第43話 波乱の内覧会

 朝食を食べて一服したら、みんなで内覧会を開催してみよう。

 さぁさぁ皆さん、僕についてきてね~。

 この旗が目印ですよ~。

 旗はないけどね~。


 できたてホヤホヤのお家の周りは、ウッドフェンスで囲まれていた。

 フェンスには若葉を芽吹かせたバラのツルが絡まり、足元にはなぜか魔除草がビッシリと植わっていた。

 このツルバラたちは、初夏に見事な花を咲かせるだろう。


 アーチ型の入り口にはかわいい門が設置されていて、小鳥とアイビーのデザインが施されていた。アーチの上には、小人がランプを持ったオーナメントがあって、その横の門柱の上には、白と黒の猫さんの置物が左右一対で置かれている。

 やだ、ちょーかわいい。

 おとぎ話の世界に迷い込んだみたい!

 ドキドキするーッ!

 

 門をくぐるとそこには、桜の花びらがひらりひらりと舞っていた。

「ほう、これまた風流な!」

 アルじーじが感嘆の声を上げる。

 わかるー! きれいだよね。

「この木は桜と言います。早春に一度だけ薄紅の花を咲かせるんです」

 うん、桜は日本人の心の故郷ふるさとだよね!

 夏はアメシロが降ってくる、恐怖の木でもあるけどね。


 桜の木の根元にはさまざまな植物が生い茂っていた。

 家まで続く小道の横には水場もあり、小鳥がさえずっている。

 小道を進んだ先には、ウッドデッキを備えた小さなレンガ作りのお家が建っていた。

 デッキを上がって玄関のドアに手をかけると、リンと音が鳴って扉が開く。

 どうやら僕の魔力に反応しているみたい。


 ドアを開けると、そこには大きな作業テーブルを備えた、台所兼居間があった。

「おお! 広いなぁ」

 僕は思わず声を上げた。

「そうか?」

 興味津々で後ろからのぞき込んだ父様が、不思議そうにしている。

 父様のお部屋は、僕のお部屋の四倍以上はあるんだよ。

 十分に広いと思うんだけど?

 さらに僕は小さいんだよ?

 誰よりも小さい僕が、広いと言ったら広いのよ。

 横でグリちゃんポコちゃんもうなずいているよ!

 

 僕がモニョモニョしているあいだに、ほかの面々は勝手に家探しを始めた。


 え? ちょっと待ってよ!

 ツアコンより先に行っちゃダメだよ!

 団体行動を乱してはいけないんだよ!


 バートンは危険なものがないか、戸棚や引き出しの中を確認し、ジェフはアイランド型キッチンの使い勝手を確認し、従士のロイおじさんとケビン(初登場)はソファや椅子の座り心地を確認している。

 なんで?

 マーサはカーテンやクッションの、柄や肌触りを堪能していた。

 何してるの、君たち?


 僕の疑問を無視して、アルじーじと父様は、ふたつある奥の扉をそれぞれ開けた。

 片方は洗面所のようだけど、もう片方をのぞき込んで、ふたりとも動かなくなった。

 ん~ん? どったの?

 僕はトコトコ歩いていって、ふたりの足の隙間から中をのぞき込んだ。

 はぇ? お手洗いじゃないの?


 そこには大きな保管倉庫があって、さまざまな植物がビンに入って棚に陳列されていた。

 先の部屋の何倍あるんだろう? というくらい広くて明るい。

 天井は吹き抜けで、外国の円形図書館を思わせる作りだ。本の代わりにビンや箱が並んでいる感じ。

 観葉植物っぽいのも置いてあるね。

 壁ぎわの本棚には何冊かの本が並んでいて、中央の横長の大きなテーブルには、何やら実験器具のようなものもある。

 ビーカーやフラスコっぽいものと、加熱用のコンロみたいなものが見える。

 あれって薬草の調合道具かな?

 その横にある銅製の器機って、蒸留器じゃないかな?

 あれれ、そのさらに奥にある大きなお釜はなんだろうね?


 あのぅ……、この家の外観と、ここの面積が明らかに違うんじゃないかな?

 その大きな保管庫のずっとずっーと奥には、さらなる扉が見える。 

 あるれぇ~?


 だんだん、嫌な汗が背筋を流れているんだけど……。



 僕はふたりのあいだを抜けて、テッテッテ~と、駆け足で広過ぎる保管庫を横切り、不思議な模様が描かれた奥の扉に手をかけた。

 僕の突然の行動に慌てた父様の声が、広い室内に反響した。

「待てっ! ハクッ!?」

 父様の静止を無視して、僕はガチャリと扉を開け放つ!


 まばゆい光に目がくらんだ。

 少しして目が光に慣れてくると、そこには青い空と新緑に萌える緑の山々と、懐かしき水田が広がっていた。

 頬をなでる風と、せせらぎの音が心地よい。

 道の合間に建つかわいらしい家々と、空を舞う小人精霊さんたち。


 そこはかとなく見覚えのある、メルヘン山村の長閑な景色そのものがそこにあった。

 

「ほえぇぇぇ~!?」

 僕は思わず大絶叫してしまった!


 慌てて僕を追ってきた父様も、僕を後ろから抱え込みながら、声もなく呆然と固まっていた。


 落ち着いて、僕!

 ここは見覚えがあるよ。

 植物栽培スキルさん?

 ここはもしかして、もしかしなくても……。


『植物園へ続いています』


「キャーッ!」

 植物栽培スキルさん!

 恐ろしい子!?



「これはなんということだ! なんと素晴らしい光景だ!」

 父様に追いついたアルじーじは瞳を輝かせ、興奮したようすで「ここは楽園か!?」と叫んだ。

 アルじーじの声が、木霊となって反響している。

 慌てて追いかけてきた、ほかの面々も絶句したまま立ち尽くしてしまった。

 明らかに現実世界とは違う光景だもんね!



 濃厚な魔力が満ちているのがわかる。

 力の弱い人だと、立っていられないかもしれない。

 賢者のアルじーじだけは、興奮して狂喜乱舞の様相だ。

 飛び出していこうとするのを、ロイおじさんとケビンが必死に取り押さえているよ……。


 まぁ、みんなちょっと落ち着いて?


 う~ん、たぶんここは僕のスキル、異空間植物園の中だよね。

 スキルさんがいろいろと、やらかしてくれたみたい。

 僕はこれをどうやって説明すればいいんだろう?


 ぶっちゃけ過ぎじゃないかな?

 僕の秘密が、秘密でなくなっちゃったよ!



「私が説明いたします。メェ」


 めぇ?

 不意に聞こえた声のほうを全員が一斉に振り返った。


 

 青い空と緑の山々を背景に、グリちゃんたちと同じサイズ感の、黒い執事服をまとった、かわいいモフモフ黒羊さんが浮かんでいたよ!


 ひょえぇぇぇ~!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る