 この荒れ地が色とりどりの絨毯になる日が楽しみだね!

 植物があるって心が豊かになるよね!

 秋になったら蓮華草の種とネモフィラの種をたくさんまこうかな?

 考えただけで楽しくなってくるよ!



 そうして五月下旬になるとバラが開花を始めた!

 またこの素晴らしい季節がやってきたよ!

 離れでお勉強なんてしている場合ではないのさ。

 ちゃんとマーサの言いつけを守って、かわいい帽子と薄手の羽織物を着てお庭に駆け出した。

 濃厚なバラの香りが鼻をくすぐる。

 目に鮮やかな色彩が躍る。

 零れ落ちるように咲き誇る、バラのアーチを抜けてガゼボに辿り着いた。


 僕はこの景色を見るために、この世界に生まれてきたんだと思うんだ。

 ああ、ここは楽園だよ。

 ほわ~っとバラに見惚れる僕を、みんなが優しい眼差しで見守っていてくれる。

 僕はここに、この家に生まれてきたことに、心から感謝している。

 僕は本当に幸せ者だよ!



「やあやあ、ご機嫌だねハク坊や。だが坊やの気持ちもわかるよ。ここは素晴らしい庭だ! 神の箱庭のごとく美しい!」

 アルじーじも大絶賛だった!

 褒められるとうれしくなるよね!

 むふーっ!


 精霊さんたちも風に乗って、バラ園を自由に飛びまわっているよ! 

 気持ち良さそうでうらやましいね!

 興奮して落ち着かないようすの僕に、バートンはそっと冷たい果実水を差し出した。


「坊ちゃま、果実水でございます。今日は少し気温が高いですから、水分補給にお飲みください。アルシェリード様にはアイスティーをご用意いたしました」

 おお、アイスティー。

 それもメエメエさん直伝かな?

 と思っていたら、なぜか隣の席にメエメエさんが座っていた。

 執事なのに座ってていいの?

「今日は執事ではありません」

 うん?


 そう言われてみれば、今日のメエメエさんは黒いポンチョを着ていた!

 でも、その下は執事服なのでは……?

 という言葉を僕は飲み込んだよ。

 メエメエさんにジーッと見つめられているから。

 相変わらずの眼圧だね!

「言葉の使い方が間違っています」

 ぐぬぬぬぬ。


「おやメエメエさん、ごきげんよう。ただいま果実水をご用意いたします」

 バートンは普通に接している。

 違和感とかないのかな?

 そのうちグリちゃんたちも戻ってきて、木陰に座ってバートンから果実水を受け取っていた。

 僕も果実水を飲んだ。

 スッキリ爽やかな甘みが広がる。

 おいしいねぇ~。


「あ、そうだ……。ねえバートン? 今年もセシリア様は来るかなぁ?」

 バートンは僕の質問に、少し考えてから答えてくれた。

「訪問の先触さきぶれはございませんが、昨年のこともありますので、念のため準備はしておきましょう」

 バートンは自分でも確認するようにうなずいていた。

「そうだよねー。だったら離れは見られないほうがいいのかな?」

 セシリア様の性格だと、メルヘンハウスに絶対突撃しそうだよね。

「さようでございますね……」

 バートンも何やら難しい顔をして考え込んでしまった。

 格上の人に命令されたら、我が家の誰も逆らえないんだよね。

 貴族って厄介だよ。


 するとアルじーじがアイスティーを飲み干して、声をかけてきた。

「セシリア様とは辺境伯夫人のことかね?」

「さようでございます。ハク坊ちゃまのお誕生日に合わせて、バラ園を見学にいらっしゃるかもしれません」

 ふ~む、とアルじーじは考えながら、バートンにおかわりを要求している。


「離れは私の住居として建てたと言えば、辺境伯夫人といえども口出しはできまい。さすがに『賢者』の住宅に押し入るような不作法はせんだろう」

 これでも有名なのだよと、笑ってウインクしていた。

 ほうほう。


「私も認識阻害の魔法を展開しておきましょう。あのようなメルヘンハウスではなく、一般的な家に見えるように」

 メエメエさんは果実水を飲みながら、そんなことを言ったよ。

 

 ちょいちょい僕をディスってくるよね~。

 メルヘンの何が悪いのさ?

 かわいいは正義なんだよ?




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