第47話 水没都市フレグレイ・ヴァイア

「ダンジョンマスターの討伐は貴方たちに先を越されましたが、ソロでの討伐は私の一番乗りにさせてもらいましょう」


 ロンドが言ってギルドの係員に声を掛けた。

 係員が頷いて奥に下がっていく。

 

「では行ってきます」

「どこをやる気だ?」


 そう言うと、ロンドが薄笑いを浮かべた。


「決まっているでしょう。水没都市フレグレイ・ヴァイアですよ。

あなたの前でやるなら因縁のこのダンジョンしかないと思いませんか。私の9分台をそこで見ていなさい」


 ロンドが言うが……相変わらず性格が悪いな、こいつ。


「ただ、ソロで大丈夫か?」

「何度か試走はしましたし、そもそも親の顔より見たダンジョンですからね。問題ありません。

9分台を破るためにやりこんでたころの冷凍ピザとチーズマカロニの味を今も思い出せますよ」


 ロンドがそう言ってギルドの係員と言葉を交わしながらカウンターの奥に消えていった。


 各ダンジョンにはギルドからゲートで移動する。

 今から準備するんだろうな。

 


 映し板ディスプレイの中で銀の髪をなびかせながらロンドが走っていく。

 駆ける足が石畳に溜まった水を跳ね上げた。


 水没都市フレグレイ・ヴァイアは水浸しになったヨーロッパ風の町って感じで不規則な街路が特徴のダンジョンだ。

 横に広く縦に短い。

 

 水で足を取られるし、雨が降り続けているように視界が悪い。

 水たまりの中から奇襲してくるモンスターがいるから常に神経を使う。


 RTAでは、基本的なルート選択はもちろんの事、敵に備える集中力、ミスしてしまったときのリカバリー、バトルでの捌きのすべてが問われる。

 だからこその人気のステージであり、ここの争いが一番激しい。


 俺と全く同じルート、最短ルートをロンドが駆け抜ける。

 自分で言うのもなんだが、最短距離ではあるがミスが出やすいルートだ。しかし全く危なげが無い。

 敵の殺気を肌で感じる、というのはホラ話かと思っていたが、マジなのかもと思う位だ。


 淀みなく最短ルートを走ったロンドが最深層である8階層のナーガの間についた。

 少しは躊躇するかと思ったんだが……全く迷わずにロンドが扉に突進する。

 

 確かに迷う時間は全く無駄で数秒のタイムロスではあるんだが、本当にいい度胸をしているな。

 鉄格子のような大きな扉が開いて、視界が開けた。



 水没都市フレグレイ・ヴァイアのダンジョンマスターの間は、なだらかな水面が広がるローマの闘技場のような感じだ。

 天井にところどころ開いた穴から水が流れ降りていて、朽ちた遺跡の雰囲気を醸し出している、


 スタートから55分15秒。

 ここまではかなり良いペースだが……問題はこの先、ダンジョンマスターであるナーガを如何に早く倒すかだ。


 水面が波打って中央にナーガが姿を現した。

 長い蛇のような姿が見えた。挨拶替わりと言わんばかりに体を逸らして口から水の塊を吐き出す。


 躊躇なくロンドが前に踏み込んだ。たった今までロンドがいた場所で水弾がはじけてしぶきが飛び散る。

 間合いを一気に詰めたロンドが胴の周りをまわるようにしてサーベルでナーガの体を切り裂く。


 ナーガが払いのけるように大きく体を動かすが、それを読み切っていたかのように動くより先にバックステップする。

 攻撃モーションが終わるのと同時にもう一度切り込んだ。


 ナーガの攻撃パターンは尻尾での薙ぎ払い、胴を振り回すような攻撃、水に潜っての下からの噛みつき、尻尾で水面を叩いて水の塊を上から降らせる攻撃、そして口から履く水弾だ。

 勿論俺だってそのパターンは研究しつくした。

 だが、こんな風に動けるだろうか。 


「アブねぇ!」

「避けたぞ!」

「流石姐さん」


 ヒット&アウェイでナーガを切り裂き続けるが、流石に耐久が高いだけあって簡単には倒せない。

 ガンナーは銃で弱点の頭を狙い打てるが、軽戦士フェンサーはそれは出来ないから地道に胴を切って削り続けるしかない。


 攻撃が辺り度に歓声が上がり、ナーガの攻撃のたびに悲鳴のような声が上がる。

 十数度目の攻撃でナーガが悲鳴のような声を上げた。

 柱が斃れるように水面に巨体が横たわる……倒したか。

 


 ナーガの体がボロボロと崩れていった。タイムを見る

 タイムは1時間12分54秒……9分台には遠く及ばない。やはりゲームのようにはいかないか。


『まったく……もう少し短縮できると思ったのですが。個人的には大いに不満です』


 画面の中でロンドが使い魔ファミリアの方を見て不満そうに言う。


「ダンジョンマスター討伐しておいて不満とか……どうよ、それ」

「しかし二組のパーティが続いてダンジョンマスターの討伐なんて前代未聞だぞ」

「色々と凄いな」

「今のところのトップアタッカーはロンドと闇を裂く四つ星になるのかねぇ」


 周りのアタッカーがちらちらとこっちを見ながら言う。


 ダンジョンマスターを倒してもダンジョンそのものは消えるわけではないらしい。それはゲームと同じだ。

 ミッドガルドならこの後にクリアスコアが出るが、当然のようにそんなものはなく、この間戦った時は強制的に帰還がかかって地上に転移した。

 だが、見ていても帰還がかかる気配がない。


『ずいぶん遅いですね……バグでも起きましたか?』


 ロンドが言ったその時、ダンジョンマスターの間である広い闘技場の水面にまた波紋が走った。

 闘技場の床を覆っていた水が渦を巻くように集まって行く

 水面の上に5メートルはありそうな巨大な水の塊が浮かんでいた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る