第46話 ニャンコ番人

 五月上旬には各種苗の植えつけも終わって、風が温み始めるころ、バラの蕾も大きく膨らんできた。

 僕にとっては五月が一番忙しいんだよね。

 もちろんバラちゃんのお世話で忙しいの。

 毎日お庭をパトロールして、病害虫が出ていないかチェックするんだよ。

 枝葉がモリモリ上がってくると、ウキウキするよね!

 踊り出したい気分になるよ。


 バラのパトロールが終わると、ほかの草花のチェック。

 春花の花ガラ摘みをして、伸び放題に絡まったクレマチスのツルを誘引していく。

 クレマチスは油断するとすぐに、葉を手のように伸ばして絡まり合うんだよね。

 前世では面倒でそのまま放置して、グチャグチャにさせていたっけ。

 今日は丁寧につなぎあった手を解いて誘引しようね~。


 なんて思ったのは数分前。

 キーッ!

 君たちはなんでそんなに好き勝手伸びるのさ!

 もういいよ。

 もう、あきらめた!


 僕がプリプリしていると、一緒に作業していたビリー君が声をかけてきた。

「ハク様、クレマチスは俺が手入れしておきますんで、ラドベリーの確認をお願いします」

 おお、天の声!

「そう? ここはお願いしてもいい?」

「はい、お任せください」

 ビリー君は優しく請け負ってくれた。

「クレマチスは花後にカットするから、そんなに丁寧でなくていいからね? 適当なところで休んでね~」

「わかりました」

 彼は朴訥ぼくとつとした良い少年である。

 


 そんなわけで、やってきましたラドベリー畑。

 イチゴの白い花が絨毯のように畑を覆い尽くしている。

 ラドベリーの花って、普通のイチゴの二倍はあるんだよね。

 だから実も大きいんだけど。

 ラドベリー畑では小さな精霊さんとミツバチさんが、せっせと授粉作業をおこなっていた。

 ミツバチさんは近くの森に住んでいるらしい。

 授粉のお手伝いありがとうね。蜜をたくさん持っていってね。

 あとで蜂蜜をお裾分けしてほしいな~なんて、思っているけど言わないよ。

 だって僕はミツバチさんとお話できないもん。


 ほえほえ~と、イチゴ畑の隅で日向ぼっこしていたら、何やら小さな精霊さんがミツバチさんに近づいていって、お話ししているようだった。

 僕は何も見ていないし、聞いていないよ~。

 あとでビンを用意しようかな~?


 ラドベリーのイチゴ畑は問題なし。

 枝豆とマスクな高級メロンと赤紫イモの畑を巡回して、屋敷に戻ってきた。

 そろそろお昼の時間なので、手洗いうがいを済ませて食堂へ向かう。

 浄化魔法もしっかりかけたよ。

 庭仕事って気づかないあいだに、埃を被っているからね。


 鼻歌交じりで廊下を歩いていると、マーサに呼び止められた。

「坊ちゃま、ほっぺが赤くなっていますよ。今の時期は油断するとすぐに日焼けしますから、ちゃんとお帽子を被っていってくださいね」

「はーい」

 マーサは優しく僕の手を引いて、家族用の談話室へ連れていった。

 ソファに座って待っていると、マーサが濡れタオルとクリームを持って戻ってきた。

「はい、ほっぺを冷やしましょうね。ハク坊ちゃまはお肌が真っ白なんですから、放っておくと火傷になることもありますよ。念のためクリームも塗っておきましょうね」

 顔と首筋と腕を冷たいタオルで拭かれて、クリームをヌリヌリされた。

「あとでお帽子と薄手の羽織を用意しておきますから、外へ出るときはきちんと着用してくださいね」

 ニコニコ笑って頭をなでてくれた。

 ついでにグリちゃんポコちゃんのほっぺにもクリームを塗っていた。

 うむ。

 精霊さんたちもこの家の子ども扱いだよね。


 マーサは片づけが終わると、僕らを食堂へ連れていってくれた。

 食堂にはアルじーじと僕らだけだったよ。

 父様は忙しいと時間が合わないこともあるから、僕はひとりで食べることも多かったけれど、アルじーじが来てからはだいたいいつも一緒だ。


「ハク坊や、午後からはどうするね?」

 黒パンに厚切りベーコンと、新鮮シャキシャキ野菜を挟んだサンドイッチを食べながら、アルじーじが聞いてきた。

「午後からは離れでお勉強します」

「相わかった」

 アルじーじは昼食を食べ終わると、満面の笑みでウキウキしていた。

 お勉強をするんだよ?

 奥の部屋には行かないからね?

 わかってるの?

 わかってないよね……。

 だからそんなにせっつかないで。

 僕は口が小さいから、たくさんは入らないんだから!

 

 そんなアルじーじは、バートンにたしなめられていた。


 

 結局精霊さんともども、アルじーじに抱えられて離れへやってきた。

 僕の足が遅いとか言われても困るよね。

 もうすぐ八歳になるのに小さいままだから。

 僕は大きくなれなかったらどうしようね?

 なんてことを考えていたら、離れの門に到着していた。


 門柱の上には、白黒猫のクロちゃんとシロちゃんがいるよ。

 内覧会のときにいたあの一対のニャンコさんたちは、この家の門番だった!

 それに気づいたのは数日後のことで、ある日、なんか視線を感じるな~と上を仰ぎ見たら、ニャンコズがこっちをガン見しててビビッたのなんのって!


「いつまでも気づかないなんて鈍感ニャ」

「小さいから上を見ないニャ」

 なんて初っ端からディスられた。

 最近こんなのばっかりな気がする……。


「早く名前をつけるニャ!」

 二匹にせっつかれて、つけた名前がクロちゃんシロちゃん。

「安直ニャ!」

「センスないニャ!」

 あうう……。そう言うなら自分で名乗ってくれたらいいのに!

「それはダメニャ」

「そうニャ」


「そうだねぇ。名付けが精霊との契約条件だからね」

 アルじーじが顎をなでながら、おもしろいものを見るように告げた。

「それにしてもハク坊はビックリ箱だねぇ。あっはっはっは」

 裏庭にアルじーじの笑い声が木霊していた。

 僕にとっては笑い事じゃないんですけど!

 むーっ。


「まぁ、仕方がないニャ」と、ニャンコさんたちは名前を受け入れてくれたよ。

 本当にしょうがなさそうに、ため息交じりで言うのはやめて!


 ちなみにランプを持った小人せいれいさんのオーナメントは、ただのオーナメントだった。

 暗くなると勝手に明かりが灯る、感応センサーつき自動点灯ライトだった!

 これもオーバーテクノロジーだってば!

 何を作っているのさ!


 ニャンコさんたちは定期的にウッドフェンスの上を巡回して、家の警護をしてくれているらしい。

「安心するニャ。ネズミ一匹入らせないニャ」

「任せるニャ」

 そう言って器用にバラの棘を避けて歩いていった。

 

 ビックリ箱はこの家のほうだよね?

 

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