第50話 賢者は自由人

 え? 前回のマジックボックスのあおりはなんだったのかって?

 ナニソレ、僕シラナイヨ?


 離れの保管倉庫の扉よ「開け~ゴマ!」

 僕は意気揚々と叫んだ。

「なぜゴマなんだい?」

 アルじーじがワクワクしたようすで、屈んで聞いてきた。

「う~ん、気分かなぁ~」

 僕は笑って誤魔化すしかなかった……。

 ノリだよノリ! 一度言ってみたかったんだもん。

 突っ込んじゃイヤン!

 


 さて、僕は前回の続きから、離れの秘密の扉を開けている!

「保管倉庫にはいろいろあるから、ぜひ確認したい!」と、アルじーじが言い出した。

 じゃなきゃオールドローズの木はあげないよ~? とか言うんだよ!

 交換条件を出してくるなんて大人げないよね!

 五百年も生きているのにさ!


「若干八歳の小童こわっぱごときが、海千山千の猛者に敵うわけがないと思いますが?」

 はい、メエメエさんの的確なツッコミをいただきました!


 メエメエさんとユエちゃんのため息を、左右の耳元で聞いたよ。

 うぇっ。


 保管倉庫の中は本当に広くて天井が高い。

 中は円形の壁に囲まれていて、一階には本棚のような棚が整然と並んでいる。吹き抜けの二階部分もあって、壁際は保管物の棚で埋め尽くされている。

 見ればみるほど、外国の円形図書館っぽいかも。

 それにしても、だんだんと広がっているように感じるのは、気のせいかな?

 あれ、なんか天井がガラス張りになっているよ?

 紫外線とか大丈夫なの?


「あれは空の映像を投影しているだけですから、ご安心ください。照明および空調の管理は万全でございます。そもそもこの空間は、誰もいないときは時間停止しておりますので」

 それってLED照明とかいわないよね?

 やめてよね。


 僕がメエメエさんとゴニュゴニュ話している隙に、アルじーじが駆け出していったよ。

 あ~あ、こうなると思ったよね。

 野放しにしちゃっていいの?

「大丈夫です。奥の扉は、本日は出現しておりませんから」

 最奥を見れば、確かにあったはずの扉が消えていた。

 オー、ふぁんたすてぃっく!

 

 ところでメエメエさんや?

「なんでしょう?」

 ずっと思っていたんだけど、僕の心を読んでいるのかな?

「何をおっしゃっているのやら。ほぼ言葉に出して、まるっとダダ漏れでございますよ?」

 僕はメエメエさんと見つめ合った。


 え?

 

 あれや、これや、全部?

「アレもコレも全部です」

 メエメエさんの真っ黒い目がブラックホールのように見えた。


「ひょえぇぇーーッ!?」

 僕の声が広い館内に響き渡る。


 でもアルじーじは戻ってこなかった。


 まぁ、過ぎたことを悩んでも仕方がないよね。

 ポジティブに行こう!

「…………」

 メエメエさんの目が一本線になっていたけど気にしないよ!



 マジでアルじーじが戻ってこないので、僕らはいったんキッチンのある部屋に戻って休憩した。もう、ここはリビングって呼んでもいいかな?

 紅茶とパンケーキをマーサに作ってもらったよ。

 蜂蜜とバターを載せて、さあ召し上がれ。

 精霊さんたちは一口食べて、あまりのおいしさに飛び跳ねていた。

 たいへんお気に召したらしい。

 それにしても、異世界蜂蜜は、メッチャおいしい!

 夢中で食べていたらすぐになくなっちゃった!


「おいしかった! また作ってね、マーサ!」

 満面の笑みで告げると、マーサはうれしそうに笑ってうなずいてくれた。

 精霊さんたちは列を作っておかわりを待っている。

 精霊さん六人分を作るのは何げに大変だよね。

 メエメエさん、ホットプレート的なものを作ってほしいなぁ~。

 メエメエさんも納得したらしく、素直に請け負ってくれた。



 それから小一時間後。

 僕は保管庫内に用意された、各種器具が置かれたテーブルへ向かった。

 乳鉢・乳棒・薬さじ・ビーカー・フラスコ・ガラス棒・ロート・平秤と分銅、白いお皿に魔石コンロもあるね。

 ビーカーとか、なんか懐かしいよね。

 これでお薬やポーションを作るのかな?

「この魔石コンロの魔石はどうするの?」

「それでしたら魔石か精霊石を使います」

 そう言うと、メエメエさんはキラキラ輝く色とりどりの精霊石を取り出した。

「これは精霊が純粋な力を込めて結晶化したものです。属性は気にせずお使いいただけます」

 へぇ~、水属性でもいいんだ。

 精霊さんたちの力も不思議だね~。

 とはいえ、僕には必要のないものだよね。

 メエメエさんは精霊石をしまった。

 

 ちょうどそこへ、アルじーじがドタバタと駆け足で戻ってきた。

「やあやあ、珍しいものがたくさんあって目移りしてしまうね! おや、それは薬師が使用する一般的な調剤用の道具だね。これだけあればポーションが作れるぞ!」

 内覧はもういいのかな?

 あとでゆっくり見るの?

 そうですか。


「あとは薬草と蒸留水か魔力水が必要だね。蒸留水は水魔法を使えない者が使用するが、ハク坊やは水魔法があるから大丈夫だね」

 そもそもこの保管倉庫自体が僕の魔力でできているから、ここの水は百パーセント天然の魔力水だよね。

 おお、コック式の水道が完備されているよ。

 ひねると水が出た!

 文明の利器!

 

「そこにある蒸留器は銅製か? なんとも美しいものだね」

 ポット・冷却槽・温度計・魔石コンロ・スタンド・ミニカップが組み立てられていた。

 小さいけれど、アランビック蒸留器の洗練されたフォルムが美しい。

 銅って熱伝導がいいんだっけ?

 この世界ではガラス製の蒸留器と、どっちを作るのが難しいんだろうね?

 やっぱりガラスかな。

 透明なガラスで細い管とか作るには、相当な技術が必要だよね。

 ここにあるのは小さい卓上のものだけれど、大きいものがあったらお酒の蒸留もできるのかな?

 まぁ、僕は飲めないからどうでもいいんだけど。


「それは精霊さんたちが、ローズアロマオイルを作るために用意したものだと思うよ?」

 僕は使い方なんて知らないよ?

「なるほど、なるほど。そしてこっちが錬金窯だね!」

 アルじーじは喜色に満ちた声で叫んだ。

 結構大きい釜がドーンと鎮座していて、アルじーじは釜の縁をなでていた。

 なんか、大きなチャーハン炒め器みたいに見える。

 あの斜めになっててグルグル回るやつ。


 メエメエさんは、アルじーじのためのオプションだって言っていたよね。

「賢者様って錬金術も使えるの?」

 僕は素朴な疑問を口にしてみた。

 だってエルフって自然とともに生き、金属とか嫌いそうなイメージだよねぇ?

 錬金術なんて自然と真逆の、科学の世界じゃないの?


「おや、偏った知識があるね? エルフの中には錬金術師も鍛冶師もいるのさ。そして賢者とは知識の探究者だ。薬学も錬金術も避けては通れない道だね」

 アルじーじは笑って僕の背中をたたいた。


 事実は小説より奇なり?

「間違っているような、いないような?」

 メエメエさんも首をかしげていた。



 このままでは埒が明かないと思ったのか、メエメエさんはアルじーじからバラの木を奪取していた。

 アルじーじの腕輪型マジックボックスに手を突っ込み、まさに奪い取ったのだ!

 え? 

 所有者を無視して中身を取り出せるものなの?

 アルじーじは特に気にしたようすもなく、ワッハッハ~! と笑っていたけど。

 えぇ……。

 恐るべし、暗黒羊!


「あとはご自由に調合なり錬金なり、なさっていてください。倉庫内の資材はご自由にお使いください」

 用は済んだとばかりに、メエメエさんはフンと息をついた。

「かたじけない! 自由に使わせてもらおう!」

 アルじーじは待ってましたといわんばかりに目を血走らせて、ヒャッハーと飛び跳ねて喜んでいた。

 アルじーじ、キャラ変わってない?


 あれはもう何を言っても聞かないと思う。

 寝食を忘れて没頭しそうだね。

 一応クギを刺しておこうかな……。


「アルじーじ? ご飯はちゃんと食べてね。ちゃんとベッドでお休みしてね?」

 って、聞いてないよぉーーッ!?



 再びリビングに戻ってきた僕は、部屋を片づけていたマーサと母屋へ戻ることにした。

「メエメエさん、あとのことはよろしくね。バラは多めに挿し木しておいてね。あと、白桃の苗木も大きめのものを二~三本お願いね。それからアルじーじにご飯を食べさせておいてね」

「かしこまりました」

 メエメエさんに挨拶してお別れだ。

 マーサに手を引かれて外に出ると、夕暮れに空が赤く染まっていた。


 アルじーじに会えるのは何日後だろうね?

 

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