EP9 ロリっ子JKとの暮らしが始まる
①寝落ち通話
深夜。カタカタと、タイピングの音が響く壮一の部屋。
カンザキは、小山内さんがここへ引っ越して来たら、一緒に乾杯しようねと勝手に約束を置いて、随分前に帰って行った。
常夜灯の灯りがぼんやりと照らす部屋で、モニターのライトに照らされる壮一の顔。
コンテストに出す作品のヒロインを茉優から小山内さんに書き換えている最中で、執筆に集中している所なのだが。
いつものようにヘッドフォンは付けてない。
机のサイドには、立てたスマホ。
スマホのスクリーンには、自宅のベッドでうつ伏せに寝転んでいる小山内さん。ふと視線を向けると、目が合った。
「遠慮せずに話しかけていいからね」
そう声をかけると安心したように、ベッドに寝転がったまま学校の課題に取り組んでいる様子。
何を読んでいるのかはこのアングルからはわからない。
壮一は、茉優との一件で、どんなに執筆に集中していても、物語がクライマックスを迎えていても、話しかけられたら作業の手を止めて、彼女に向かい合う事を決めていた。
決して寂しいなんて言わせない。同じ轍は踏まないと。
「お兄さん、この漢字、なんて読みますか?」
壮一は、手を止めて、スマホに顔を向ける。
「ん? 勉強してるのかと思ったら、小説読んでたの?」
「はい、お兄さんの小説を読みたいと思って」
よく見たら、壮一の作品だ。
「葉菜ちゃんが今日、貸してくれたんです」
「そっか。えっと、それはね、まがまがしいだよ」
「まがまがしい?」
「そう。不気味とか陰気って意味だよ。暗くて気味が悪い様子とかを表す時に使う言葉だね。濃紺の空にそびえるまがまがしい魔城とか。似た言葉で忌々しいっていうのもあるけど、ニュアンスが少し違ってね――」
小山内さんの顔はハテナがいっぱいで、これ以上の言葉を並べるとオーバーヒートしそうだ。
あ、そっか。英語で教えてあげればいいのかもしれない。
「英語だとオミナス。The old abandoned house had an ominous aura, making anyone who approa
「You're very welcome! Thank you so much.」
「伝わったね。よかった。また、わからない事があったら何でも聞いて」
「はい」
こんな風に、身近で日本語をかみ砕いて教えてくれる人がいたら、彼女はもっと有意義な高校生活が送れたはずだ。
あんなに、学校を辞めたがっていたのはきっと、母親からの支援がなくなったからだけではない気がしていた。ましてや、恋をしたからでも――。
言葉が上手く通じないストレスで、毎日疲れていたのかもしれない。
普通は、あんなにすんなり学校を辞めるという結論には至らない。
「ふわぁ~、私、眠たくなりました。歯磨きしてきますね」
「うん。いってらっしゃい」
スクリーンから小山内さんがフェイドアウトするかと思いきや……。
画面を顔に向けたまま移動しているせいで、画面はゆらゆらと揺れる。ずっと見ていたら酔いそうだ。
洗面所の縁にスマホを立てたらしくフレームには、小山内さんのピンクのパジャマ。ちょうどお腹辺りが映っている。
彼女からは相変わらず、タイピングする壮一が見えているはずだ。
シャコシャコとブラシが歯を擦る事が聞こえる。
「そんなに見てたら、一緒に暮らす頃には飽きちゃうんじゃないの?」
そういうと、ひょこっと顔を出して、こう言った。
「見飽きるほど見てたいです」
もしも願いが叶うなら、この瞬間を永久保存して一生の宝物にしたい。
しかし、そんな瞬間はこれからいくらでも訪れるのだろう。
「お兄さん」
「あ、そう言えばさぁ……」
ふと思い出し、壮一はタイピングする手を止めた。
「もう、俺たち恋人同士じゃん」
「はい」
「お互いの呼び方、もっとラフにしない?」
「ラフに、ですか? ラフとは? 笑う?」
「ああ、いや、小山内さん、お兄さんってなんだか他人行儀な気がしない? もっとさ、恋人同士っぽく呼び合わない?」
「それは、いいアイデアです!」
「この距離感も悪くないけどさ。俺は、名前で呼んで欲しいな。君の事は? なんて呼べばいいかな?」
「ちいたんがいいです」
「――っ」
バカップル風……。
「じゃあ、一回呼んでみるよ」
「はい」
「ち、ちいたん」
「おにいたん」
悪くないけど。
「いやいや、そこはさぁ、そうたんとかじゃないの?」
「そうたんは、恥ずかしいです」
「いやいや、俺だって、ちいたん恥ずいわ!」
「えっと。憧れていた彼氏の呼び方があるんです」
「お? なに? 言ってみて」
「君をつけた呼び方です。壮君」
そして、ふふっと笑った瞬間、泡が飛んだ。
「壮君か。いいよ。俺は、呼び捨てで呼びたいな。智恵理って呼んでもいい?」
「はい、いいです。それは特別な呼び方です」
真っ赤な顔で、ゆっくりと歯ブラシを動かす智恵理。
この呼び方が、いつしか当たり前になって、酸っぱくなるような感情も薄まっていくのだ。
壮一は、そんな時間が早く訪れる事を望んだ。
歯磨きを済ませて再びベッドに戻った智恵理は、横向きに寝転がると、スマホを天井に向けた。
「あれ? 顔が見えないじゃん」
「ここからは、私だけが見ておきます。変な顔で寝てたら、恥ずかしいから」
「そっか」
「はい。おやすみなさい」
「うん。おやすみ」
「このまま、繋がったままでもいいですか?」
「もちろんいいよ。朝までこのままにしておこう」
小山内さんがこちらに引っ越してくるまでの間、しばしの遠距離恋愛だ。
壮一は、こういう時間も、実は楽しみにしていた。
不安になったり、切なくなったり。
それも恋の醍醐味だろう。
小山内さんが可愛らしい寝息をたて始めた頃、壮一もパソコンの電源を落としてベッドに入った。
彼女の寝息を聞いていると、まるで隣に寝ているみたいだった。
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