第7話 出撃準備
そしてアタック当日。
アストンたちとヴェスヴィオ炭鉱跡に来た。
親の顔程見た……と言うほどでないが、何度も見たことがある、木組みの枠で作られた穴が黒い岩に空いているというダンジョンの入り口。
難易度はBランクだ。
「あのさ……アトリ」
「なんというか落ち着かないんですが」
アストンとマリーチカが言う。
ご丁寧なことに俺は初期キャラが持っている所持金もあったから、それで派手な
膝くらいまでの真っ赤なマントは鳥の羽のようにスリットを入れてある。
走ったり方向転換したりする時に、布がひるがえって見栄えがする。俺のお気に入りのコスだ。
それに派手な色は視聴者の目を引いてくれる
ミッドガルドも初期キャラであっても所持金をもってるからそれを消費してエディットモードでビジュアルをアレンジできる。
だからほとんどのプレイヤーはイケメンや可愛い容姿、格好よかったりコミカルだったり個性的なコスチュームにアレンジする。
流石に顔までは変えられないようだが、
サムネイルで目を引いてくれるから見た目も配信では大事な要素だ……この世界にサムネイルなんてものがあるかは知らんが。
ダンジョンの入り口の傍には、小さな小屋のような建物があった。ギルドの詰め所らしい。
ダンジョンの前にこんなのが建ってると、ダンジョンと言うよりなんか観光地みたいな気分になるな。
頭上ののどかな晴れた空が観光地っぽさを倍加させている
アストンが緊張した顔で詰め所に入っていって、二体の翼をもった小さな人形のようなものを従えて出てきた。
どうやらあれが
これに話せば酒場で見たように映像が向こうに映る。
ご丁寧に片方が鏡のようなものを持っていて、そこにはタイムが表記されていた。
余りもすぐに撤退すると受けが良くないのはアストンが教えてくれた。
まあゲーム実況も見せ場なくあっさり死んでしまえば視聴者からブーイングが飛んでくるので、その辺は同じだな。
「今から俺たちは15分で15階層まで行きます」
元配信者の感覚だとここで閲覧者からのコメントが流れて反応が分かるんだが……そういうリアクションを反映する機能まではないらしい。
……というか、通じてるんだろうな、これ。
「ちょっと……無理ですよ」
「15階層なんて」
アストンとオードリーが小声で言ってくるが。
「大丈夫だ」
ヴェスヴィオ炭鉱跡はBランク。
難易度はさほどでもないし、構造は頭に入っている。最短ルートをたどるのは問題ない。
ミッドガルドのステージは大体RTAの記録があって俺もやったことはある。
俺の記録は15分で22階層、30階層を38分7秒でクリアだ。
此処を得意にしてるプレーヤーもいて、世界記録は34分26秒だったかな。まあ15分で15階層なら何とかなるだろう。
一応無理を言ってカリュエストールの滝壺で練習をさせてもらった。
俺自身はそんな運動神経が良かったわけじゃないんだが不思議なことにパッドでキャラクターを動かすような感覚で自分の体が動いた。
銃を構えればサイトが浮かぶからほぼゲームと同じ感覚で動ける。
「改めて確認する。リードは俺がする。俺の指示に従って走るんだ。
いいか。絶対に戦うな。今からやるのはそういうのじゃない」
ミッドガルドのRTAのキモは最短ルートをいかに効率よく走るか。そして戦闘で時間をロスしないか。
理想はダンジョンマスターまで一度も交戦しないことだ。
「聞いた時から思ったんですけど……」
「戦わないなら……ボク達、いなくていいんじゃない?」
「まあそういうな。俺にも恩を返させてくれ」
効率だけで言うなら俺一人の方がタイムは出やすいだろうが……俺一人でやってもアストンたちへの恩返しにはならない。
しかしRTAを集団でやるなんて考えたことも無かったな。うまくいくといいんだが。
ANY%とかのRTAのレギュレーションに従えば、クリアを目的とせず15階層まで15分で行く、というのは中途半端だ。
そう言う意味ではRTAではない気もするが、ただ、そもそもこの世界にRTAなんてものはないし、調べてみたが攻略タイムなんてものもない。
他と同じことをしたら、駆け出しのチャンネルを見てくれるやつはいない。配信で散々経験した。
他にいくらでもチャンネルはある。実績が無ければ見てはもらえない。
バトルがメインのこのダンジョンアタックでRTAは全く未知のジャンルのはずだ。
タイムを削る、息詰まるようなRTAの面白さはこの世界でも理解されると思いたい。
ただそもそも見てもらえないと話にならない。
今回の1時半と言う開始時間は此処何日かアタックの配信をしている酒場を回って決めた時間だ。
この世界の生活サイクル的に、この時間は早上がりの奴が昼ご飯を食べに酒場に集まってくる。
この時間はディスプレイは何も映していないか、録画的なものを流しっぱなしにしていることが多かった。
これなら割り込む余地はある。1%でも成功の確率を上げる工夫はしておくべきだ。
とはいえ配信時間の工夫も含めてこっちで出来ることはしたと思うが……最後は見ていてもらえることを祈るしかない。
ゲームなら何度も配信してるうちにだんだん注目を浴びて風向きが変わったり、ちょっとしたツキがあってバズったりするが、この世界でそう言うことはありえるかもわからない。
改めてアストンたちの強張った顔を見る。
俺のプライドもあるが、こいつらのためにも失敗はしたくない。
「よし……行こうぜ」
声を掛けるとアストンたちが頷いてダンジョンの入り口に立った。
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