第44話 黒い執事服の黒羊現る
とりあえず、いったん最初の部屋へ全員で戻ってきたよ。
みんな冷静になろうね!
執事の黒羊さんに勧められるまま、全員が腰を下ろす。
黒羊さんの指示で、ジェフとマーサがお茶の用意をしているね。
何げに場を仕切る、謎の黒い執事・黒羊さん。
うん、言いにくいね!!
さっきまで何もなかった台所の戸棚には、さまざまな種類の茶葉と茶器が並んでいて、マーサが大興奮していた。
ケトルのお湯が沸くまでのあいだに、どれを入れようかと茶葉の香りを吟味している。
ジェフはキッチンカウンターの上に現れた、山型食パンと精霊ジャムのビンに驚愕していた。
この世界の白パンは、ブールみたいな丸パンだもんね。
その食パンはふわふわでほんのり甘いはず。
そこに精霊印のジャムを挟んだら……。
きっと、沼にはまってもう戻れないと思うんだ。
怖いね~、底なし沼だよ~。
うふふ~。
はい! ただいま、尋問中だよ!
しかし尋問にお答えするのは僕ではない。
植物栽培スキルさんあらため、黒い執事の黒羊さんだよ!
ますますもって、言いにくいね!
「お初にお目にかかります。私はハク様の植物園を管理する精霊でございます。名前はまだありません。ハク様に名づけていただければ、幸いでございます」
そう言って、真っ黒い体に真っ黒の執事服を着た、真っ黒の目でこっちを見つめてくる。
白いところがないね。
同時にみんなの真剣な眼差しが僕に突き刺さる。
おおぅ……。
これが世に言う、プレッシャー?
黒ちゃんはダメだよね……?
ブラック、シュバルツ、ノワールしか知らないなぁ。
う~ん。
「メエメエさんでどうかな?」
一同はガックリと項垂れていた。
シュバルツのほうがカッコよかったかな?
でもシュバルツなんてシュッとしてて、かわいくないもん。
羊のメエメエさんなんて、すごくかわいいよね!
黒いけど。
「ふむ、よろしいでしょう。私はメエメエさんと名乗ることにいたします。以後お見知りおきください」
黒羊さんあらためメエメエさんは、ぺこりと三頭身の体でお辞儀をした。
頭が重くないのかな??
「この家は、ハク様の要望で建築させていただきました。特別オプションといたしまして、資材の保管倉庫、薬剤調合機器、精油製作の蒸留器、およびアルシェリード様のために錬金釜をご用意させていただきました。ほかにもご入用の品がございましたら、お声がけください。なお、保管倉庫の扉はハク様がお認めになられた方のみが、開閉可能でございます。同様に資格のない者は、この家の敷地にも侵入することはできません。セキュリティは万全でございます」
メエメエさんは胸を張って言った。
なんか過剰サービスな気がするぅ……。
「おお、それはかたじけない!」
アルじーじだけはハイテンションでお礼を言っているけど、ほかの誰の目も死んだ魚のようになっていた。
「最奥の扉はハク様の植物園に続いております。濃厚な魔力の世界でございますれば、無闇に立ち入らないよう、ご忠告申し上げます」
「ふむ、立ち入った場合はどうなるんだね?」
アルじーじの目がギラギラしているよ。
なんかもう、アルじーじとメエメエさんでお話が進んでいくよね。
「ハク様の植物園は精霊の世界でございますれば、そこな精霊たち同様に、メルヘ~ンな思考に陥ると思われます」
「はっ?」
全員の目が点になったよ!
そして全員の顔が一気に蒼ざめた!
僕の側で、キャッキャとおいしそうにジャムパンを食べているグリちゃんたちをチラリと盗み見て、しょっぱい顔になった!
メルヘン思考ってどういうことっ!?
「ですがご安心ください。皆様の生体認証は登録いたしましたので、長期滞在でなければ自我を失うことはないでしょう」
皆が一様にホッと安堵のため息をついた。
「恐ろしい世界だな……」
ジェフが額の汗をぬぐいながら、ボソリとつぶやいた。
それを聞き漏らさないメエメエさんは、グルリとジェフをガン見した。
「ですがここは、多種多様な植物が生育する世界でもあります。まだ見ぬ食材があるかもしれませんよ?」
ニヨニヨ笑うメエメエさんのあおり文句に、今度はジェフの目の色が変わった。
マーサもさっきの茶葉に目を走らせて、瞳をキラキラと輝かせているね。
「私はここに住もう!」
いきなり立ち上がって叫ぶアルじーじ。
何げに爆弾を投下した!
ええ? 何を勝手に決めているのよ?
「待ってください、アルシェリード様!」
父様が慌てて止めに入る。
気持ちわかる~。アルじーじさっきからおかしいもん。
はっ、メルヘン脳に変わっちゃったのかも……。
ドキドキだけどハラハラ。
「メエメエ殿、そもそもハクの植物園とはいったいなんなのだ? さっきから頭が混乱して理解が追いつかん!」
父様が珍しく声を荒げたので、僕はちょっぴりビクッと震えた。
おっきい声は怖いよう……。
無意識にマーサのエプロンの端っこを握り締めちゃったよ。
それに気づいたマーサが、優しく僕を抱きしめてくれた。
「大丈夫ですよ、坊ちゃま。旦那様もそのような大声を出されては、ハク坊ちゃまがビックリしてしまいますよ」
マーサはやんわりと父様をたしなめる。
父様はハッとしたようにこっちを見て、それから眉をヘニャリと歪ませた。
「すまないハク。私も混乱してしまって……」
そんなパパンに、僕は黙ってうなずいた。
わかるよ、パパン。
僕もまったく理解できないもん!
そのようすを虚無の目で見ていたメエメエさんが、ひとつ小さくうなずいた。
「植物園とはハク様に与えらえた、ユニークスキルでございます。植物栽培スキルのための異空間とお考えください。皆様がお持ちのマジックバッグも、異空間魔法でございます。その中に生き物が入ることができて、別世界につながっている。そう考えれば、多少はご理解いただけるものかと存じます」
メエメエさんはのっぺりとしゃべるよね。
「異空間魔法……」
誰かがそうつぶやいた。
「本来はマジックバッグ同様、極限定的なスキルであったはずなのですが、ハク様の膨大な魔力が濁流のごとく流れ込み、
すっごい回りくどい言い回しだけど、それって完全に僕をディスっているよね?
僕の魔力が濁流ってどういうこと?
欲望の塊とか
なんか僕が悪いみたいに聞こえるーッ!
ひどくないー!?
ぶーぶー!
みんなが頭に「?」を浮かべる中、アルじーじだけは訳知り顔で相槌を打ったよ。
「なるほど興味深い事象だね。私が五百年生きてきた中でも、初めて聞くことばかりだ!」
賢者の探求心が騒ぐのか、アルじーじは興奮したようすで鼻息を荒くしている。
「ではその精霊たちは?」
バートンが、まだジャムパンを食べているグリちゃんたちを示して問いかける。
君たちもさっきから何個目なの?
飽きないの?
味変しているから大丈夫?
そうなの。
ほどほどにね?
「そこな精霊たちも私も、ハク様の魔力が具現化したものでございます。植物の栽培に必要な、植物・土・水・光・風の精霊でございますね。月の精霊は特異発生したものでございまして、私も管理人として自我を持つに至りました。すべてはハク様のメルヘン脳の仕業でございます!!!」
ええぇーッ!!
なんでもかんでも、メルヘンで片づけ過ぎじゃない!?
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