第9話 RTA初配信


 三人が軽やかに走ってヴェスヴィオ炭鉱跡に入った。

 腹を括ってくれたらしい。あとは俺の仕事だ。


 その後ろを追うように走る。中はどういう仕組みなのかわからないが適度に明るい。

 奥の暗くて見えないところはあるが、この辺は本当にゲームと同じ感覚だ。


 ヴェスヴィオ炭鉱跡の特徴である真っ黒い凹凸のある壁と壁に張り付いた木の支柱と、障害物のような通路の真ん中の支柱。

 うっかり壊すと壁が崩れてルートが変わったりもする。


 足元にはトロッコの線路跡がある。

 凸凹してるように見えるが、走るときに足をとられる感じはない。


 真っすぐ走ると最初のY字のような分岐が見えてきた。


「右だ!」


 そういうとアストンたちが指示通り右の狭い通路に走り込む。

 その次は左、そこからすぐに右。

 

 記憶にあるヴェスヴィオ炭鉱跡のルートをたどると、最短ルートで最初の階段が見えてきた。

 やはりダンジョンの構造は変わっていない。


「よし、次行こう」


 アストンたちが土を木枠で補強したような粗末な階段を駆け下りる。


「なんで……わかるんです?」

「まあ今は気にするな」

「まだ2分も経ってないよ」


 マリーチカが言うが、俺的にはこれでも遅い。


「走れ!足を止めるな。次は右!」


 二階層に入った。

 左の通路に敵影。即座に引き金を引いて二発撃ちこむ。

 赤い火線が伸びて命中のエフェクトが出てダメージの数値が出た。


 この辺はFPSの感覚でゲームと全く同じだ。

 違うのは引き金にかけた指の感触と鼻を突くような火薬の焦げた臭い。

 それと空中を漂う粉塵のざらついたような肌感覚。


 3階、4階と進むにつれてアストンたちの動きに迷いが無くなってきた。

 俺の指示を信頼して聞いてくれてるのが感じられる。


 5階層まで来た。経過時間は6分。予定より少し遅い。

 前をアストンたちが走っていく。

 ヴェスヴィオ炭鉱跡の5階層。最短ルートは右。ただルートの途中で壁が崩れる仕掛けがある。

 抜けられなければ遠回りルートを取らされて時間をロスする。


「まっすぐ行け!壁が崩れてくる。足を止めるな。駆け抜けろ!」


 アストンたちの速度が上がった。

 ゲームでダッシュするイメージで体を動かす。

 ヴェスヴィオ炭鉱跡の見慣れた黒い石炭のようなごつごつした壁と天井を支える木の柱が風の様に後ろにすっ飛んでいく。


 目の前で支柱が折れて壁が崩れはじめた。

 降ってくる岩を避けながら駆け抜ける。後ろで鈍い音がして当路が完全に崩れた 

 息つく間もなく目の前に十字路。

 

「次は左。斜めに降りた先に下への階段だ!」

「はい!」

「了解です!」


 控室の用な小部屋には下に降りる階段があった。俺が何も言わなくてもアストンたちが階段を駆け下りる。

 初めは半信半疑だったっぽいが今は完全に信用してくれているのが分かる。


 6階層に降りた。

 使い魔ファミリアの方を見ると経過時間は7分18秒。5階層は予定より早く抜けた。

 悪くないペースだ。


「いくぞ、真っすぐ行って右の道に入ってくれ」

「分かりました!」


 先頭のアストンが言って真っすぐの通路の右の大き目の支道に入る。しばらく走ると行き止まりになった。


「アトリ……行き止まりだけど」 


 アストンとオードリーが振り返って怪訝そうな不審げな顔で俺を見る。

 だが、RTA走者の俺がルート選択の間違いなんてするはずもない。


「此処を壊してくれ」


 正面の木を交差した壁を差すと、アストンとマリーチカが察したように頷いた。


「OK!」

「任せて!行くよ!」

 

 アストンがレイピアで壁を切り付ける。

 続いてマリーチカがオーラを纏ったこぶしを撃ち込むと木の枠が砕け散った。

 壁が崩れて奥に広い空間が見える。


「次はこっちだ。オードリー、魔法使いの出番だぞ」 


 隠し部屋に入ると、目の前には岩棚があって、崖が広がっていた。

 そこから木組みの橋に載せられたトロッコの線路が下に伸びている。

  

「これに乗るのかい?」


 吸い込まれそうな深い崖を見ながらアストンが言う。


「ああ。これが一番の近道だ」


 ヴェスヴィオ炭鉱跡のショートカットルートだ。

 これに乗れば一気に10階層まで行ける。此処の必須ルートだ。

 ジャイアントバットが襲ってくるからガンナー一人だとリロードで隙ができてしまうから厄介だ。

 だが飛び道具使いがもう一人いれば楽に行ける。


「オードリー、ジャイアントバットが来る。俺が撃つがリロードの間のサポートは頼む」

「わかりました!」


 トロッコに乗りこんでブレーキを緩めると、トロッコがきしみ音を立てて走り始めた。

 すぐに下り坂に差し掛かって加速する。風が耳元でなって髪と外套が巻き上がった。


 視界にサイトが浮かぶ。ジャイアントバットだ。

 サイトに狙いを付けて次々と引き金を引く。闇の中に火線が飛んでヒットエフェクトが光る。

 ジャイアントバットの死体が次々と落ちていった。


「6発目!魔法を頼む!」

「はい!」

「スピード出過ぎじゃねえか!アトリ」

「怖いよ!」

 

 トロッコにしがみつきながらマリーチカとアストンが叫ぶが、今はとりあえず無視する。

 ジャイアントバットに残り二発を撃ち込んで弾が切れた。

 撃ち尽くしたところで手の中に再装填の弾が浮かび上がる。


 弾倉にそれを押し込むが、どうやらこの動作を急いでも意味がない事は確認済みだ。リロード時間は規定通りってことらしい。

 闇の中からバットが奇声を上げながらとびかかってこようする。


「ファイヤブラスト!」


 オードリーが魔法を唱えて炎の矢が空中を飛ぶ。赤い炎の矢がジャイアントバットに命中して燃え落ちて暗闇に消えていった。

 じりじりする時間が過ぎてリロードが終わる。


「引き続き援護頼む」

「はい!」

 

 サイトに狙いを合わせて弾丸を撃ち込む。

 次の八発を打ち終わったところで、車輪と線路が擦れ合う音と火花が散ってトロッコのスピードが落ちた。

 トロッコのゾーンが終わった。


「大丈夫か?」

「なんとか」

「怖かったよ……」

 

 アストンとマリーチカがトロッコから降りてため息をつく。

 ジャイアントバットに攻撃されたならともかく、そうじゃないなら転覆とかはしない……はずだ、多分。

 と、俺は分かっていたが、アストンたちはそうじゃないだろうな。


 ジェットコースターが終わった時の様に跳ねる動悸を押さえてタイムを確認する。

 今は10階層。経過時間は7分59秒。トロッコに乗っていたのは30秒ほどだが、ゲームでやるより随分長く感じた。

 

「さあ行こうぜ、アトリ」

「次の指示してよ」


 アストンたちがもう出口で待機していた。

 俺より立ち直りが早いな。


「おう!」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る