②恋してるかも

 目黒川沿いの小道は、桜のひさしで覆われていて花吹雪を舞わせていた。

 アスファルトを覆う薄ピンクの花びらが、春の終焉を知らせているようで、なんだか寂しい気分にもなる。


「うわぁ、きれい」

 小山内さんは、橋の欄干から身を乗り出して、川面を眺めている。

 不規則な川の流れに揺られながら、着かず離れず、花びらが緩やかに流れる。


「きれいだね。花筏はないかだって言うんだよ」

「花筏、ですか? 初めて聞きました。きれいな言葉です」

「春の季語だけど、桜とはまた違う意味があってね――」

「俳句といえば、一句浮かびました」

「おお!」

「いいですか?」

「どうぞ」


「たこやきに みたらし団子 花いかだ」

 小山内さんは指を折りながら俳句を詠んだ。

「あーね」

 ここへ向かう途中に、屋台があったのだ。みたらし団子やたこ焼き、確かにおいしそうだったな。

 しかし、それなら花筏より桜まじとかの方が雰囲気に合いそうだ。


「お兄さんも、一句うたってください」

「うん。俳句はね、うたう、じゃなくてよむって言うんだよ」

「はい。詠みましょう」

 相変わらず細かい事は気にしないスタイルだ。


「君と肩 つかず離れず 花いかだ。どう?」

 我ながらエモいのできたなぁ、と思いつつ小山内さんの顔を覗くと、きょとんとしている。

「あんまり意味わかんないか」

「つかず離れずとはどういう意味ですか?」


「つかず離れずっていうのは、くっつきもしない、離れもしないって意味。ほら、花びらはそんな感じで流れて行くだろう」

 滞る事なく流れては終わって行く。

 そのさまに、壮一は自分と小山内さんを重ねていた。


「うまい事いいますねー」

 小山内さんは嬉しそうに両手で小さく拍手をした。


「はは、ありがとう」


「じゃあ、次は私の番です」

「はい、どうぞ」


「犬のふん 片付け忘れた 花いかだ」

「あー、そっかー」

 もはや、どうリアクションしていいかわからない。

 来る途中、確かに犬のふんが落ちていた。うっかり踏むところを、小山内さんが救ってくれたのだ。

 横からドンっと押して。


「次は、、お兄さんの番です」

 うーんと唸り腕組みをする壮一。実を言うと俳句はあまり得意じゃない。あまりお粗末な句を読みたくない。曲がりなりにも壮一は物書きだ。俳句一つも作品なのである。

 ふと彼女の髪に花びらが引っかかっているのを見つけた。


「黒髪に 薄紅色の 花かざり」

 奇跡的に閃いた一句を読み上げて、花びらを指先でつまんだ。

 小山内さんに差し出すと、目を丸くして喜こんで、手のひらを広げた。

 そこに置いた瞬間、強い風が吹きつけて、花飾りは命を宿したようにヒラヒラと宙を舞い消えていった。


「次は私ですね」

「ちょっと待って。花いかだに拘らなくていいよ。色んな季語があるんだ」

「どんな季語がありますか?」

「形に拘らなくていいよ。今、目に見えているもの、感じているもの。柔らかい風とか、優しい日差しとか、時々強く吹く風とか。全部季語だ」

 小山内さんは突然ぱっと世界が広がったような表情をして、周りを見渡した。

 優しい風にあおられて、髪がそよいだ。


「春風が 髪をゆらして 肩撫でる」

「いいねー!」

 彼女は、語彙が乏しいだけで、表現力や感受性が豊かなのだ。

 髪先が、露出した肩を撫でる感触が新鮮だったのだろう。


「次はお兄さんです」

 カラオケでマイクが回ってきたぐらいの緊張感が走る。

 再びうーんと唸るも、閃く言葉は恋めいていて口に出したくはない。

 興味と期待が入り混じった顔で壮一を見つめる小山内さん。


「行列や スターバックス 春メニュー」

 微妙な顔の小山内さん。


「あ、そう言えば、巨大でおしゃれなスタバがありました。すごい行列でしたね」

「そう。後で行ってみようか」

 小山内さんは首を横にふる。

「あのスタバ、べらぼーに高いとネットで見ました。行列は苦手だし、私はお団子とたこ焼きがいいです」

「そ、そう」

 壮一はちょっと行ってみたかったのだが、確かにあの行列に並ぶのは辛いな。


「そうだ! お兄さん、写真撮りましょう!」

 小山内さんはそう言って、スマホを取り出した。

 もしかして、ツーショット? なわけないよな。

「撮ってあげるよ」

 そう言ってスマホに手を伸ばすと、小山内さんは言った。


「一緒に撮りましょう。記念日ですから」


「え? 何の記念日?」


「デートの記念日です。思い出です」


 よくわからないが、小山内さんがカメラを川面に向けて構えたので、壮一も隣に並んだ。

 少し距離を空けて。

 インカメラになったスクリーンには、満開の桜と、はらはらと宙を舞う花びらがばっちり映っている。

 がんばってキメ顔を作る。

 パシャっと小気味いいシャッター音が桜並木に霧散した。

「もう一回、もう一回」

 小山内さんは楽し気にカメラと化したスマホを構える。

 アングルを変えて、背景を変えて、何度も二人で写真を撮った。

「じゃあ、今度は小山内さん撮ってあげるよ」

 壮一は、自分のスマホを取り出す。

 小山内さんは少し照れ臭そうにしながらも、欄干に背を向けて、Vサインを作った指を顎に添えた。

 にっこり笑うでもなく、少しだけ唇を尖らせ体を斜めに傾ける。

 完璧にかわいいポーズだ。萌え袖が最大限に活かされている。

「いいねいいね。ポーズ変えてみようか」

 今度はハートの片割れのような形を両手で作り、両頬に添えた。目線は斜め上。

「いいよいいよ、かわいいねぇ」

 壮一はしゃがんで下からカメラを構える。

 ギリギリ、パンティが見えそうで見えない位置だ。

 小山内さんはそのカメラに向かって、グーにして両手を犬のように構えた。

 わんわんポーズだ。

 周囲から迷惑そうな視線を向けられようとも、お構いなしで何ショットも彼女を撮った。

「なかなかかわいく撮れたよ」

 そう言ってスマホを画面を見せると、喜んで覗き込み恥ずかしそうに頬を染めた。


「色んな場所で撮ってあげるよ」

「ありがとうございます」


「インスタに上げたらいいじゃん。いろんな人に見られるのも自分を磨く方法だと思うよ」


「はい。そうします」


 本当は誰にも見せたくない。こんな可愛い彼女を本当は自分だけが知っておきたいのに、壮一はそんな気持ちから目を反らした。


 川面を流れる花いかだに、自分を重ねていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る