⑤ヒロイン交代

「小山内さん……」

 そう呟いた壮一の声は、セクシーミュージックで耳を塞がれている彼女の鼓膜には届かない。

 壮一は、小山内さんの彼氏でも思い人でもないのだ。これ以上彼女のパーソナルスペースに踏み入る事はできない。

 たしなめるように、その手を解く事にする。そっと指を引き抜こうとすると、反発するように、更にぎゅっと強く握ってくる。

 完全に、スイッチが入っているのだ。

 確か、据え膳食わぬはなんとやらという古くからの教えが日本にはある。つまりは、今現在、そういう状態なのではないのか。男として、回避する事だけが優しさじゃないのではないか。

 つまり、壮一の理性は崩壊寸前だった。

 しかし……。

 小山内さんの脳内にいる男は、壮一ではなく本間である。

 彼女が求めているのは、壮一ではなく本間佑介だ。

 壮一は、本間や茉優のように、気持ちいいだけのセックスに、どうしても興味を持つ事ができない。それは、愛し合っているからこそ得られる快感じゃないのか。セックスの喜びとはそういう物であるべきなんじゃないのか。


 壮一はマッサージしていたもう片方の手をおっぱいから放して、指を握り締めている手を解こうとした。

 そこで、ふと思いとどまった。

 思いだしたのだ。小山内さんの最終目的は、おっぱいを大きくする事ではない、と言う事を。


 そう。小山内さんはエロくなりたいのだ。

 エロとは、内部から染み出す物である。表面を覆う羞恥から滲みだす、どうしようもないアトモスフィア。

 つまりは、色気。大人の女の色香である。

 性を知らずして、その色香が滲みだす事はない。

 次なる、エロ道への方法論がぼたもちのように脳内に落ちて来た壮一は、バクバクと早鐘を打つ心臓を落ち着けるように、そっと深呼吸をした。

 そして、彼女の手を握り返す。

 その手をそっと、ゆっくりと、小山内さん自身の股部へと移動させた。官能小説風に表現するなら、雌花の実なる部分だ。官能小説を読んだ事がないからわからないという輩は置いていく。

 女の子が一番感じるであろうその実は、壮一には見えないし、決して見てはいけない。まして触る事など決して許されない。

 かろうじてパジャマで隠れているその部分に、小山内さんの手を置き、その上に自分の手を重ねた。

 温めるようにゆっくりと前後に動かす。

 大事な事なので更に言葉を重ねよう。壮一は決して実に触っていない。壮一が触っているのはあくまでも小山内さんの手のみだ。


 彼女が発する短く、途切れ途切れに洩れ出る声が、脳と直結している下半身を痺れさせる。

 管の中で、うずうずと暴れ出す生命たち。

 これが、拙作の『恋する乙女のテンカウント』ならば、ドS執事が、性感帯の開発と称して、主人公の未貫通である宮殿までの道筋に指を入れ、気持ちのいい自慰行為を指南する部分だ。


 しかし、これはリアルなのだ。小説の中の世界ではない。

 そんな事が許されるはずもない。犯罪だ!

 決して彼女自身を汚さないように、法に触れないように、壮一は小山内さんの手の上に重ねた手を、前後左右に適度なスピードで動かす。縦に、横に、時にはゆっくりと圧を掛けながら円を描くように……。

 要領を得たのか、小山内さんの手は、壮一の手の下で、自発的に動き出した。

 呼吸は早くなり、必死で何かをこらえている様子。

 壮一はそっと自分の手を離して、おっぱいへ移動する。

 両手で、おっぱいをさすりながら、先端を多めに刺激した。


 ――以下、自主規制により割愛――


 およそ20分のマッサージ施術を終えると、小山内さんはぐったりと壮一に身を任せていた。激しい運動でもしたかのように呼吸は深く激しい。

 胸元が大きく上下しているのが、振動で伝わってくる。


 壮一も、妙な汗で顔も体もぐっしょりと濡れている。この汗は理性の汗である。女の子が自分の腕の中で快楽に果てるまでを目の当たりにしながら、必死でおっぱいをさすった。それ以上の事はしなかった自分を、褒め称えようと思う。


 小山内さんの、はだけていた衣服を元に戻し、ボタンをはめてやる。ヘッドフォンと目隠しを外すと、うつろな目をした小山内さんが、弾かれたように体を引き離して、恥ずかしそうに両手で顔を覆った。


「大丈夫?」

 と声をかけると、顔を覆ったままうなづいた。


「私、もう寝ます。お兄さん、ありがとうございました」

 そう言ってすごいスピードでテントへと消えた。


「え? ちょ、ちょっと待っ……」


 どれぐらい気持ちよかったのか、感想ぐらい聞きたかった。

 壮一もなんだかぐったりとしていた。達成感のない疲労だ。

「おやすみ」

 とテントに声をかけると「おっ、おやすびなさい」。

 その声を聞き届けて、シャワーを浴びた。


 ザザザザーーーーーと不規則に強弱するシャワーの湯を浴びながら、賢者になるべく、生命たちを解放する。ドピュっ!


 ようやく煩悩から解放された壮一は、壁に両手をつき、呼吸を整えていた。すると、突如、脳内で燻っていた物語が動き出した。

 コンテスト用の恋愛小説だ。

 そう、茉優をヒロインにした小説。


 清楚で優しいセクシー美女というヒロインを、もしも、天然なロリっ子に変えたら――。

 脳内で入れ替わった新ヒロインは、実に破天荒な動きを見せるではないか。


 あれ? めっちゃ面白いじゃん。

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