EP5 ロリっ子JKがついにアイツのものに?!
①デートのお誘い
茉優との不穏な再会から一夜が明けた。
朝、目が覚めて一番最初に脳裏に浮かんだのは――。
小山内さんとの暮らしもあと二日か、というなんともエモーショナルなモノローグだ。
明日にはもう、小山内さんは帰ってしまうのだ。ここを出て行く。
僅かに息遣いが聞こえて来る黄色いテントを見ながら、壮一はため息を吐いた。
じんわりと胸を締め付ける祭りの後のような寂しさ。
バカ言え。元の暮らしに戻るだけの事だ。そして、予定が狂わなければ夏にはまた彼女はここへやって来る。
テントはこのまま、ここに置いて帰らせようか。
そんな事を考えていた。
シャっとカーテンを開けて、薄暗い部屋に陽光を取り込むと小山内さんの息遣いは途切れて「ひっ!!」とか「あひゃ!!」とか、慌ただしい声が聞こえてきた。
その様子に壮一は思わず振り返る。
テントは大きくスイングして、中から慌てた顔の小山内さんが這い出して来た。
「お兄さんお兄さん、大変です!!」
そこは、ヘンタイと言い間違えてほしい所である。
「え? どうした?」
「インスタのDMに、本間さんからメッセージが届いてたんです」
「へ?」
それは大変だ!!
「昨日撮った写真をインスタにアップしてたんです。どうやら去年の研修旅行で道に迷った時、助けてくれたの覚えててくれたようで」
「そ、それで?」
「もしよかったら春休みの思い出に、今夜、食事でもどうですか?って」
「そ、そっか。行くの?」
「行ってきてもいいのでしょうか?」
小山内さんは僅かに戸惑いを見せる。
「な、なんで? 行けばいいじゃん。夢が叶ったじゃない」
その瞬間、僅かな戸惑いの色は桜色に変わった。
「よかったね。楽しんで来るといいよ」
これでいいのだ。よかったのだ。喜んでやるべきなのだ。
「なんだかとっても夢みたいです」
夢だったらどれだけいいだろうか。
小山内さんがいよいよアイツのものになるなんて――。
祭りの後のような切なさは、大雨で中止になった花火大会のような残酷さを持って壮一の心を切り裂く。
その時だ。
壮一のスマホが短く震えて、ラインのメッセージを通知した。
ヘッドボードで充電中のスマホを取り上げて通知をタップすると自動的にトーク画面に移動した。
送信主は
「今夜暇? 合コンあるんだけど来ない? 男が1人足りないんだ」
こんな時に合コンかよ。しかし、小山内さんは今夜アイツと出かけるのだ。いい気晴らしになるかもしれない。が、しかし――。一応確認しておかなければなるまい。
「
本間はいないとして、茉優がいたら気まずい。
「安心しなよ。茉優ちゃんはいないから。みやび女子大の英文科。お嬢様だらけでこっちのメンバーも煌びやかなんだよ。庶民は俺だけだから、どうにか予定合わせてくれよ! 庶民仲間!」
うるせーよ。
気乗りはしないが、小山内さんも出かけるわけだし。当然、他に予定もなく、断る理由はない。
「わかった。行くよ」
「サンキュー。それじゃあ渋谷のディノティに19時集合な」
「了解」
みやび女子大と言えば、偏差値はそこそこだが、お嬢様だらけの高級大学だ。なんの収穫もなさそうだが家で鬱々しているよりはマシだろう。
小山内さんは、早々に身支度を済ませて、キッチンに立っている。
心なしかそわそわして見えるのは、壮一の勘違いなどではない。
いつもの鼻歌はなく、冷蔵庫から野菜や果物を両手いっぱいに抱えて、シンクに置いた。
時々、胸に手を当てて紅潮した顔で天を仰いでいる。逸り高鳴る鼓動。熱く体内を駆け巡る血潮。気はそぞろで心ここにあらずってか。
幸せそうで何よりです。
「何か手伝おうか? 今日の朝メシは何?」
「フルーツサラダとシリアルです」
「シリアルか……」
「ご飯の方がいいですか?」
「いや、そんな事ないよ。何でもおいしく食べるんだけど、たんぱく質をもっととった方がいいよ。成長期だから」
そう言いながら視線は自然と小山内さんの胸元に行ってしまう。
こんな時でも、小山内さんの胸の、いや、夢の成長を願うという、なんとも矛盾した言動に出てしまうのだ。
「牛乳でなんとか足りませんかね? 卵も焼きましょうか」
「それがいいかも。俺がやるよ。ちょっと待ってて」
壮一は、洗面所に向かい顔を洗う。
鏡に映るなんとも冴えない顔に、自然と背中が丸まる。
「庶民感ハンパねぇ~」
どう頑張っても、アイツみたいになれるわけもない顔に、バシャバシャと水をかける。
顔だけじゃない。身長、学部、将来性、経済力、社交性。全てにおいて敗北である。
ゴシゴシとタオルで顔を拭ってキッチンに向かった。
白いボウルには色鮮やかなフルーツたちが一口大に刻まれて、とろんと白濁したソースに絡められていた。
壮一は冷蔵庫から卵を4個取り出し、別のボウルに割入れる。
塩とマヨネーズで味付けした卵焼きが好きだが、小山内さんは甘ったるい味付けを好むので、砂糖も多めに入れてシャカシャカと菜箸でかき混ぜる。
「お兄さんは料理もできて素敵な旦那さまになりますね」
「へ? な、何? 急に」
「母が言ってたんです。料理が上手な男の人と結婚したら幸せになれるのよって。お兄さんと結婚する女性はきっと幸せです」
そう言って、笑顔を輝かせた。
「本間も料理する人だったらいいね」
その言葉には返答せず、顔を真っ赤にして手にしているボウルのフルーツサラダに視線を落とした。
「あ、そっか。愛されてるやつはそんな事しなくてもいいのか。傍にいるだけで、顔見てるだけで幸せだもんな」
「そうなんですか?」
「そうだよ。それが恋ってものだよ。好きってだけで大概の事は許せてしまう。それが恋だ!」
「うふふ。お兄さんもそんな恋してますか?」
「え? 俺? 俺は……内緒」
温まったフライパンに卵液をじゅわっと流し込む。
「内緒って事はしてるって事ですね!」
と食い気味で鋭い質問をしてくる。
「ば、ばか! 俺は、ほら! 恋愛作家だから、小説の中ではいつでも恋してるんだよ」
どうにか誤魔化して、卵焼きをくるくると巻く。
「恋多き男ですね」
そんな言葉は知ってるのかよ。
「そうだね」
確かに小説の中では、いつでもイージーモードでガチ恋ハッピーエンドの大安売りだ。リアルときたら生まれた瞬間から遺伝子と家庭環境により、約束されたハードモード。
人生とは歩むものではなく創るものだと言ったのは誰だったっけ~?
「頑張ってください。もうすぐコンテストですよね?」
「うん。ありがとう」
せめてクリエーターとしての夢は叶えたい。
今まで馬鹿にしてきた連中を、気持ちを踏みにじって他の男のものになった茉優を、見返してやるんだ。
出来上がった黄金色の卵焼きから香ばしく甘い匂いが鼻腔の奥をくすぐる。
「さて、出来たよ。食べようか」
「はい。お皿出しますね」
昨日の茉優との一件を、小山内さんは話そうとしない。何も聞かないし何も言わない。
一体どう思っているんだろうか? という疑問もあるが、どうせ詳しく話す事はできないのだ。
いつも通りに振舞う彼女の気遣いは、壮一にとって有難かった。
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