第50話 深奥へ・下

 普段は最後列から指示をだす陣形で走るが、今日は先頭に立って門を抜けてダンジョンに入った。

 広めの路地をまっすぐ走る。足元をすくうように水が川のように流れていて、降り注ぐ霧雨が目に入った。

 ゲームとは違うな。 


 水没都市フレグレイ・ヴァイアの記録を出した時を思い出す。

 あれよりも速くいかないとは思うが、焦る気持ちはミスを呼ぶだけだ。集中して冷静に。


「三つ目の角を左だ!」


 大通りを走って三つ目の角を左に曲がった。そのまま細い谷のような路地を走る。


「これがアニキのマジ走りなんだな」

「ボクたちだって成長してるんだよ!」


 左右を走るアストンとマリーが声をかけてきた。

 このペースについて来てくれるのか。

 

 フレグレイ・ヴァイアは三叉路に十字路や突然の枝分かれする複雑な道で、場所によって幅が変わったりするから覚えにくい。

 正面に不意に影が浮かぶ白い布を被ったようなゴーストだ。


 避けるかどうかと思ったが、後ろから白く輝く矢が飛んでゴーストに突き刺さる。

 一瞬でゴーストが消滅した。

  

「止まるな!援護は俺がする!最短ルートを行け!アトリ!」


 後ろからカイエンの声がした。

 流石、上級クラスだけあって夜警ストライダーの攻撃は火力が高い。


 左に曲がって広い道に出た。視界が開ける。

 石畳を流れる水が足を濡らした。丸く円を描くような道の真ん中には噴水があって水があふれている。


 その向こうには高くそびえる城壁が見える。城壁からは滝のように水が流れ落ちていた。

 一階層のゴールである螺旋階段はあそこにある。もう少しだ

 タイムは12分ほど。ほぼベストタイムに近い。このまま行けるか。



「アトリ」


 カイエンが後ろから声をかけてきた。後ろを見るとオードリーとの姿が遠くなってきていた。

 サポートするようにカイエンがオードリーと並走している。


 あと1階層。ゴールまではもう少しだ。

 ここまで良くついて来てくれたが、どうするかと思ったが……アストンがすっと後ろに下がった。


「オードリーを連れて追いつく!先に行ってくれ、アニキ、俺達を信じろ」

「分かった!ダンジョンマスターはあそこだ」


 ダンジョンマスターの間である闘技場はもう見えている。闘技場を指さすとアストンが頷いた。

 なんとか来てくれると信じよう。


「二人きりだね」


 横を走るマリーが言った。


「そうだな」

「全力で走って。でも、アトリ……ボクは絶対離れないから」


 三つ編みをなびかせながらマリーが走る。

 ダンジョンマスターまであと5分ほど。間に合うか。

 

 大き目の道を右に曲がり、次の路地を左に入る。小さな石段を駆け下りて溢れかけている川沿いの道に出た。

 もう一度小さな階段を上って橋に出る。


 もう分岐点はない。

 橋の入り口のアーチをくぐって、左右に半分朽ちた彫像が並べられた橋を駆け抜けた。


 正面には石組みの闘技場が見える。

 ダンジョンマスターの間だ。鉄格子のような門が一気に近づいてきた。


「行くぞ!マリー!」

「うん!」


 門が開いてダンジョンマスターの間に入った。

 中央には巨大な水の球が浮かんでいて、その向こうに追い詰められたように壁際にロンドの姿が見えた。

 遠目にも服が血に染まっているのが分かる。

 

「【遠き野に独り立つ者にも、神の家を訪れる者と隔てなく慈悲を与えよ】」


 マリーが詠唱を始める。

 的が大きすぎて狙う必要もない。ライフルを構えて引き金を引いた。銃弾が飛んで水の球に突き刺さる。

 表面に波紋が広がった。

 

「【治癒投射ヒーリングシュート!】」


 白い光がマリーの手から飛んだ。射程を伸ばした治癒がロンドを捉える。

 ロンドが水の球が放つレーザーのような水流を交わしながらこっちに走ってきた。


「無事か?」

「ええ、おかげさまでね……ポーションが切れたので流石にもう終わりかと思いましたよ」


 服のあちこちに血が付いているが大きなけがはしていないっぽい。

 ただ、顔には疲れがありありと見えた。

 50分近くダンジョンマスターと戦っていたんだから当然だろうが。むしろ良く生きていたな。

 

「……私をわざわざ助けに来たのですか?」

「まあそうだ」


 そう言うと、ロンドが俺とマリーの方を見て呆れたように首を振った。


「あなたも貴方のお仲間も本当に甘いですね。私が死ねば自分たちがトップだとか思わないのですか?」

「ボクたち、そんな卑怯なこと考えないもん」


 マリーが怒ったように言う。

 

「それは失礼しました。ところで、ここまで来るのにどれだけかかりましたか?」

「そういうことを今気にしてる場合か」


 改心ってくらいの速さで来れたが、正確なタイムまでは見る時間が無かった。

 

「確かにそうですね。

今の所確認が取れたあいつの攻撃パターンは、今の所はレーザーのような水と散弾のように水弾を飛ばしてくるのですね。あとは床に落ちて水流のようになって体当たりしてきます。

範囲攻撃と飛び道具な上に近づいても、その体当たりをしてから違う場所であの形態に戻るので間合いが詰められない」


 ロンドが言って俺達を見た。


「パターンは分かりませんが、どの道、距離を取ったところからの攻撃の手数が必要です……ところでまさか二人で来たのですか?」

「いや、違う」


 ……そろそろついてもよさそうなんだが。

 と思ったところで入り口から白い矢が何本もとんだ。水の球を矢が貫く。

 ワンテンポ遅れて赤い炎が膨れ上がって水の球を吹き飛ばして、もうもうと水蒸気が上がった。


 水の球の形が崩れて床に水たまりのように広がった。

 そのまま水が移動して闘技場の端でまた球状に戻る。


「遅くなって済まない!」

「アニキ、生きてるか?」

「すみません。私のせいで遅くなってしまって」


 カイエンとオードリー、それにアストンが闘技場に走り込んできた。

 ここからが本番だ。

 

   

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