第34話 告白
数日後、アストンたちは幸せそうに戻ってきた。
とりあえず顔を見ただけでうまくいったのは分かった。俺の懸念は要らぬ心配だったらしい。
「どうだった?」
「聞いてください、アトリさん」
普段は大人しいオードリーがアストンより先に口を開いた
「村の前でみんなが待っていてくれてたんです」
「村の広場で演説までさせられたんだぜ。ラポルテ村のヒーローとか言ってさ。まったく困っちまうぜ」
アストンが面倒くさそうに言うが、口調的にはまんざらでもなさそうだ。
俺的には知人を前に広場で演説なんて即逃げ出したい状況だが、この辺はこの世界の奴らとの感覚の差を感じるな。
「まったく、あの村長も調子いいよな」
「でも……あいつが小さくなってたのはちょっとすっきりしたかな」
「それは俺もそう思った」
オードリーが言って二人が笑う。
あいつとはオードリーに目をつけてた地主の息子とやらだろう。
今や王都でも配信される新進気鋭のアタッカーと地主の息子じゃ勝負にもならないか。
「で、その指輪は?」
アストンとオードリーの指には木に金のリングを象嵌したような指輪が光っていた。
二人が顔を見合わせて嬉しそうに笑う。
「婚約指輪です。父さんと母さんが贈ってくれたんですよ」
「でさ、一度落ち着いたら、正式に村に戻って結婚式を上げたいんだ。うちの親父やお袋もそう思ってるっぽいしさ」
「それで、よかったらアトリさんにも参加してもらいたいなって」
二人が手をつなぎながら言う。
幸せオーラが漂ってきてこっちまで気分が良くなるな
「ああ、喜んで」
「じゃあ、代表ってことでスピーチを頼むぜ、アニキ」
「みんなも喜びます」
「それは……出来れば勘弁してくれ」
友達の結婚式に出たことはあるが、友人代表のスピーチなんて長すぎればうざったがられ、短いと物足りないとか言われ、受けを取ろうとして迂闊なことを言えば冷たい目で見られる。
座って料理を食べているだけの方がいい。
「そう言わずにさ、頼むよアニキ」
「アトリさん以外にいませんから。お願いします」
二人が頭を下げてくれる。
「……まあ、考えておくよ」
「でも、改めて、有り難う、アニキ……じゃないなアトリさん」
「本当にありがとうございます」
「半年前はこんな風になるなんて想像もできなかったよ……どうしようもなくてさ」
「檻に閉じ込められてる気分だったよね」
そう言ってアストンが胸に縫い取られた俺たちの称号、闇を裂く四つ星の四つの流れ星をモチーフにした紋章を見る。
何の因果かこの世界に突然飛ばされて、こいつらに助けられて3か月ほどか。ずいぶん短く感じるな。
マリーチカにせよ、アストンたちにせよ、俺がしたことがこいつらのためになったなら、色々やってきたことは無駄じゃなかったと感じる。
「俺はいい拾い物だったろ?」
「
「ありがとうございます。本当に」
アストンとオードリーが嬉しそうに笑いながら言った。
◆
その日の夜。そろそろ寝る時間だが、隣のマリーチカとオードリーの部屋に行っているアストンが戻ってこない。
ランプを消したところで、隣の部屋とのドアが開いて白い光が差し込んできた。
逆光の人影で誰だか分からない……アストンかと思ったが、シルエットが違う。
白いワンピースのような寝間着姿のマリーチカが入ってきた。
後ろでドアが閉まる。
「アトリ……今日はボクがこの部屋で寝るね」
マリーチカが硬い口調で言う。
「あの。つまり、オードリーたちが一緒に寝たいっていうから、仕方なく……ね、あの」
普段の快活な口調じゃなくて緊張してる感じが伝わってくる。
マリーチカが黙った。
「ねえ、アトリ……前から思ってたんだけど……オードリーとアストンは恋人同士でしょ。だからボクたちも付き合うと……ほら、おさまりががいいかな、とか思うんだけど……どうかな」
マリーチカが言って、俺が返事するより早くベッドの上に登ってきた。
「あの、好きな人とはキスするんだって、アストンが言ってたの……だから、あのキスしていい?」
マリーチカが言う。暗い中でも紅潮した頬の色が分かった。
「本当はこういうの、つまり、結婚してないのにキスなんて神様の教えに反しててよくないんだけど……でも神様も夜はお休みになってるから」
マリーチカが俺に馬乗りになりながら言う。
この状況で断れる奴がいるだろうか……多分いないと思う。返事を待たずにマリーチカの顔が近づいてきた。
尻尾のように伸ばした三つ編みが顔に触れて、その後に唇が触れた。
かすかに震える唇がすぐ離れて、もう一度触れる。
遠慮がちについばむようなキスがなんか初々しい。
何度かのキスの後に、マリーチカがそのまま俺に体を預けてきた。
体が強張っているのが分かる。
「……嫌じゃなかった?」
「嫌なわけがない」
こんな場になれているわけでじゃないが、一応年上らしく平静を装う
そう言うとマリーチカが安心したように息を吐いた。暖かい息が頬に触れる。
甘えるように体をすり寄せてくるのがかわいいな。
普段はタイトな革鎧と修道僧の衣装を着ているが、寝巻越しに触れる体は柔らかくて女の子らしい。
「ホントはさ……すっごい恥ずかしいんだよ
……でもアストンとオードリーが、好きなら絶対に言わないとダメだよって、誰かに取られたら後悔するよって……マリーチカなら大丈夫だって言ってくれたから」
そう言ってマリーチカが体を起こしてまた馬乗りのような体勢に戻った。
マリーチカが少し不安げに俺を見下ろしてくる。
「ボク、知ってると思うけど……孤児院出身だしお金もないし、こんなボクでもアトリの事好きになっていい?」
「それは多分関係ないだろ」
「じゃあ……アトリはボクの事、好きでいてくれる?」
「ああ、もちろん」
そう言うとマリーチカがギュッと抱き着いてきた。しなやかな足が俺の足に巻き付くように絡んでくる。
首に手が回されて、もう一度唇が触れ合った。
「思い切って言って良かった……好きな人とキスするのって幸せよってオードリーが言ってたけど本当だった。でも、あの……一つわがまま言っていい?」
「なんだ?」
そう言うとマリーチカが真剣な目で俺を見つめてきた。
「他の人に絶対にキスしないで……誰かがアトリとこんな風にするって思うだけで胸がギュッとなって……つらい」
「ああ、分かったよ」
「勿論ボクの唇はアトリだけのものだから……キスしたくなったらいつでもしていいからね」
「そうさせてもらうよ」
そういうとマリーチカが髪をかき上げるように三つ編みを抑えた。
仕草がなんか大人っぽい。
「それとさ……アトリはとっても凄いけど、ボクもアストンもオードリーもアトリの役に立ちたいって思ってるから……たまには頼ってほしいな」
「ああ、ありがとな」
そう言うと、マリーチカがもう一度キスしてきた……なんか積極的すぎるぞ。
キスの余韻に浸るように唇に指を触れさせる仕草がかわいらしい。
「あと、ボクのことはマリーって呼んでほしいな。マリーチカって呼ばれると他人行儀っぽいから」
「分かったよ、マリー」
答えると、マリーが抱き着いてきた。
華奢な腕だが力強くて
「ありがと、アトリ。これからも一緒にいてね」
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