見えない星を求めて(二)
部屋に戻るとコートを脱ぎ、ベッドに転がる。カサカサと音がして気がついた。新聞紙がそばの机から少しはみ出している。
なんとなく、その新聞を広げた。地域面以外はざっと読んだだけだ。のんびりと新聞を眺めてみるか。
世棄て人気分だったときは、世間のニュースも政治経済ももう自分には関係ない、くらいに思っていたけれど、今はそうでもないんじゃないかと思っている。テレビ欄も見たい番組のひとつは見つかるかもしれないし。
仰向けに転がったまま新聞の文字を追う。興味のない記事はスルーしたりするけれど。
ふと、とある見出しに目を奪われる。
〈野鳥の写真募集。あなたの撮影した写真をご応募ください。採用された方には報酬を差し上げます〉――〆切は四日後。
これは気になる。特殊能力を使えば野鳥に警戒されず撮れるんじゃないだろうか。
ただ、そのためにはカメラも必要だ。ちょっとしたコンパクトデジタルカメラでも、わたしの財布の中身にとっては結構値が張るものだし……。
が、旅はまだこの先もずっと続くのだ。この先どこかでカメラを買うのなら、このタイミングで買ってしまった方がいいのではないか。というのは屁理屈かもしれない。
しかし、問題はお金だけれど……銀行口座に残してある二万円に手を付けてしまおうか。少し先が不安になるけど。写真の報酬って、一体どれくらいなんだろう。
いや、そもそも採用されて報酬がもらえるとは限らないじゃないか。カメラだけ買っておいて、写真はひとつも採用されずに出費のみがかさむ――なんて落ちもあり得る。
そこはまあ、撮るのを頑張ることで何とかするしかない。辞典を作るための募集だそうだから、何種類も撮って応募したらひとつくらい入ると思う……思いたい。
そうと決まると、早速、明日には銀行でお金を下ろして、電気屋さんでデジカメを購入することにしよう。
若干潰れかけた卵サンドにコンビニで買った野菜ジュースとヨーグルトで食事を取り、お風呂に入った。着るのはもともと着ていた服の一式。着替えを買うのをすっかり忘れていた。少なくとも同じ下着を着続けるのは不衛生だし気分も良くない。
が、今は仕方がないので、歯を磨くとシャツとジーパンのままベッドに入った。
朝、目が覚めたのは八時近く。洗面台で顔を洗い、朝食を食べる。ペットボトルのお茶と、食パンにジャム。せめてコーヒーを買っておくべきだったなあ。
自然の中を歩くならともかく、こうして文明的な生活をしていると食事ももう少し文明的でいたくなる。都会はやっぱり節約には向かない場所だ。
そんなことを考えているが、これから散財に向かう。朝のニュースにも特別おかしな点はなかったし、まずはカメラだ。
近くの銀行ATMから二万円を引き出し、デパートに入っている家電量販店へ。
最近はデジタルカメラも色々な物が出ているようだ、安いのは一万円もしない。レンズの大きな物、一眼レフ、機能の高度な物は二万を越えたりするが、最近は安い物もどれも性能が良いので、画素数とかは高くてもあまり変わらないというのを見たような。
それより、飛びながら使う都合上、アクセサリーが気になる。落とさないよう、持ちやすいようと考えると、少し大きい方がいいかもしれない。
わたしは一万五千円と少しのコンパクトデジタルカメラと、その本体を覆うネックストラップ付のカバー千円くらいを買った。色はどちらも黒だ。
とりあえずそれをリュックに入れ、ほかのフロアへ。今から首に下げていたらいかにも観光客という感じに見えるだろうし。
向かったフロアは衣料品店。とりあえず下着一式と、パジャマ代わりの薄手のジャージの上下を買う。これで出費は二千円と少し。
引き出したお金の余りは二千円くらい。結局余裕はあまりないな。
でも、新しい物を買うというのはなかなか気分がいいもので。気分がいいついでに、ホテルをちょっと出るとき用の小さめのバッグなんかあるといいんじゃないか、と思うものの、そこは我慢我慢。コートのポケットを活用しよう。
それからやることと言えば、まずホテルに戻ってリュックを置き、カメラを出して装着。それと、財布とビニール袋を内ポケットに入れる。
星を探しつつ可能なら野鳥を撮り、正午前に食料と新聞を買って帰宅の予定。野鳥は山へ行った方がいいだろうから、午後からは野鳥探しを中心に緑の多い方を探したい。
ホテルを出ると、まずは姿を消すこともなく、観光名所を回ってみる。入場料とかのない、無料で楽しめる観光名所だ。まさか、お金をかけないと入れないところに星を配置する無体なゲーム運営ではない、はず。
見て回ったのは資料館とか、工場が併設されたお菓子屋さんとか記念館とか。しかし星は見当たらない。お菓子屋さんで試食したバームクーヘン一切れは美味しかったけれど。
それに野鳥も。さすがに街中では見かけないか。
次、チーズ工場。チーズ工場に星を配置するってのはなかなかないかと思うものの、あてもないし、しらみ潰しに行くしか……。
工場内を見て回り、終点へ。売店と、休憩所を兼ねた食事スペースもそのそばにある。わたしは壁際のベンチに腰を下ろした。
わたし以外にも観光客が数組おり、近くのテーブルでは、チーズフォンデュを楽しみながら談笑している女性たちの一団がいた。
「あそこよかったね、浪漫があって」
「えー、ちょっと退屈じゃない?」
「もう、ミナエは想像力が足りないんだから。ああいうところは想像力を働かせて楽しむものだよ」
「そうそう、昔の人はどういうものを食べていたとか、どう暮らしていたとか。今と比べるとここが不便だろうな、とか思うと、けっこう身近に感じられて、歴史の成績も少しは上がったし」
昔の人の暮らし、歴史――となると遺跡だろうか。遺跡、というと確かに星を置くにはおあつらえ向きかも。
見学可能な遺跡をパンフレットで調べて、とりあえず近場に向かう。
時刻は一一時過ぎ。ここが午前中は最後かな……と思いつつ、ほかの見学者に混じり門をくぐる。駐車場でバスを見かけたから、何かのツアー客が丁度入ったところらしい。
ツアー客には遺跡管理の係員がガイド役につくようだ。わたしは移動しては要所要所で止まり、ガイドが解説するのを聞く集団の少し後ろをついて行ってこっそり話を聞かせてもらった。
そして、芝生の丘の向こうに丸太で組み立てられた櫓のようなものが見えてきたとき。
――あ。
櫓の足場の下に輝くものが見えた。ゆっくり回転するそれは、昨日も見たものだ。
しかし、ここは視界を遮るものがなさ過ぎる。どうしようか、と迷うが、考えてみれば焦ることはない。競っているわけはないんだから、目を離した隙に誰かが横取りしてしまうはずもなく、わたしは道を最後まで抜けた後、駐車場横にある公衆トイレで姿を消して戻り、飛んで星を回収した。
よし、これであとひとつ。
遺跡の見学コースを出て、木の陰で周囲の目を確認してから能力解除。もうそろそろ正午だ、お昼ご飯を買おう。
と言っても、主食はまだまだ余ってる食パン。ただ、これから毎食ずっとジャムに食パンも味気なさ過ぎる。一〇〇円ショップに寄り、カップスープ三袋入りとシナモンシュガー、コンビニで新聞、パック入りのコーヒー牛乳、惣菜のスクランブルエッグを購入。これで六百円の出費。
やっぱり、自炊じゃないのはお金がかかるなあ。ただホテルで料理はできないので、せいぜい、スクランブルエッグを食パンの上にのせてレンジのオーブン機能で焼くくらい。
それとペットボトルのお茶で昼食を取りながらニュースチェック。食べ終えたら新聞紙のチェック。
この読み終えた後の新聞紙がなかなか悩ましい。捨てるのはもったいないし持っていれば何かに使える気はするが、これからも増えるし絶対荷物になる……。
とりあえずここを出るときに考えよう。少なくとも一部は捨てることになるだろうな。
午後は近くの緑の多い場所へ。野鳥がいそうな木々の生えた丘もある。
木の幹や茂みに姿を隠したところで姿を消して飛行。ただ、動物は人間より音や匂いに敏感だろうけれど、それは〈透明化〉では消えないだろうな。今までにもカメラで鳥を撮ろうとしたことはあるけれど、カメラの起動音やシャッター音でも驚いて逃げてしまう。
カメラの説明書はしっかり確認していた。電子音は鳴らないように設定。それでも起動時は多少の機械音が鳴る。ちなみに写真や動画の記録用SDカードは買っていないが、本体にもある程度保存できる。
匂いは仕方がないが音を出さないよう、突き出た枝の木の葉にも触れないよう、慎重にゆっくりと飛ぶ。
少し離れたところの枝の上に、鳥の巣らしきものが見えた。バッテリーがちょっともったいないが、首から提げて両手で握ったカメラを起動。そーっと近づいてみる。
小枝や枯れ草を固めた籠のような巣の中に、卵が三つ並んでいた。親鳥の姿はない。
ヒナでもいれば違っただろうけれど、これでは野鳥を撮ることにはならないなあ。
ほかにいないかと見回すと、となりの木の少し高いところに緑の羽根が見えた。しかし、カメラのレンズを向けるとすぐに飛び立ってしまう。
待ち受けた方がいいのかと太い木の枝に腰かけていると、大きな鳥が近くにやってきた、と思ったらカラスだし。野鳥を撮るというのは根気がいるものだ。
綺麗な色柄の鳥もいることにはいるとわかったものの、これはもう少し時間と根気がいるとわかった。
二時間少し粘ったものの、結局納得いく写真は撮れないまま終わった。撮れても葉で隠れていたり、遠過ぎたり。
明日もう一度挑戦しよう。もう少しあそこで粘りたいけれど、明日はしばらく挑戦してもダメなら場所を変えてみてもいいかもしれない。
その前に、もう少し知識を得よう。と向かったのは図書館。
図書館はいい。借りるなら住民じゃないといけなかったり、身分証が必要だったりするかもしれないけれど、館内で見るだけならよそ者でも無料で知識が得られるし、時間も潰せるし。
そこでこのあたりに住んでいると思われる野鳥の本も調べてみた。それを何冊か見て、生態とか分布をいくつかコピー。ついでに、東北の地図も何枚かコピー。モノクロ一枚十円。こうしてコピーできるのも図書館のいいところ。百円近く出費したが、地図などを買うことを考えれば安上がり。
図書館を出るともう五時近く。夕食をどうするか。財布の中身も心もとない。七千数百円と、口座に残っている二千円。これであと五日と少し過ごさねば。でも、やっぱり夕食にパン一枚とカップスープじゃ寂しいと思うのが人情。
明日の朝はパンとコーヒーだけにすると心に誓い、コンビニで八〇円の半熟卵を買ってホテルへ戻る。ニュースをチェックしてもありふれた内容ばかり。まだ数日しかこの街にいないが、たぶんこの辺りに偽人類はいないんじゃないだろうか、と思い始めていた。
偽人類と言えば、と思い出して、塩飴を手に取る。あれからもかなりスキルは使っているんじゃないか? ポイント、けっこう溜まっているかも。
ベッドの上に転がってホームフィールドに接続してみると、スキルポイントのパネルには〈五七二点〉と表記されていた。早速、特殊能力のレベルをひとつずつ上げてレベル三に。余りは一七二点。
ウィークリークエストの達成まではあと三百点足らず、特別作戦については、『達成まで残り星ひとつです』とアナウンスがあった。
星の作戦は明日が期限。となると、野鳥よりこっちを優先すべき……? ただ、どこに三つめがあるのかは皆目見当がつかない。三つだと、それぞれ違う種類の場所に配置するんじゃないかと思うけれど。
高いところでもない、観光名所でもないところ。まさか民家の中に置くことはあるまいし、やっぱりめぼしいところはすでに見た、橋とかトンネルとかしか思いつかず。
あとは、川や牧場……それに、そうだ。青森と言えばリンゴ。果樹園も見て回りたい。その辺りなら、野鳥探しの行き帰りに寄れる範囲にもある。
明日一日は星探しを重点的にして、まだ期限まで時間のある野鳥の写真は明後日に時間を割こう。
……なんだか、本来の仕事よりゲームやカメラに夢中になっている気がする。いや、ちゃんとニュースや新聞はチェックしているけれど。
明日は余裕があったら、ネットカフェに寄ってこの辺りのことを調べてみようかな。
今日のところはシナモンシュガーのトーストとカップスープ、半熟卵で夕食を食べ、お風呂にゆっくり浸かって休んだ。
ここに来て三日目。昨日と違い、ホテルのそばから透明化して飛び立っていく。港を眺め、田畑や果樹園の上をめぐり……見やすいのはいいけれど、結局星は見つからず。
一旦、高めに街全体を見た方がいいかもしれない。ただ、ここまで郊外に来たのだからその前に野鳥だ、と木々の間に降りる。
色々な鳥のさえずりは聞こえていた。あまり動かない方が警戒されなそうだ。そう考え、見晴らしのいい場所にある枝の上に飛び上がり腰掛ける。
それから音も立てず、カメラを抱えたまま少し待つ。
すると、正面の木の枝に綺麗な鳥が止まった。素早くカメラを起動してズーム。ちょっと画面が見づらい位置だが、画面を見つつ何度かシャッターを切る。
鳥が去ってから撮ったものを見ると、これはいい、という写真を二枚撮ることができた。
野鳥の写真は別に、綺麗な鳥でないといけないわけではない。地味だけど珍しそうな鳥も何枚か撮れた。巣を見つけてその近くで張り込み、親鳥が戻ったところも撮れた。昨日と比較すればかなりの成果だ。そうやってファインダーの向こうに夢中になっているともう二時間余りが過ぎている。
来たときとは別のルートの果樹園の上を飛び、街中へ。そういえば、休み休みとはいえ結構な時間を飛んだけれど全然疲れていない。レベルが上がって飛行時間が伸びたというのはあるんだろうか。
でも、さすがに街の上を高く眺めるのは後にしておく。そんな高く飛んで何かあって墜落は困るから。
安定のコンビニで新聞。昼はホテルの部屋でカップスープとジャムをつけたトースト。もう、食パンも残すところ一枚だ。また食パンを買うのが経済的だろうけれど、正直、それは飽きが来るというか。
せめて、安いカップ麺でもあれば。あるいは、スーパーの見切り品でも狙おうか。
食費、一日三百円を目標にしようか。
それにしても最後の星、どこにあるんだろうな……。
そうつらつら思いながら、ベッドの上でうたたねをしていた。
――ああ、起きなければ。
薄っすら意識が戻ってきて、大きくあくびをする。
そのとき。
『佐々良さん、聞こえる?』
コビーの声に似た響きだけど、声色のまったく違う声が頭の中でした。でも、聞き覚えのある声だ。
これは……。
「蒼井さん?」
『ああ、恵人でいいよ。今大丈夫かな?』
「ええ、大丈夫です」
そう言えば、本部には一週間滞在すると伝えたきり。こういうのって、本来は毎日経過報告するものだったんじゃ。
ちょっと後ろめたいような、緊張した気分になる。
『その後、状況はどう? ちゃんと毎日ご飯は食べられてる?』
どうやらもっと根源的な心配をされているらしい。
「ええ、大丈夫です、ちゃんと三食食べられていますよ。それより、すみません、連絡もよこさずに」
『いや、便りがないのは何もないということだろうと思っていたから。コビーにきけば無事は確認できるし。連絡は、あった方が安心はできるけど義務ではないよ』
でも、あると安心すると言われるとしないといけないと思うな。ないと不安ということだろうし。
『連絡がないからそうだろうとは思っているけど、一応きいておくね。偽人類の気配はありそうかい?』
「いいえ。新聞やニュースを見ても、特におかしな情報もありませんし。街中の様子も普通です」
『そうだろうね。見つけるのはなかなか難しいから……たまにコビーが特殊能力を使用している気配なんかを察知すると駆けつけられれば捕まえられるんだけれど、もう、スキルや特殊能力も使わずに溶け込んでいる偽人類も多いようだ』
それは確かに見つけるのは難しそうだ。見た目じゃほとんどわからないだろうし。
『じゃあ、もうしばらくその街でよろしく頼むよ。何かあったら連絡してほしい』
「ありがとうございます。毎日経過報告しますよ」
『それはありがたいね。そういえば、暁美さんもキミの声を聞きたがっているみたいだよ。何かのついでにでも話したらどうかな。では』
少し嬉しそうに聞こえる彼の声を最後に、通信は切れる。
なぜだか、少し懐かしい気がした。わたしはあまり友人と電話で談笑みたいなことはしないから、覚えはないはずだけれど。暁美さんとも、昔からの話相手のような感覚がある。
しかしまあ、このやりとりのおかげで一つ思いつくことができた。
――コビー?
『ああ、何か用かい』
テレパシーのやり取りを切ってすぐ、AIを呼び出す。
訊きたいのは、星集めの作戦の星の配置に関してだ。最後の星の位置について、コビーなら何かわかるんじゃないかと。
『それをわたしに訊こうとは、なかなか狡いものだ』
そりゃ、答をそのまま教えてほしいとは思っていないよ。ただ、ヒントくらいはもらえたら嬉しいなと思っているくらいで。
『まあ、統計情報を教えるくらいのことはできるけれどね。それは公開できる情報だし。要するに、最後の星が配置されている可能性の高い場所を教えればいいのだろう?』
先生、お願いします。
『まず、今までの似たような作戦の配置情報をもとに考えると、プレイヤー位置から配置範囲の直径は決まっている。その中で、多い距離と方向分布と高度と施設のパターンを当てはめると、この辺りだ』
まぶたの裏に何か見えた。目を閉じると、簡易的な地図が表示される。その地図に赤くエリアが表示されていた。
『今回の別の二ヵ所との兼ね合いで可能性の高い配置施設の上位五件は上から順に、水上、井戸など縦穴の中、鐘の中、遊園地、洞窟の中だ』
水上か。意外と地獄沼とかにあったりするんだろうか。可能性の高いエリアからは外れているけれど。
『可能性の高いエリアで可能性の高い施設を上位十までピックアップして出力しておこう。サービスだよ』
まぶたの裏に施設の名前が並ぶ。それをわたしはメモ帳にメモした。まぶたの裏の文字をメモするというのはなかなか新鮮な体験。
ありがとう、助かったよ。それじゃまた。
『どういたしまして』
通信を切ると、早速ルートを考えながら部屋を出る。可能性の高い方から行った方が時間の節約になるか。
いつものホテル近くの公衆トイレから飛び立つ。そのうち誰かが毎日トイレに入ったきり出てこないわたしに気づいてしまう可能性はあるから、そろそろ使う場所を変えた方がいいかもしれないな。
一番近くの可能性の高いエリアの、水上を探してみる。リストアップされた最上位は池だったが、そこには何も見えず。寺の鐘の中、大きな煙突の中も覗いてみるけれど、ここにもない。
可能性は結局可能性か。
ちょっと期待値を下げて、根気よく回ろうという気分になる。なんの当てもない頃よりはだいぶ希望は見えているんだけれど。
次は遊園地。なんか、これだけ範囲が広くないか……?
そんなことを思いながら、少し高く飛んでできるだけ全体を見渡す形にする。観覧車よりも上だ。
コインを集めるような横スクロールアクションゲームなんかじゃ、ジェットコースターのコースみたいなところにコインが配置されていることが多いが……と、視線をジェットコースターの方へやったとき。
コースの一番高いところに見覚えのあるものが回転していた。
そこを、丁度通過していくコースター。あの星はこのゲームのプレイヤーにしか見えないし触れられない。星を通過していくコースターの乗員たちの図は、なんだか滑稽な面白さがある。
が、笑ってもいられない。わたしは姿が見えないだけでコースターに触れれば怪我では済まない。今のうちに星を手に入れなければ。
久々にヒーロースタイルで速めに飛び、星に突進するように通過。触れた途端、いつもの電子音のほかにピロリロリンみたいな音が聞こえた。作戦クリアの音だろう。
どうしようか、一旦帰るか後にしようか。まだ午後三時前だ。
と考えたところで思い出す。そう、ネットカフェに行かなければ。
遊園地を出て、電話ボックスと木の間で透明化を解除。歩いてネットカフェを探す。実は今までにネットカフェなんて入ったことはないんだけれど、痛い出費にならなければいいなあ。
店の並ぶ通りを見つけて歩いていると、ネットカフェの看板を見つける。勇気を出して入ってみると、漫画喫茶も兼ねている場所で、三〇分で三百数十円。さすがに用事は三〇分で終わるだろう。
パソコンに向かうと、早速青森周辺の最近の話題を探してみる。地域情報の書かれた掲示板の最近一ヶ月を遡る。
ざっと見ではあるけれど、どこの店が美味いとか、自治体への不満とか、ご近所トラブルのお悩み相談とかそんな話ばかり……たまに怪談話や企業の不思議な話があったりして目を留めるけれど、それも結局、昔からの噂話やブラック企業がどうこうっていう方面に落ち着くなあ。
ほかのところも覗いてみるけれど、偽人類の気配は読み取れない。
三〇分後、成果のないままネットカフェを出る。いや、いないならいないと確かめることが成果だろうし、無駄ではなかったと思いたいけれど。
これでもまだ時間が余っているし、公衆トイレを見つけて特殊能力を発動。最初に野鳥を探しに行った場所まで飛んでみた。カメラは持ち歩いている。野鳥以外にもなにか綺麗な風景や珍しいものを撮ることができれば、どこかでその写真が役立つかもしれないし。
見覚えのある枝を見つけて近づいてみる。すると、鳥の巣が近くにあった。あの卵が三つあった巣だ。
――しばらく張っていれば、親鳥が帰ってくるかもしれない。
わたしは少し高い位置の枝に移動し、そこから巣を見下ろす体勢になる。すると。
あ。
生まれてた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます