第36話 ヴァルメイロのイベント参加・中

 暫くして揺れが収まった。体にかかる感覚からまっすぐ飛んでいるのが分かる。

 分厚いテントの布から外から風の音が小さく聞こえる。

 アストンとオードリーが体を寄せ合ってテーブルの上の菓子を食べ始めた。


「外に出てみようよ、アトリ」


 マリーが立ち上がって言う。

 出ていいのかと思ったが、マリーが大きめのポンチョを着てテントの扉の所に立って手招きする。

 いいらしい。

 

 二枚仕立てのエアロックのようになった扉を開けてテントの外に出る。

 風が耳元で鳴った。

 扉の外はベランダのように張り出したスペースになっていて、蔦が絡んだような細工が施された格子が其処を覆っている


 マリーの長い三つ編みが吹き付けられる風に巻かれて真横に浮く。

 真上には白い太陽。真下には果てしなく広がる白い雲海……正に絶景だ。

 高所恐怖症ってわけではないが、流石に怖いぞ。マリーは平気っぽいが。


 横には巨大な翼が伸びている。安定飛行になっているのか時折角度が変わるくらいだ。

 首元にはさっきの御者と言うか操縦士の姿が見えた。


 ミッドガルドのクラスにはいわゆる魔物使いテイマーはいない。上級職に召喚師サモナーはいるが。

 これはワイバーンを飼いならしているのか、それともテイマー的な能力があるのか、あとで聞いてみたい。


「ちょっと寒いね」

 

 マリーが俺を見上げて言う。

 気温は暖かいんだが、なんせ風が強くて肌寒い。


 テントの中に戻ろうかと思ったが、袖を引かれてマリーが違うって言わんばかりに首を振って、ポンチョをふわっと広げてきた。

 一緒に入れってことらしい。


 ポンチョをかぶるとマリーが体を摺り寄せてくる。

 一つしかない頭を出す穴から顔を出した。

 

 すぐ傍にマリーの顔があった。マリーが嬉しそうに頬を触れ合わせてくる。

 柔らかい頬が触れて甘い香りがした。


「暖かいね」

「お前な……恥ずかしかったりしないのか?」

 

 マリーは嬉しそうだが俺は猛烈に気恥ずかしいぞ。


「全然。だって、今はボクたち恋人だもん。それに恥ずかしがったりしてたら、もったいないよ」



 暫くしてテントの中に戻った。

 菓子を食べて取りとめもなく話しているうちにワイバーンがスピードを落とし始めた


「そろそろ到着です」


 テントの中に操縦士の声が聞こえる。


「すっげえ速いよな。馬車だと1日だぜ」

「そうだね」


 オードリーとアストンが言う。飛行機は速いが、こっちもそれは変わらないらしい。

 窓から外をみると、城壁に囲まれた巨大な都市が見える。真ん中を広い川が貫いていた。


 アルフェリズもまずまず大きな規模だと思っていたが、そう言うレベルじゃないな。 王都と言うだけあってさらに大きい。

 多分4倍はありそうだ。 まあ東京には比べ物にはならないんだが。


 ぐんぐん地上が迫って緑の丘が近づいてくる。

 草原の中に四角く切り取ったような茶色のスペースがあってそこに向かってワイバーンが降りて行って無事に着陸した。

 

「ふう」

「すごかったな」

「本当に」

「あれ、どうしたの、アトリ?」


 マリーが聞いてくるが。

 素晴らしい空の旅ではあったが、やっぱり少し怖かった。


 地面に立っていてもまだフワフワしている気がするな

 空港ってわけじゃないんだが、多分ここはこんな感じでワイバーンが着地したりする場所なんだろう。 


 道とかも整備されていて休憩所のような建物がある。

 降りてすぐの所に白い巨大な馬車が待機していた。


「ようこそ、闇を裂く四つ星の皆さん。此処からは我々がお供します」


 馬車の傍にいた御者が言う。


「至れり尽くせりだね」


 マリーが感心したように言った。



 馬車がワイバーンの乗り場から走る。

 景色が何もない草原から街並みに変わった。街並みはアルフェリズに似ているが人通りが明らかに多い。

 大都市って感じだな。

 

 そしてなぜか馬車の中でいつものアタックの時の赤いコスチュームに着替えさせられた。

 暫くして馬車が町の一角に止まった。

 大きな窓ガラスには白で本をモチーフにした紋章と、探索者の書庫亭の店名が書いてあった。


「やあ、久しぶりだね」


 店の入り口には店主のエドワードとカイエンとイシュテル、あと二人がいた。

 多分真理の迫る松明の4人だろう。


 白地に紋章を染め抜いた銀のハーフプレートメイルを着た騎士ナイトと、紫色のローブを着た魔術師ウィザード

 騎士ナイトは背の高い若い男だ。坊主に近い短い髪。鎧の隙間から覗く体はがっしりしていて筋肉の塊って感じだ。

 魔術師ウィザードは50歳くらいの痩せて長いひげを生やした男だ。此方を値踏みするような目で見ている。


「会えてうれしいよ。アストン、アトリ、マリーチカ、オードリー。

紹介しよう。こちらは真理に迫る松明の騎士ナイトのハミルトンと魔術師ウィザードのレザンだ」

「よろしく」


 それぞれが礼儀正しく礼をしてくれる。


「こちらこそよろしく」

「来て早々で悪いが、まずは歓迎会だ。今日の客は抽選で選ばれた人達だよ。皆が君達を待っていた」


 ……やはりコスチュームを着せられたのは、着いて即イベント直行だからか。

 エドワードが合図するとドアの左右にいた店員がドアを開けてくれて、同時に店内から拍手の音が噴き出してくる。

 広い店内は人で埋まっていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る