②「今夜のご馳走はロリっ子JK」だとぉぉぉーーー!!!

 夕刻6時。

 小山内さんは、本間と東京スカイツリー駅に6時半の約束だそうだ。

 夜の水族館に行くらしく、午後からはずっとソワソワしていて落ち着かない。

 水族館ぐらい、連れて行ってやればよかったと、壮一は無駄に過ごしたこの一週間を悔いた。


「お兄さんお兄さん! ピンクと黒どっちがいいですか?」

 エロかわナチュラルメイクに外はねヘアーでばっちり決めた小山内さんが、テントから這い出してきた。手には二種類のワンピース。

 黒はロングで、ピンクはミニ丈だ。

 壮一の前で、交互に体に当てがう。


「黒の方が大人っぽいかな」


 黒の方が露出が少なそうだ。


「そうですよね。じゃあ黒にします」

 そう言って、再びテントに消えた。


 程なくして現れた小山内さんの姿に、壮一は驚きを隠せない。

 くるりと一回転してみせた彼女の背中に更に驚く。

 スカートは前後で長さが違っていたらしく、後ろは長めなのに前はかなり短い。裾丈がイレギュラーになっているのだ。

 更に、背中ががっつり開いていて、素肌が丸見え。本来あるはずのブラジャーのヒモがない。ノーブラ?

 女の子の服っていうのは着てみないと解らない物なのだ。


「あぁ、ピンクの方がかわいいかも」


「そうですか。じゃあ、ピンクも着てみます」

 再びピンクのニットワンピースに着替えて出て来た小山内さん。

 スカート丈は短く肩は丸出しだが、黒よりはマシだ。

 しかし可愛さは倍増で、壮一はついどぎまぎしてしまう。


「かわいいですか?」

「う、うん。かわいいよ。本間もきっとかわいいって言ってくれると思うよ」

 小山内さんは、恥ずかしそうに肩をすくめて頬を染めた。

「じゃあ、これにします。そろそろ出かけますね」

「うん。気を付けて」

 赤い小ぶりのショルダーバッグを肩にかけて、玄関に向かう。


「あ、ちょっと待って」

「はい?」

 壮一は準備しておいたスペアキーを差し出した。

「これ。合鍵」

 少し不思議そうな顔でそれを受け取る小山内さん。


「俺も、今日は飲み会なんだ。遅くなるかも知れないから」


「かわいい」

 スペアキーに付けておいたさくらんぼのキーホルダーに頬を緩めた。

「チェリーだよ。小山内さんってちえりって名前なんだよね。だから……」

 小山内さんの顔にぱぁっと花が咲く。

「ありがとうございます」


「それ、あげるよ。 小山内さん用の鍵だ。夏休みも来るんだろう?」

「いえ、ゴールデンウィークも来ます」

「あはは、そっか」


 案外、すぐまた会えるんだな。


「私がもらっていいんですか?」

「もちろん。その代わり、俺も一つ君にお願いがあるんだ」

「はい、なんでしょう?私にできる事ならなんでもかんでも、えっと……なんなりと!」

 そう言って、立てた人差し指を天井に向けた。

 同時に壮一のスマホが着信を知らせる。スクリーンには『入江』の文字。

「ごめん。電話だ」


「あ、もうこんな時間。私、出ますね」

 壁掛け時計を見上げて、小山内さんはバタバタと玄関で靴を履く。

 そして、お願いは伝えられないまま、パタンという音と共に彼女は消えてしまった。


『もしもし、聞いてる? 五木くん! 聞いてる?』

「あー、ごめんごめん。聞いてるよ」


『だからー、通り道だから迎えに行く。家で待っててよ。一緒に行こうぜ』

「ああ、わかった」


 やけに胸がざわつく。浮足立った小山内さんは冷静な判断ができるだろうか。アイツに悪さされたりしないだろうか? 傷つけられたりしないだろうか。

 そんな心配が壮一を支配する。

 しかし、小山内さんはまだ高校生なのだ。いくら本間がヤリチンでも、未成年を相手にするほど女に不自由はしてないだろう。

 考えすぎだ。

 胸騒ぎを抑え込むように、壮一も服を着替えた。


 玄関ブザーが鳴ったのは、小山内さんが出かけてからおよそ30分後。


「五木くーん、迎えにきたよー」


 玄関を出ると、ライダースジャケットでめかし込んでいるのに、全然垢抜けない入江が立っていた。

「どう? これ」

 とジャケットの襟をつまんで見せる。


「うん、いんじゃない?」

「五木君ももっとおしゃれすればよかったのに。何それ? いつも通りじゃん」

「いいよ、これで。どうせ俺なんて誰も見てないだろう」

「いかんよ、そんな卑屈じゃあ。僕は今回、マジだからね」

「そうなの?」

「おおよ!」


 そんなどうでもいいような会話をしながら駅に向かう。夜風がひんやりと頬を撫でては通り過ぎる」


 30分ほど電車に揺られ、渋谷駅で降車。

 はしゃいだ若者であふれるセンター街の方へと歩みを進める。


「入江君さぁ、本間ってどう思う?」

「本間ねぇ。王慶大の神セブンなんつって騒がれてるけどなぁ。下半身は遺伝子レベルでクズだよな」

「まぁな。男なら誰でもあいつにヘイトを向けるよな」


 入江は、壮一が茉優を寝取られた事は知らない。単なるすれ違いによる破局だと思っている。

 その茉優が、この頃本間の取り巻きに加わっている事は、学校でも噂になっている。しかも先頭を切って、まるでそこが自分の居場所であるかのように、いつも本間にべったりだ。


「群がる女は片っ端からやり捨てるらしいぜ。あ、ごめん。茉優ちゃんはそんな子じゃないと思うけど」

「そ、そうか?」

「他の女とは格が違うだろう。いくら本間でも茉優ちゃんをやり捨てるなんて事はしないんじゃないか」


 それがするんだよなー。


「そう言えば、本間のインスタ見たけどさ、今日のご馳走はロリっ子JKとか言ってたな。マジで下半身クズだわ」


「は? 今なんて」

「え? だから、下半身クズ」

「いや、その前」


「ロリっ子JKか?」

「ご馳走って言ってたのか?」


「ああ、完全にヤる気だと思うけど、なんで?」


「悪い。俺、忘れ物したわ。先言っといて。後で行くから」


「は? はー? ちょ待てって」


 目的のイタリアンダイニングカフェを目前にして、壮一は踵を返した。

「絶対あとで来いよ。絶対だからな」

 という友の声を背中で受け流しながら、一目散に来た道を引き返す。

 行先は、東京スカイツリー駅。

 ナイトアクアリウムだ。


 本間がそういう男だとわかっていて、彼女を止めなかったのは壮一自身だ。それなのに、いざそれが現実になっていくんだと理解した途端、いても立ってもいられなくなった。

 体の中心から平常心が溶け出して霧散する。理屈じゃない。このままじゃダメだ、いや、嫌だ!という感情が、小山内さんに対する思いは特別なものなんだと教えていた。

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