第9話 冬はのんびり
ラドクリフ領の気候は、前世の寒冷地域と似たような感じだよ。
雨が少ないから梅雨はなく、夏の暑さも猛暑まではいかず、冬は雪が降り積もりビリリと冷える。内陸だし。
季節は駆け足で巡って、冬になった。
さすがに朝はお布団から出たくない病。でも遅くなるとマーサの雷が落ちるから、僕はモソモソとベッドからはい出る。
素早くモコモコズボンと上着を着込んで廊下に出る。
屋敷内なのに吐く息が白いね。
「う〜寒い」
震えながら井戸場に向かう。
さすがに今の時期は外に出なくてもいいように、外へ通じる扉の前に
水源はクーさんだよ。
「おはようクーさん。今日もおねがいね」
挨拶しながら魔力をあげると、うれしそうにユラユラ揺れていた。
冬場のクーさんは内勤だよ。マーサのお手伝い要員と化している。
『料理場』で煮炊き用の水を出したり、皿洗いのお手伝いをしたり。『湯場』の浴槽に水をためたり、洗濯の水を作ったりと忙しそう。
クーさんの水は夏冬通して同じ温度だから、「冬場は助かります」とマーサも喜んでいた。冬の水って刺すように冷たいから、家事をする人は大変だよね。
異世界といえばお風呂問題、あるある。
お約束どおり、お風呂は贅沢品だよ。
我が家は一応貴族家なので、小さい『湯場』を備えている。
今はクーさんが水を用意してくれるけど、以前は井戸から数人で水を運んでいたんだよ。我が家には水魔法使いがいないからね。
温めるには薪を燃やすか、火属性の魔石を使うか、あるいは火魔法使いがお湯を沸かすしかない。
辺境なので薪が主燃料で安価だけど、つきっきりで沸かすから、一番手間も時間もかかるよね。
魔石は討伐した魔獣から取れるものだけど、領の貴重な財源にもなるから無駄遣いはしないんだって。来客があれば使うけどね。
火魔法使いといえばリオル兄だけど、たまにはお手伝いしてくれるよ?
たまにだけどね~。
なので、お風呂は数日おきだよ。それでもお湯に浸かれるだけでも幸せなことだよ。まったく入れないよりはマシだと思う。
普段は『浄化石』を使うことが多いんだよ。
『浄化石』っていうのは、特殊な魔法陣を刻んだ石で、それに手を置いて少しだけ魔力を流すと、浄化魔法が発動されて、全身スッキリするんだよね。
リフレ~シュッ! って叫びたくなるよ!
ぷぷぷ。
付与魔法士や錬金術師が作るもので、魔道具工房やギルドで買えるんだって。
実はこの世界の人は意外と清潔なんだよ。
ちなみにお手洗いは各階に二箇所ずつあって、地下の魔法浄化槽で解毒分解されて土に還るんだって。
詳しいことは知らないよ。
魔法って便利だね!
困ったときは全部魔法のせいにしておこうね。
お洗濯は基本水洗いで、洗濯機はないけれどそれに近い魔道具があった。
水を入れたらグルグル回るんだよ。
初めて見たときはビックリしたよ!
あとからマーサに「洗濯場に入ったらいけません」って叱られたけど。
ひとりで家事をこなすマーサのために、貧乏ながらも奮発して買ったんだって。
あとは絞って干すだけでいいから、仕事が楽になったとマーサは喜んだそうだ。
「おはようございます」
食堂に行くと、すでに父様もリオル兄もそろっていた。それぞれに挨拶をして席に着く。
早速運ばれてきた今日の朝食は、黒パンと根菜スープとベーコンエッグ。
自家製玉ネギとニンジンとヒヨコ豆のスープはウマウマ。
そうそう、村で畜産をやっているから、新鮮な卵や牛乳も手に入るんだよね。
ベーコンやソーセージなんかも村で買える。
パンはライ麦から作った黒パンが主流だよ。
黒パンは栄養価が高くて長持ちするから、平民の主食になっている。
冒険者の保存食にもなるね。
ただ硬くて酸味があるから、最初は食べにくかった。
この世界で五年も生きていれば、慣れるというものだよ。
僕がスキルで夏のあいだに作り貯めた野菜は、食料が足りなくなる今の時期になってから、こっそり物置小屋の中に置いてきている。
それをトムが馬車に積んで、ふたつの村へ運んでゆくんだ。
不自然に置かれている大量の野菜の出所が僕だって、父様たちは気づいていると思うけど、何も言わないで運んでいってくれるんだ。
今年は誰もお腹を空かせないで、冬を越せたらいいと思う。
僕はそれだけでいいんだよ。
そうそう、夏から冬のあいだに、もうひとつ変わったことが起こった。
実はクーさんとピッカちゃんのほかに、緑と茶色ポンチョの小人さんが姿を現したんだよ。
あの、スキル画面の中でお仕事をしていた、最初の精霊さんたちだった。
夏の終わりごろにスキル画面を眺めていたら、突然画面が輝いて、ふたりの小人さんが飛び出してきたんだよ!
そのときは、僕もビックリ仰天しちゃったよ!
ふたりは満面の笑みで僕に抱きついてきた。
触れた瞬間、この子たちが僕の魔法の源だとわかったんだ。
僕の大切な一部だと伝わってきて、すぐにふたりが大好きになった。
緑は植物精霊のグリちゃんで、茶色は土精霊のポコちゃん。
グリちゃんはグリーンから名づけて、ポコちゃんは土がポコポコ動く土魔法から、連想したんだよ。
ちなみに植物園の中の小人さんは二頭身だけど、リアルな小人精霊さんは三頭身だった。
よかったよ。
現実世界で二頭身だったら歩きづらいもんね!
小人精霊さんは体長が五十センテくらいの大きさだよ。
体重はすごく軽くて、普通に宙に浮いて移動している。
この子たちは魔力をあげると喜ぶんだよ。
みんな超かわいい!
グリちゃんとポコちゃんは、最初のころは僕以外の人には見えなかったんだよね。
しばらく僕と一緒に行動しているうちに、最初はマーサとバートンに見えるようになって、父様とリオル兄が気づいて、トムや従士たちにも認識されるようになった。
「ハクの後ろに、背後霊が浮かんでいるのかと思ったよ」
リオル兄が失礼なことを言ったね!
僕とグリちゃんポコちゃんが抗議すると、リオル兄は「ごめんね」と謝って、僕らの頭を順番になでなでしてくれた。
あれ、僕も同じ扱いなの?
えぇ……?
グリちゃんポコちゃんのお仕事は栽培系なので、冬の今はそんなにやることはない。僕と一緒につるんでまったりしていることが多いね!
残るは風精霊のフウちゃん。
植物栽培・風魔法の精霊さんで、名前はそのまんまだよ。
風精霊さんのお仕事は草刈りと、通気や換気くらい。
フウちゃんがそこにいるのはわかるんだけど、いまだに姿を見せてくれないんだよね。
フウちゃんは恥ずかしがり屋さんなのかな?
コッソリお洗濯物を乾かすお手伝いをしてくれたりする、とてもいい子だよ。
僕のお友だちの精霊さんは、雲のクーさんと太陽のピッカちゃんも合わせて五人になった。
さて、夏から冬に至る今。
スキルレベルは七になって、現在の栽培区画は十五区画に増えた。
玉ネギ、白菜が開放されて、栽培経過時間は十七時間。
まだ微妙だね。
創造魔法では豆類を増やした。
来年、村の畑で栽培するための種子にしようと思う。
領主の子としては、領民の食生活も豊かにしたい。
僕にできることをしなくちゃね!
父様に耕作地を貸してもらおうと思っている。
今はもう、春が待ち遠しいね!
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