第26話 ソロウとの戦い・下


「ひいいい!!!」

「死にたくない!!!!!!!」


 マルズたちが慌てたように俺達を押しのけた。オードリーが押されて転ぶ。

 そのまま通路を駆け戻っていった。あっという間に姿が見えなくなる。


 逃げ足だけなら俺達より速そうだな。

 足が痛いとか、無理やり道を開けさせるのはダメとか、その辺はどうなったんだ。


「アニキ、どうする?」


 アストンが聞いてくるが。

 ソロウの表面に浮かんでいる顔がこっちを恨めし気に見ている。

 臨戦態勢だ。この距離では逃げられない。

 後ろは間が悪いことに長い一本道。逃げても追いつかれるかもしれない。


 脱出のスクロールは戦闘シーンになると使えない……と言うのはミッドガルドの話だが。

 今まで何度か使った感じ、発動までに10秒ほどの間がある。その間に攻撃されたら終わりだ。


 ミッドガルドのRTAなら運が悪かったと割り切ってリトライだが、リアルにリトライボタンは無い。

 やるしかないか。一体なのは救いだ。


「戦うしかない。みんな覚悟を決めろ」

「おう!」

「分かりました!」


 このパーティになって初めてのガチ戦闘だ。


「アストン!牽制を頼む。体当たりに注意するんだ。

マリーチカは葬送ターンアンデッドとアストンのサポート、オードリーは魔法で攻撃!」

「了解!」

「はい!」

「叫びは俺が止める」


 叫びを使わせたら死者がでることもありえる。

 この世界に再出撃リスポーンはない。誰も死なせはしない。

 

「行くぞ!」


 刺突剣レイピアを構えたアストンが切り込む。青白く輝く巨体に刺突剣レイピアが突き刺さった。

 アンデッド系は物理攻撃には耐性があるが、攻撃していればダメージは入る。


「【安らかに眠りなさい!あなたを縛るものものはもう何もないから!葬送ターンアンデッド!】」

「【炎の理よ、矢をかたどれ!焔矢フレアアロー】」


 詠唱が終わってオードリーとマリーチカの魔法がソロウに命中する。


 ソロウとの戦いでのガンナーのセオリーは必ず二発残弾を残すことだ。

 バンバン打ち込んで早く倒したくなるが、無理に火力を出す必要はない。


 最悪なのはリロード中に叫びを使われること。

 叫びを使われそうになったらその二発を撃ち込み、止めたところでリロード。これがルーチンになる。


 長期戦は危険だから撃ちまくりたい気分になるが、そこを押さえて残弾管理を徹底しなくてはいけない。

 それがガンナーの役割だ。


「痛え!」 

「アストン!」


 アストンが体当たりを食らって床に転がった。オードリーが悲鳴を上げる。


「させるか!」


 もう一度体当たりしようとしたソロウに三発を撃ち込む。

 どうにか動きが止まった。残弾二発。


「アニキ、助かった!」

「今、治すから!【我が祈り、天に届け、神の慈悲、地に満ちよ】」


 アストンが飛び起きる。

 マリーチカが葬送ターンアンデッドの詠唱を止めて治癒ヒールに切り替える。 

 アストンがぶつかったところを押さえて立ち上がった。


 ソロウの体が息を吸うように縮んだ。叫びを使うときの準備動作モーションだ。

 ライフルの銃口を向けて即二発を叩き込む。

 ソロウが点滅するように瞬いて、叫びの準備動作モーションが止まった。


 この時を狙って出掛かりを潰し続ければ叫びを受けることはない。

 ライフルの再装填リロードが始まる。僅かに姿が薄くなったソロウがまた圧力を掛けるように距離を詰めてきた。 

 

「ボクも行くよ!アトリ!」

「気を付けろよ」

「うん!見ててね!」


 マリーチカが白い籠手を軽くぶつけ合わせてアストンに並ぶように前に出る。

 また叫びのモーションが出たところで、二発を撃ち込んだ。残弾一発。


 この状態で一発残しても意味がない。

 ライフルをソロウの巨体に狙いを付けて引き金を引いて、残り一発をついでに撃ち込む。


 長く感じる再装填が始まる。

 次第に姿が薄くなっているが、それでもまだ健在だ。


「さっさと死ね、この野郎!」

「もう眠りなさい!」 


 アストンのレイピアとマリーチカの白いオーラを纏った籠手がソロウを捉える。オードリーの魔法と俺の銃弾がソロウに次々と突き刺さる。

 再装填の5回目のところでソロウを形成している顔が悲鳴を上げるように口を開けた。


 僅かな間があって白い人魂がボロボロと崩れて姿が薄れていく

 どうにか倒せたか。



 ソロウの発していた白い光が消えて通路が元の通り暗闇が戻った。

 今までの戦いが嘘のように物音ひとつしない。


 とりあえず一発も叫びを使わせなかった。

 役割は果たせたな。


「アニキ……強いんだな」

「本当に」

「凄いね……アトリ」


「まあ、この位はな」


 ミッドガルドのRTAは道中では戦闘を避けるのが基本だが、RTAの最後はダンジョンマスターを倒さなくてはならない。

 倒してクリア画面になってそこで記録が認定される

 だからバトルが出来ないはずはない……んだが。


「全員、無事か?」

「うん」

「大丈夫だ」


 アストンたちはあちこちに怪我があるし、魔法を連発してくれたオードリーは疲れた顔だ。だが無事だ。

 ソロウはダンジョンマスターに比べれば格下の敵だ。ただ、一人でゲーム内で戦うのとはまったく別種の緊張感だった。


 負けたら死ぬかも、というのとゲームじゃ全然違うのは当たり前か。

 俺もかなり気分的に疲れた。

 

「じゃあ、帰るか」

「賛成」


 アストンたちが言う。

 妨害があったうえにバトルしたからもうタイムオーバーだ。これ以上続ける意味はない。

 まあ別の意味で視聴者の皆さんには楽しんでいただけた気もするが。



 脱出のスクロールを使ってダンジョンから出たら、そこにはマルズたちが居た。

 

「すみません」

「申し訳ない。俺達だけ逃げちまって」


 こっちが何か言うより早く神妙な顔でマルズたちが言って頭を下げてきた。

 あのダンジョンの中での絡むような感じはない。

 本当に性質が悪い連中なら配信に映らないここで謝りはしないだろう……口だけじゃない気もするが、この辺は判断が付かないな


 アストンたちは信じられないって顔でマルズたちを見ている。

 まあ当然か。


「信じてもらえませんよね、当然だけど」


 マルズが言って真面目な顔で俺達を見る。 


「反省の証ってわけじゃないんですが……俺たちにこういうことをしろって言ってきたのは、ミハエルです」

「……なるほどな」


 そういうことなら合点がいった。迷惑系とでもいうパーティを使って妨害してきたわけか。

 アストンとオードリーが顔を見合わせて何か言葉を交わし合う。


 しかしつくづく暇な連中だな。

 人の妨害に気を回してるくらいなら自分の技量を磨く方が長い目で見ればいいんだが。

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