開かれた選択(二)

 ――もっと情報が知りたいな。

 とりあえず、どんなスキルを持っているのかを知れば多少は昔の景色がわかるんじゃないんだろうか。コビー。

『ああ、何が知りたい』

 わたしが望めば、すぐにも昔のスキルや特殊能力を得られるの?

『ああ、スキルや特殊能力だけじゃない。きみの持っていたスキルポイントやクエスト得点、そしてアイテムもすべてわたしが保存しているからね。それらもきみに返される』

 そう言えば、わたしは早い頃にこのゲームに参加したんだった。アイテムもそれなりに獲得していたりするのかな。

 それより、知りたいのはスキルと特殊能力についてだ。どんな能力をどう成長させたのかを知ることができれば、なんとなくそのときの考えや状況を知ることができるんじゃないかと。

『いや、記憶があってもなくてもすでに構成されている性格が変わるわけじゃないからね。最初は今のきみと同様、〈飛行能力〉と〈透明化〉、バトルスキルも〈投擲〉を取っているよ。特殊能力が十レベルに達した後は〈反射〉、〈念力〉、〈高速移動〉を取ったみたいだね』

 能力の詳細は分からないけれど、バトルを想定した取り方に思える。

 これだけじゃ、それくらいしかわからないか。コビーも、記憶を失う前のわたしを知っているんでしょ?

『ああ、よく話していたよ』

 それはゲームについて?

『ゲームについてもそれ以外も。最初はみんな孤独だからね。きみは独り言が多いらしく、独り言の代わりにわたしに話しかけていたようだ。それも、チームを作り仲間が増えていくと減っていったがね』

 独り言が多い。確かに。

 何か印象的なエピソードはある?

『わたしは記憶の一場面に順位をつけたりはしない。でもきみの性質が表われていると思われるエピソードを選び出すことはできる』

 そう前置きして彼が語りだしたのは、たまに顔を合わせる程度の駆け出しのプレイヤーと出会ったときのこと。

 偽人類に狩られかけたそのプレイヤーをわたしが助けた。腰を抜かし座り込んだその相手に、わたしはそのまま去ろうとする。

「これからどうすればいいんですか?」

 途方に暮れた相手に、わたしは廃校の場所を教えた。そこまでは自力で辿り着いておいで、と言い残し。

 先に姿を消したと見せて、遠くからわたしは相手がやってくるのを見ていた。

 それも、同じようなことは一度だけじゃない。そうやって一人また一人、廃校を訪れる者が増えて〈ハイアーシルフ〉は大きくなっていった。

 もとはと言えば、わたしはチームを作れるという機能があることを知り、おもしろ半分に作ってみたのが〈ハイアーシルフ〉で、名前も深く考えずにつけたものだ。

 それが日本における最初のチームであり、少なくとも国内ではほかのチームはほぼ現われなかった。

『きみは来る者は拒まず、去る者は追わずというスタンスだったようだ。だからいつの間にかチームには人が増え、負担も増えてはいたがあまり気にはしていなかったようだね。今の〈ハイアーシルフ〉のメンバーも運営を手伝っていたし、特にチーム大規模化による問題が起きたりもしなかったけれど』

 わたしは適度に適当にやるタイプ。組織が大きくなって手に負えなくなったら、そのときは嫌になった人から順に出ていくだろう。それくらいの考えだったろう。

 実際は、誰も脱退はしなかったような。ただ、いなくなった存在はいたような気も。

『思い出してきたかい?』

 うん、多少は記憶が引き出されてきている気がする。なんだか、あまり必要なさそうな部分にも思えるけれど。

 でもこの調子で色々話を聞いていたら、少しずつ思い出していけるかもしれない。また後で話を聞こう。

 コビー、ありがとうね。

『いつでもどうぞ』

 通信を切り、腕時計に視線を落とす。時刻はそろそろ一二時半近くになろうというところ。あんぱんを食べたからあまりお腹はすいていないけれど、どこで昼食を食べるかくらいは決めておきたい。

 先のことを考えるととりあえず、ここで一週間分の情報を集めて報酬を狙いたいな。それにはネットカフェが必要かも。

 立ち上がり、駅に入って良さそうなパンフレットをもらいつつ、案内所に向かう。狙うはネットカフェと、安いホテルの情報。

 そこで近くに、一時間千円の飲食可能なネット可能な漫画喫茶の情報を見つけた。そこで調べながら昼食を取ればいいんじゃないかな。はたして、調べるのに一時間で足りるのか、と思うけれど。まあ、出費は痛いけれど収入のためだ、明日も来るとしよう。

 ブースに入ると、まずこの辺りの情報が書かれるインターネット掲示板の噂話を調べてみる。気になることはメモを取ってみるが、目についた情報があっても詳しく調べると、やはり偽人類とは関係なさそうなことばかり。

 そうやって調べつつ、残っていたハムパンをかじりサイダーを飲む。あんぱんのときとは違い、なかなか相性のいい食べ合わせ。

 そして、本当は昼はカップラーメンにしようと予定してたんだっけ、と思い出す。まあいい、ラーメンは夜だ。

 時間いっぱいまでネット上を三日前くらいまでのこの周辺の情報について調べてまわるものの、めぼしいものはなく。

 それに、今日明日で何とかなるかと思っていたのは甘い考えだったみたいだ。ここに二泊することにしよう。

 漫画喫茶を出ると、案内所で聞いていくつか候補を絞っていたホテルのうちの、一番ここから近いところへ公衆電話から連絡してみる。すると、あっさりと一人用の空き部屋が見つかった。朝食付きで一泊四千円弱。二泊だと八千円少し。高く感じるが、青森で見つけたあのホテルが安過ぎるだけだ。

 銀行でお金を下ろし、道端で見つけたバス待ち用のベンチで休憩。まだ、チェックインの時間まで一時間くらいあった。

 そこで新聞と雑誌の存在を思い出す。べつにとなりに座る人はいないけれど、新聞をできるだけ小さく畳みながら読んで時間を潰す。当然かもしれないが、内容は青森で読んだのとそう変わりない。

 また、よさそうな写真募集の知らせはないかな、と少しだけ期待していたものの、そう何度も公募が掲載されているわけもなかった。

 新聞を隅まで読んだころには、チェックイン時間が近づいている。歩いているうちにいい時間になるだろう。

 今日明日の宿としたビジネスホテルは、少し年季の入った建物のようだった。ただ、近くにレストランや居酒屋などの看板も見えるし、コンビニもあった。

 チェックインして自室に向かう。鍵をさしてガチャリと取っ手を回し、中に入る。個人的には、カードキーで入るようなオートロックの出入口より、昔ながらのこういうものの方が落ち着く。鍵をかけるのを忘れやすい人にはオートロックが安全だけれど。

 部屋は青森で泊まったところよりはさすがに広い。冷蔵庫、テレビ、電子レンジもある。もちろんバス・トイレ付き。

 荷物を下ろし、冷蔵庫に入れるべき物を入れると、ベッドに転がりテレビをつけてみる。チャンネルを回し、ニュースが放送されていたのでチェック。

 それからコビーに、ここで仕事をすることを連絡してもらう。

『了解したよ。それと、夕方に恵人がきみに会いに行くよ。ジャケットと、新しいリュックサックを持って』

 そうだった。選んだジャケットと、それにサンプルをくれるという話だった。

 サイドテーブルに置いた、年季の入ったリュックサックに目をやる。まだ大丈夫だろうけれど、肩に掛かるベルト部分も少しずつ千切れそうになってきているのが気になっていた。長く使っている物だけれど、そろそろ寿命を迎えそうだ。

 新しいのをもらったら、これはどうしよう。

『恵人に預けるといい。処分するにせよ、思い出の品として取っておくにせよ』

 家にいたころのわたしなら取っておいて、直して使うなり何かの生地にするなりしたかもしれない。でも今は裁縫をやるような余裕はないし、このリュックサックにそこまで思い入れがあるわけじゃない。

 確か、父か誰かのお下がりで誰も使ってなかったので、旅行か何かで必要になったときにそれを勝手に持ち出して……つまり最初は父か誰かが使っていたわけか。そりゃあ、寿命も迎えるわ。

『じゃあ、処分するんだね。恵人は六時過ぎくらいになるってさ』

 了解。ありがとね。

 まだ数時間ある。とりあえずリュックサックの中身を出し、荷物の整理をしておくことにした。財布はコートの胸ポケットへ。それと、公募情報の雑誌を取り出し眺めてみる。

 写真応募の公募もたくさんあった。しかしどれも、住所氏名年齢職業電話番号が要る。住所は本部のを使わせてもらうとして、電話番号くらいは自分のを持っておいた方がいいかもしれない。

 でも、そもそも今のわたしの名前は本名ではないわけで、それで携帯電話の契約ってできるのだろうか。確か、銀行の口座の名前は今の名前になっていたけれども。

 通信を切って大した経っていないけれど、わたしはコビーに訊いてみることにした。

『ああ、きみの口座の名前か。あれはわたしが用意した。きみは佐々良ひさめという日本人女性として昔から存在していることになっている。あくまで、データの上ではね』

 住所は?

『現住所は本部だよ。それ以前は元のきみの住所だ』

 つまり、コビーはわたしに関する個人情報の登録データなども書き換えたり、操作できるんだ。

 それはやっぱり、ゲームのサポートAIの仕事の範囲を超えている気がする。

『そう思うかい。もう伏せる理由もないし、本当のことを言おう。嘘をついていてすまなかったね。わたしは〈第五世界の二重線〉が制作された惑星の星域管理システムの人工知能だ。ゲームのサポートAIではない』

 それは、なんとなくだけれど薄っすらと感じていた。そもそも、たぶん他にもあるであろうゲームの中のひとつのサポートAIに、ここまで高度なものをつける必要があるだろうか、と。

『まあ、わたしはこのゲームのフィールドを通してきみたちやきみたちの社会のシステムにアクセスしているから、末端の構造的にはゲームのサポートAIとあまり変わりないがね。ただ、高度なAIをいくつも作る利点は少ないから、きみの推理は的を射ているね』

 星域管理、ということはひとつの惑星だけじゃないんだね。

 ふつふつと、地球外文明への興味が湧いてきた。もともと〈第五世界の二重線〉が異星で作られたことは知っていたし、当然コビーも同様に異星で作られたものとも知っていたけれど、ゲームのサポートAIだと言われると、なんとなくゲーム外のことを質問する気にはあまりならなかった。

『そうだよ。わたしたちの文明の歴史は地球よりずっと長い。すでに母星から外に出て二百年近くが経過している。探索の目はより遠く、この地球に至るまで届いているが、まだ接触可能な文明レベルに達していないと判断された惑星については、当面は見守る方針になっている』

 地球はまだ、接触可能な文明レベルではないと判断されたわけね。

『そういうこと。わたしが接触している地球人は、今回の〈第五世界の二重線〉のゲームフィールド拡張に巻き込まれた者だけだよ。まあ、きみたちがいくら異星人との接触を主張したところで、地球の皆は信じないだろうけれどね』

 そんなことはしないけれど、〈透明化〉せずに〈飛行能力〉みたいな能力を使うとか、異星人の存在を知らせることができそうな方法はありそうだけれど。

『そうなったら、わたしが能力発動を妨害するよ』

 対偽人類のときのことを思い出した。そうか、コビーにはそれができるんだった。

 もう少し、コビーの管理する文明の話を知りたいところだけれど、きりがなくなるので一旦切ろう。

 そう、今は写真の公募を見ていたのだった。公募情報の中から、締め切りや内容的にわたしにできそうなものをメモしていく。港の写真、夕日の写真、野生動物の写真など。エコな写真募集や天文現象の写真募集についても一応メモを取っておくけれど、具体的に何を撮ればいいかわからないな。

 メモを終えると外を見る。天気も良好だし風もほとんどない。ちなみに、この部屋は四階だ。景色は高い建物に遮られるばかりであまりよくはない。

 でも、これは今やりたいことにはむしろ好都合じゃないだろうか。

 時刻は四時前。恵人さんが来る前に、スキルポイント稼ぎのついでに写真を撮ってきたい。コートを着てカメラを首から提げる。写真はともかく、スキルポイントは今稼いでも無駄になる可能性はあるけれど、だからってサボっているのもなんだし。

 それに、一度やってみたいことがあった。わたしはぎりぎり身体が通れる程度まで窓を開け、カーテンを片方だけ隙間の端まで閉める。外からはわたしの姿が隠れるくらい。

 そこでわたしは〈透明化〉と〈飛行能力〉を発動。玄関のマットで拭いたから裏はきれいなはず、と靴を窓の縁にかける。

 そして隙間に滑り込み、外へと身を躍らせた。そのままふわふわと上へ浮き上がる。

 一度やってみたかったこと。そう、それはこうして窓から空中に出ること。これぞ、空を飛べるという実感が湧きそうで。玄関から出入りしないところに、ちょっと非日常間があるような。

 非日常なんて今更だけれど、と少し苦笑しながら、港のある方向へ飛ぶ。上空から撮れるというのは強みだし、上空からの港を撮ろうと思っていた。

 でも、それだけじゃまだ芸がないかな。海の側から港を少し見下ろす形で撮ると物珍しい構図になるかもしれない。

 でも、港に着いたときは船の姿はない。港が空の状態では絵にならないな。帰ってくるまで少し待とう。

 今出払ったばかりで何時間も戻ってこないというのもあり得るのは理解していた。その間、周囲の空中をグルグル回りながら、いい景色はないかと探す。

 一時間以上経っても戻らないようなら、ここは後回しにして他へ行こう。

 と、いう心づもりでいたのだが。

 数分待っただけで何隻かの漁船が沖からこちらへ戻ってくるのが見えた。少しずつ距離を取りながら戻るのは、どうやら三隻。

 わたしは最後に戻る三隻目の後ろに回り込んだ。ここから撮るのが一番絵になると思ったのだ。

 すでに最初に戻ってきた一隻は停止した後で、そのあとに続いた漁船は港内に入り波飛沫をあげて移動中。それを三隻目の背後の上空斜め上からカメラをかまえ、レンズを向けて何度もシャッターを切った。どれかはいい写真が撮れていたらいいな。

 わたしは港を離れる。もう一件くらいは行けるだろう。野生動物の写真、は鳥でもいいのかな。それだと芸がない気が。

 やはり、珍しいもののほうが入賞しやすいんじゃないかな。となると、上空から危険な野生動物を撮るのがいいか。

 そう決めると、十分ほど休憩しようと思う。危険動物のいる山の中で精神力が尽きたら悲惨だろうから。

 道路縁の芝生にまばらに生えた木のうち、二本並んだ間に降り立って能力を解除。ここは港への出入り口横にある小さな公園で、芝生の上から出るとベンチに座る。

 こうしていると何か口に入れるものが欲しくなる。飴でも持って来ると良かったな。塩飴はともかく、キシリトール入りの飴はほとんど食べてなくて、ほぼ買ったままの量で残っている。

 しばらく空を見上げながらぼーっとしているうちに、十分くらいは経ってしまう。

 再び芝生の上の木々の間に身を隠し、能力をふたつ発動。

 そのまま飛び立ち、街並みの上を通過してひたすら山の上を目ざす。動物のいそうな山はちょっと遠い。低い丘を素通りし、できるだけ人の手の入っていないような山の頂近くに狙いを定め飛んでいく。

 山頂に到着すると、少し高度を落として木々の間を見下ろす。さて、野生動物はいないものか。

 ざっと探しても小鳥が飛び交っているくらいだ。少し静かに待とう。太い枝の上に座り、しばらく耳を澄ましてときを待つ。

 すると、やがて茂みの奥から獣の息遣いのようなものがかすかに聞こえてきた。カメラのレンズを少しそちらに傾けつつ、スイッチを入れる。

 さて、何が飛び出すか。熊が出てきたら驚くものの、その方が入選しやすいだろうな。

 そんな打算をよそに、茂みから飛び出してきたのはもっと小さな姿だった。淡い枯れ葉色に、白と黒の。

 ――なんだ、キツネか。

 一匹の狐が枯れ葉の積もる地面の匂いを嗅ぎながら、茂みの間から抜け出してきた。獲物でも探しているのだろうか。

 なんだ、とはいえ野生動物には違いない。レンズを向けてズームし、シャッターを切る。獲物を見つけて跳びかかる瞬間なんて撮れたら嬉しいが、難しいだろうな。

 予想通り、すぐにキツネは通り過ぎて見えなくなってしまう。追いかけるより、周囲を警戒させないように気配を殺しておくことを選んだ。

 キツネやタヌキ、野ウサギやシカ程度なら子どものころに見たことがある。もちろん、動物園だけでなく野生のものだ。祖父母の家の近くに山があり、そこからたまに降りてきて、畑を荒らすこともあった。

 近くで熊の目撃例も何件もあったりしたが、わたしは熊は見なかった。

 見たくもなかった、それは危険過ぎることだったし。でも今はその姿を見たいと願う。昔から考えればとんでもないことだ、こんな日が来るとは考えなかった。

 しばらく待つもののなんの気配もなく、一旦スイッチを切ろうと思ったとき。

 草むらの一部がガサゴソと鳴った。明らかに熊ではないが、息をひそめてそちらにレンズを向けてみる。

 さて、何が出てくるか。

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