第47話 グリちゃんがしゃべった!

 クロちゃんシロちゃんに挨拶を済ませて、離れのお家に辿り着く。

 庭の小道の脇にはさまざまな春の草花が咲き乱れていた。

 ここも素敵なナチュラルガーデンだよ!

 道を歩くだけでウキウキするからね!

 ルンルン。

 アルじーじに抱えられていなければ、スキップしたい気分だよ。

 僕の気持ちをよそに、アルじーじはさっさと玄関ドアを開けて中へ入っていく。

 あ、今日のお供はバートンだよ。

 離れへのつき添いはバートンかマーサが多い。たまにジェフが引っついてくる。

 敷地内だし、精霊さんたちもいるから従士の護衛はいないよ。

 

 アルじーじは僕を厚いクッションの置かれた椅子に座らせると、早速教本を用意して授業を始める。

 そのようすを確認しつつ、バートンはお茶の準備を始めた。


 今日の授業はラドクリフ領周辺の地理のお勉強だ。

 東隣りがラグナード辺境伯領なのは知っているけど、南のほうは知らないなぁ。


「知ってのとおり、このラドクリフの北は未開の大森林が広がっていて、西には霊峰スウォレム山脈が続いている。スウォレム山脈の向こうにはガルム王国があるが、万年雪に覆われた峰を越えていくことは不可能とされるね。さすがにあのいただきを目指すような愚かな冒険者はいないな」

 まぁ、冒険者と冒険家は違うもんねぇ。

 よほどの理由がなければそんな無茶はしないよね。

 下手な装備だと凍死か滑落で死んじゃうよ。

 雪山なめんなってよく聞いたよね。

 僕なんかその辺のハイキングも無理だと思うもん。

 無理むり~。


「西に行きたければ、南下してふたつの領地を越えることになる。ここから南に直接向かうルートはないので、いったんラグナード領を経由して迂回するしかないね。もっとも名のある冒険者なら森を突っきることもできるがね」

 ふむふむ。

 ちなみに南にあるオーウェン伯爵領はセシリア様の故郷だよ。その縁でラドベリーやメロンを購入してくれるんだ。

 家同士の関係も悪くないみたい。

 ありがたいよね~。

 

 そのあとは、通過する領地の特徴や、ガルム王国への山越えの難所の話など、授業というよりは、旅行記みたいなアルじーじの体験談を聞いた。

「そのくらい知っていればいいだろう」と、アルじーじは早々に勉強を切り上げた。

 早くね?

 まだ一時間も話していないけど?

 教本を出した意味はあったのかな?


「ハク坊やはこの領から出ないほうがいいだろう。お前さんは家族に守られてここで生きていけばいい。外に出たところで権力者に目をつけられて終わりだよ」

 う~む。

 僕としては願ったり叶ったりだけど、最後のは怖いよね。

 バートンも静かにうなずいていた。


「まぁ、何かあればお前の父もこの家の者も、お前を大森林に隠してでも守ることだろうよ。な~に、ジルも私もいるからね。お前は黙って守られていればいいのさ」

 アルじーじはポンポンと僕の頭をなでながらそう言った。

「いざとなったら奥の部屋へ飛び込んで、隠れてしまえばいいからね!」

 はっはっは~とご機嫌で笑っているけど、そっちが本命だよね?

 どさくさに紛れて住みつこうとか考えてない?

 賢者なんていったって、ただの変人だよねぇ。

 むう。


「一服されてはいかがですか? こちらをどうぞ、アルシェリード様。ハク坊ちゃまも喉が渇かれたでしょう?」

 バートンがにっこりほほ笑みながらお茶を勧めてくれる。

 アルじーじには普通の紅茶で、僕にはミルクティーだった。

 甜菜糖が入った甘々ロイヤルなやつ! 

 ロイヤルミルクティーの作り方はメエメエさんが教えていたよ。

 まぁ僕の記憶の中から情報を読み取ったんだと思うけど。

 安いティーバッグの茶葉でも作れる簡単なものだけどね。


 紅茶はあんまり詳しくないけど、アールグレイとダージリンくらいは飲んだことがあったよ。中国茶だと青茶に黒茶に花茶も、おもしろがって買った記憶がある。緑茶は玉露がおいしかったけど、自分で買ったことはないなぁ。

 緑茶はホットもいいけどアイスのほうがおいしくて好きだった。でもペットボトルのお茶はめったに飲まなかったなぁ。


 そんなことをつらつらと考えている僕の横で、バートンは精霊さんたちにミルクを配っていた。

 今の時期はそんなに農作業がないから、グリちゃんポコちゃんのほかに、クーさんもフウちゃんも混ざっている。ピッカちゃんだけは日陰の作物に光を届けているので忙しい。ユエちゃんはピッカちゃんのお手伝いをしているよ。

 ふたりにはあとでおやつをプレゼントしようね。


 精霊さんたちもニコニコと午後の一服を楽しんでいた。

 バートンが白パンのジャムサンドを、一人ひとりに手渡している。

 アルじーじもかじりついていた。

 僕? 僕は食べないよ。

 さっきお昼ご飯を食べたばかりだもの。

 精霊さんたちの胃袋は、ある意味ブラックホールだけどね!



 そんなある日、グリちゃんとポコちゃんが、ビンが欲しいと言ってきた。

「ビン ほしぃ」

 グリちゃんが小さな声でしゃべった!

 はわーっ!

 お、お、お赤飯を炊かなくちゃーッ!

 あわあわ、キャーッ!


 僕がワタワタとひとりでパニックになっていると、ユエちゃんのステッキではたかれちゃったよ。

「落ち着け」

 これが落ち着いていられるとでも!?

「ていっ!」

 ペシペシ連打で突かれた!

 ユエちゃんは相変わらず容赦がない。


 僕らが戯れているあいだに、グリちゃんはマーサにお願いしていたよ。

「これくらいでよろしいですか?」

 直径十センテくらいのビンをマーサが差し出すと、グリちゃんポコちゃんは大きくうなずいて受け取っていた。

 そして僕に手を振ると、ふたりは離れを飛び出していったんだ。


「いつも坊ちゃまと一緒にいるのに、どこへ行かれたんでしょうね?」

 マーサは首をかしげながら、キッチンの片づけをしていたよ。



 夕方に戻ってきたグリちゃんの手には、蜂蜜がたっぷり入ったビンが握られていた。

「はい」

 小さな声でそれを僕に差し出し、僕が受け取ると、ふたりはほっぺを真っ赤に染めて、満面の笑みを浮かべた。

「ありがとう! グリちゃんポコちゃん! ミツバチさんからもらってきてくれたの?」

 ふたりはモジモジしながらコクンとうなずいた。

 キャーッ! メッチャかわいい!

 マジ天使!

 僕はふたりをギュウッと抱きしめた。

 後ろからほかの子たちも抱きついてきて、精霊団子の出来上がり!


 マーサとアルじーじは、そのようすをほほ笑ましそうに見つめていた。

 

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