新しい空へ(一)
清々しい目覚め、ではなかった。窓の外は曇っている。予報では、午後三時過ぎくらいから雨で、それまでは晴れ時々曇りくらいの天気だったはずなのだけれど。
それでもわたしの決意は変わらない。
『わかった。じゃあ、きみの特殊能力とスキル、アイテムを返すよ』
わたしが呼びかけると、コビーはあっさりとそう言った。
特にこちらがすることはないのかしら。まあ、何か痛いことがあるだろうとは思わないけれど。
『もう終わったよ』
あ、はい。
『ホームフィールドにアクセスして確認してみるといい。スキルや特殊能力の解説もしてくれるだろうけれど、わたしに訊いても答えられるから、すぐに全部覚える必要はない』
そうか。じゃあ、後で色々訊くかもしれないけど、よろしく。
通信を切り、塩飴を取り出して口に放り、いつもの通り窒息しないよう横向きにベッドに転がって目を閉じる。
いつもの景色のいつものホームフィールド。でも、いろいろな数字がいつもと違う。なんというか、表示されるポイントの桁がいくつも違っていた。空中のパネルに表示されるアイテム一覧も色々だし。
スキルや特殊能力については、以前コビーに聞いた通り。バトルスキルが〈投擲〉レベル一八、特殊能力が〈飛行能力〉レベル一四、〈透明化〉レベル一三、〈反射〉レベル一一、〈高速移動〉レベル十、〈念力〉レベル六。
とりあえず、とっつきやすそうなところから行こうか。
「〈高速移動〉について説明してほしいんだけれど」
空を見上げて問いかけると、すぐにいつものアナウンスの声。
『〈高速移動〉は歩ける範囲を高速で移動する特殊能力です。レベルが高くなると移動速度や持続時間が増加します』
「障害物は乗り越えられるの?」
『またげる程度の高さまでなら乗り越えられます』
「じゃあ、次、〈反射〉について」
『飛来してくる攻撃を反射します。投げナイフ、氷の矢、炎の球など。ただし直接武器や拳で殴るなどの近接攻撃は反射できません』
なるほど……〈投擲〉の天敵みたいな特殊能力だから、こちらとしても相手が使ってくる可能性に気をつけないとな。
〈念力〉は難しいスキルだと以前聞いていた。実際のところ、どういう能力なのか。
『〈念力〉は手の届かない場所に念じた力を生み出すスキルです。熱から炎を生む、冷気から氷を生む、引力や斥力から物を動かすこともできます』
なるほど、難しそうな。想像力が試される能力なのかな。想像力にはちょっと自信があるので、使い甲斐はありそうだ。
アイテム欄を見る。まず見覚えのある物があった。トランプ程度の大きさのカード。名前は〈フォーチュンカード〉という。あとは〈守護の指輪〉、〈傷薬〉、〈回復薬〉がふたつ、〈赤い丸薬〉に〈護符の首飾り〉。
初見のアイテムについても尋ねてみる。〈回復薬〉は〈傷薬〉の上位互換で、ある程度の怪我を治せるようだ。〈赤い丸薬〉は精神力を回復させる。〈護符の首飾り〉は何かの標的になった場合に知らせてくれる警報アラームのようなものらしい。
『お持ちになるアイテムがあればお申し付けください』
全部、というのはかさばるかなと思うけれど、アクセサリーは意外と邪魔にはならない気はするな。武器のカードは内ポケットでいいし。
〈傷薬〉と〈回復薬〉ひとつを残し、全部回収してみた。指輪は左手の中指にはめ、首飾りは首にかける。カードは予定どおり内ポケットへ。
丸薬は指先程度の大きさもないそれが、包み紙に包まれている。これもポケットに入れておいても良さそうだ。落とさないように気をつけないと。
〈回復薬〉はちょっと大きいかなという感じ。小さめのドリンクみたいな、青緑の液体が小瓶に入った形状。ポケットに入れられなくはないが、リュックサックのポケットに入れ直しておこう。
ホームフィールドを離れると、指輪に首飾りの感触。夢の中から物を持ち出したみたいで、新鮮な感覚。
とりあえずポケットに入れておいた〈回復薬〉をリュックサックの蓋のチャックを開いた奥に入れておく。内ポケットに入れたはずのカードもポケットにあった。このジャージには内ポケットはないからなあ。
それから、ジャージの襟の上にのっていた首飾りを手に取る。
アイテムを売る者もいるとかいう、以前聞いた話を思い出す。銀色のチェーンに緑色の玉石がついた、シンプルなアクセサリーだ。でも玉石は神秘的な光をたたえていて綺麗だし、確かにそれなりの値段で売れそうだ。
――いやいや、さすがに売らないけど。
まずは朝食だ。ここは朝食はついているから、レストランに行けばいい。
着替えて身なりを整え、顔を洗い、コートを着る。財布とカードは内ポケットへ。ほかのアイテムはコートのポケットへ。首飾りは目立たないようにシャツの下にしている。
一階の専用レストランは昨日行ったところより手狭な印象だ。まずトレイを持って流れに沿って歩きながら皿を取っていく、ビュッフェ形式。主食、主菜、汁物、デザートが何種類かずつある。おおまかには和食と洋食だ。
わたしはちょっと迷って洋食にした。コーヒーとサンドイッチとサラダとウィンナーにスクランブルエッグ、カップのコーンスープにヨーグルト。和食は白米に焼き魚や納豆、みそ汁などがついてくるらしい。
焼き魚もいいけど、今はサンドイッチの気分なんだ。ほかの宿泊客も結構いておいしそうな匂いがしてきたりするけれど、コーヒーを一口すすって卵サンドのほど良い酸味を舌にのせると、一片の未練もなくなる。
朝食を終えると、そのまま部屋に戻らずホテルを出た。
――〈高速移動〉を使ってみようか。
そんな気分になるものの、その前に〈透明化〉だ。移動がどういう見え方をするのかもわからないし。
とりあえず見つけたのは、ドラッグストアのトイレ。店内ではなく屋外にあるのが好都合だった。
そこで誰もいないのを確認し、姿を消す。
――さて、物は試し。
トイレから出て、〈高速移動〉を使いたい、と心の中で念じる。初めて使うからイマイチこれで通じるのかよくわからないが、飛ぶときや姿を消すときもこういう感じだから、多分これで大丈夫のはず。
発動した〈つもり〉の状態になると、一歩足を踏み出す。
すると、ドラッグストアの駐車場を高速で滑るように周囲の風景が流れ、一歩が終わると止まる。まるで、一歩が十歩くらいになったような感覚。
これが〈高速移動〉ってやつか。
さらに数歩、歩いてみる。すると、電柱の手前で止まる。
危ない。ぶつかる仕様じゃなくて良かった。それに、うっかり道路に出ちゃって車と衝突、あるいは逆に人を跳ね飛ばすみたいな事故も起こり得るから、周囲をよく見てから使う必要があるなあ。
〈念力〉と〈反射〉はどこか人の気配のないところで使ってみよう。でも、その前にやることがある。
周囲を確認してまた〈高速移動〉でトイレに戻り、特殊能力二つを解除。午前中はネットカフェで昨日の続きを調べるつもりだ。いずれ能力が使えなくなるとかそういう結果がどうあれ、将来の暮らしのために稼がねば。
それに、何かしらここで偽人類の尾っぽを見つけられれば、〈シルバーアロウ〉との決戦の前に相手の人数を減らして多少でもこちらを有利にすることができるかもしれない。
と、ネットもできる漫画喫茶へ。周りの漫画にも興味はあるけど、そんな余裕はないし読み始めると際限なくなるだろうな。あと図書館にも寄る。
ネットでは大した情報はなかった。〈空き地でたまに変なうめき声が聞こえる、昔からの言い伝えのあの怪談じゃないか〉みたいな書き込みはメモしておいたけれど。それについて調べるため、普通に歩いて図書館へ。
そこで神話伝承や妖怪について書かれた本を読むと、どうやらうめき声が聞こえるという場所の近くに、昔からそういう言い伝えのある場所があるとか。そんな昔からだと、偽人類とは関係ないんじゃないかな。
とはいえ、偶然、最近その辺に来た偽人類がいる可能性も無きにしも非ず。今もいるなら見ればわかるし、直接そこに行ってみる方が早いか。今日まで一週間分の新聞を調べてから、図書館から歩いてその場所へ。それほど遠い地区ではない。
空き地は、古めかしい木造の個人商店と駐車場の間にあった。周囲を見たところ異状もなさそう。
それにしても、周りが暗くなってきている。空は雲に覆われしかもどんどん黒く重そうになってきているから、夕日の写真は無理かな。
気づけば時刻も一一時を過ぎている。
急いで早めに食事を終えようと、物陰を見つけて〈透明化〉し、帰りは飛んでホテルの部屋へ。窓の鍵は出る前に開けておいた。
部屋に入ると、電気ポットで湯を入れてカップラーメン塩味を食べる。割り箸はコンビニかどこかでついてきたのを使う。適当に手を抜いて食事を作るのに何度もカップラーメンを食べる、というのは飽きも来るけれど、こうしてたまに食べるのは一際美味しく感じていい。
窓の外は相変わらず暗いけれど、まだ雨は降っていない。もう一時間くらいは持ちこたえてほしい。
デジカメを首から提げ、リュックサックを背負い〈透明化〉を発動。窓から空中へ。
――どこまで高く飛べるんだろう。
これは、飛ぶことに慣れてきたから出てきた欲なのかもしれない。レベルが低ければできないこともあったかもしれないが、今は十レベルも超えている。それなりの高さで飛ぶこともできるだろう。
でも、なんとなく後ろめたさがあった。ギリシア神話のイカロスの話を思い出す。調子に乗って高く飛び過ぎたせいで、翼を固定するロウが溶けて墜落……。
でも、この飛行には翼はいらない。あの雲を突っ切ってその上を見ることは可能なんだろうか。
雲の中はどうなっているのか。雷でも鳴っていたら、打たれる可能性があるのでは。それを防ぐ能力があればいいのかもしれない。〈反射〉で防げるといいけれど、できる保証はないな。
空模様を気にしながら、人里から離れる。野生動物がいそうな山々の中へ。
電波塔やら山道のない、人の気配もない、かつ、少し開けた場所に降りる。野生動物の写真を撮るにはちょっと不適格かもしれないが、スキルや特殊能力を使うにはこの方が好都合に見えていた。
地面に降り見下ろすと、木の根の合間に石ころが半ば土に埋まりながらいくつも転がっているのを見つける。
確か、〈念力〉は物を動かしたりもできるんだっけ。
根もとにしゃがみ込み、念じてみる。えーと、石の上に引力を作ればいいのか。見えない手で上へと引っ張るイメージ。
――上がれ。
そう念じるとすぐに、目標の石が持ち上がる。重さは何も伝わってこない。
手を前に伸ばし、今度は手前に引っ張るよう念じると、狙い通り、手のひらの上に石が落ちる。
思い通りに操作できるようだ。
それを確かめると、石を再び地面に置き、色々と実験してみる。どこまで離れても引き寄せられる? どこまで高所まで持ち上げられる? 知りたいことはたくさんあるし。
それと、どの程度の重さまで持ち上げられるかも知りたくて、色々な大きさの石で試してみた。
結果、一抱えくらいの岩までは持ち上げられるようだ。距離は十メートル程度、高さは五メートルくらいまで浮き上がらせることができるらしい。
移動させるのは大体把握したけれど、〈念力〉は熱や冷気も発生させることもできるという。炎は山火事が怖いので、今は氷を作ってみることにした。
何もない空間を見て、そこに冷気を集中するようなイメージを描く。
キラキラと輝く光の粒のようなものが周囲からそこに集まっていき、小さな氷の欠片が見る見る拳大にまで大きくなっていく。
もういいや、という大きさで止めて、氷を動かしてみる。動かす感覚は石を動かすのとまったく同じ。きっと限界の大きさも岩と変わらないんじゃないかな。重さで判定されるなら、岩よりは大きくできるかもしれない。
炎も同じように作れるのか、ちょっと試したくなった。空中で炎の球を作ってみるくらいなら、周囲が燃えやすくても大丈夫だろう。ちょっと燃えたくらいなら氷を作れば消化できるだろうし。
あまり大きくしないように、空中の小さな一点の熱を上げるように念じる。するとその一点の景色が揺らぎ、赤い光がともった。すぐにそれは立ち上がる炎を揺らめかせるようになる。
夢で見た火球を思い出す。あれくらいまでは大きくできるのかもしれない。でも、ここでは安全第一だ。使い慣れてもいないし。
少し動かしてみる。上下に意のままに動く。どうやら氷の塊や石と同様に動かせるよう。
とわかると、すぐに炎を消す。これもふっと消える。
意のままに動くとはいえ、何かの拍子に火の粉が飛んで周囲の地面の枯葉にでも燃え移ると面倒くさい。
次に確かめるのは〈反射〉だ。
この特殊能力については、ひとつ大きな疑問が。
――〈透明化〉みたいに先に発動しておいて効果が出るものなのか、攻撃されたときに〈反射〉を念じて発動するものなのか?
前者だと便利だけれど、後者だとかなり反射神経が必要のような……といったところで、首飾りの存在を思い出す。もしかして、そのためのこの首飾り……?
まあ、試してみればわかる。
当たっても痛くなさそうな程度の、指先サイズの小石を拾い上げる。まずは、最初に発動しておけるかどうかだ。
〈反射〉を発動する。そう念じて、小石を頭上に放り投げる。
それが落ちてくると、わたしの頭に当たりかけた寸前、ポーンと上へ跳ね返って、小枝に当たって少し離れたところに落ちた。
どうやら、先に発動しておくもののようだ。これなら便利かな。
もう少し使い慣れておきたいけれど、ポツポツ雨が降り出した。慌てて雨合羽を取り出す。〈反射〉じゃ雨は跳ね返せないらしい。
まあいい、屋内でも使えないわけじゃないだろう。さすがに炎は出せないけれど。
しとしとと降りしきる雨の中を飛び、ホテルの部屋の窓へ。窓を開け、雨合羽は畳んでできるだけ水滴が落ちないようにしつつお風呂場へ。少し乾いたらタオルで拭いて、洗面所に干しておく。
そう言えば、帰るときにコンビニでご飯を買ってくる予定だったんだ。
まだ時刻は一時前。夕食時間までに一度止んでくれると嬉しいんだけれど、空模様を見る限りでは難しそうだ。
とりあえずスキルと特殊能力を練習してみる。室内でも〈念力〉は練習しやすい。洗面所へのドアを開け閉めしてみたり、紙屑を持ち上げて移動してごみ箱に放り投げてみたり、コップの中に氷を出現させてみたり。
便利だけど、これ、もしはたから見ている人がいたらポルターガイストっぽく映るだろうな……。
ベッドに転がったまま適当に特殊能力を使ってたら眠くなってきた。精神力が尽きかけているのか、単純に疲れてきたのか。
雨は止みそうもないし、昼寝するにはいい時間だ。
目を閉じると、視界はゆらゆらと溶けだしていった。
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