③幸せ拡散のその先に……

「え? それ本当?!」


 到着したばかりのアラビアータをフォークに巻き付けた状態で、葉菜は固まった。

 瞬きも忘れたのか、さほど大きくない目を見開き、口をぽかっと開けている。


「うん。本当」


「ひぃやぁぁぁーーーーーー!!!!! なんて大ニュースなの!! お兄ちゃんと小山内さんが付き合ってるなんてーーー!!!」


「ばか! 声が大きいよ。大きすぎるんだよ!! しーっ!!」


 昼時のサイゼリヤは満席で、家族連れや若者のグループ。カップルで溢れている。

 およそ20分ほどの待ち時間をくらって、壮一、葉菜、小山内さんは本日初めての食事を始めるところだ。


 注文した料理が運ばれるまでの間に、葉菜に大事な報告をしたところだ。


「だってー、夢みたいだよ。小山内さんがお兄ちゃんの彼女になったなんて……」


 葉菜はフォークを握っていない左手で口を覆った。対面に座っている壮一と、隣に座っている小山内さんを交互に眺めて瞳を潤ませる。

 今にも号泣しそうな勢いだ。


 まさか、こんなに喜んでくれるとは、兄想いな妹だ。


「ずっと、みんな心配してたんだよ。お兄ちゃんはもう二度と恋ができないかもしれないって。お母さんなんて、死んじゃうんじゃないかって、いつもお兄ちゃんを心配して……うっ、うううーーーーー」


「葉菜ちゃん……」

 小山内さんが、葉菜の背をなでる。


「小山内さん。お兄ちゃんをよろしくね。強情で頑固な所あるけど、優しくて頼りになる、いいお兄ちゃんだから」


「うん。わかってる」


「私、実を言うとね、そうなってくれないかなって思ってたんだ。小山内さんみたいなピュアでかわいい女の子が、お兄ちゃんの彼女になったらいいなって」


「なんだよ。最初から言えよ」


「だって、最初からそう言ったら、お兄ちゃんは拒絶してたでしょ。バカ言え! って」


「まぁ、確かに」


「それに、小山内さんには思い人がいたしさ。けど、そんな人より絶対お兄ちゃんの方が小山内さんを幸せにしてくれるって思ってた」


 そしてようやく、パスタを口に運ぶ。


「ほういえばさ、その小山内さんの好きな人はどうなったの? あの人の事はもういいの?」


「うん。なんだかどうでもよくなっちゃったの。お兄さんの方がずっと素敵」


 小山内さんは潤んだ瞳で頬を赤らめた。

 壮一も、頬が熱く火照る。

「お兄ちゃんは? 茉優さんだっけ? あの人の事はもう忘れた?」

「記憶喪失じゃあるまいし。忘れはしないけど、もう吹っ切れたよ」

「そっか。次の恋が一番の薬だね」

「言えてる」


「あ、そうだ。ごめん、気がきかなくて」


 葉菜は慌てた様子で立ち上がる。


「お兄ちゃん、席変わろう。大事な二人の時間だよね。もうすぐ離れ離れになっちゃうんだよね」


「いや、いいよいいよ。来週会いに行くし」


「いいからいいから。お兄ちゃん早く早く」

 慌ただしく料理を入れ替えて、壮一の隣に座った。


「早く、小山内さんの隣に行きなよ」

 乱暴に壮一の体を押してくる。


「わかったわかった」

 できるだけ彼女の傍にいたいのは山々だが、妹の前でそういう姿を見せるのはなんだか恥ずかしい。

 しかし、葉菜の強引な気遣いがありがたくもあった。


 のっそりと立ち上がり、彼女の隣に移動した。


「うん。お似合いだよ、二人。このまま結婚まで行ってほしい!」


「おいおい、気が早いよ」


「そしたら、小山内さんが、私のお姉さんになるんだよね。ワクワクするぅ」

 終始、当人たちよりもテンションが高い葉菜。


「そうだ。写真撮ってあげるよ。お兄ちゃん、スマホ貸して」


「ああ、ほい」

 顔認証でロックを解除して葉菜に差し出す。


「じゃあ、撮るよ。二人くっついて」

 言葉通りに寄り添う小山内さん。


「もっと仲良さそうに!」


「いや、はずいでしょ、こんな所で」


「いいから!! 早く!!」

 カシャ、カシャ、カシャカシャカシャ。


「この写真は、何に使うか知ってる?」

 写真を撮り終わり、葉菜がスマホを差し出しながら訊いた。


「え? 何かに使うの? わからん」


「はぁんもう! これだから非モテ陰キャは――」


「おい、悪口やめろ」


「インスタにアップするに決まってるじゃん! 彼女ができましたー! って」


「はぁ? やるかよ」


「ちぇー、つまんない」

 そう言って、すっかり冷めて固まったパスタを頬張った。


「あのー、すいません」

 突然、頭上から落ちて来た声に顔を上げると、髪の長い凛とした女性が立っている。隣のテーブルに座っていた人だ。


「はい。あ、すいません。うるさかったですよね」

 先手を打って頭を下げた。


「いえ、なんだか素敵な恋のお話が聞こえて来たので、ムービー撮らせてもらってました。ごめんなさい、勝手に」


「え? ああ、いえ」


「これ、ツイッターに載せちゃだめですか? もちろん顔や個人情報がわかる音声部分にはモザイク入れます」


「あ、それは、ちょっと……。彼女たちまだ高校生なので……」


「私はかまわないわよ。世界中にこの幸せを拡散させてほしい!」

 と、葉菜が身を乗り出す。


「私も大丈夫です。私もそのムービー見たいです」

 三人の視線が壮一に集まる。


「ああ、じゃあ、どうぞ」


「わぁ、ありがとうございます。私、街で見つけたハッピーラブストリーっていうアカウントやってて、フォロワー10万人越えてるんですよ。ぜひフォロ―してくださいね」


「ああ、知ってる! 幸せそうなカップルの動画がよくTLに流れてくる。すごーい! 中の人ー」

 葉菜はまるで芸能人でも前にしたかのように、さらにテンションを上げた。


「おい、失礼だぞ。指さすな」


「あれって、ちゃんと許可取ってるんですね」

 壮一の言葉が耳に入ったのか入っていないのか、葉菜は興味津々でその女性に食い気味で質問した。


「はい。許可が頂けない動画はその場で削除してます」


「へぇ、ちゃんとしてるんだー」


「それじゃあ、お邪魔してすみませんでした。失礼します」

 長い髪をさらっと揺らして、レジへと向かった。


「東京の人ってやっぱり洗練されてるよね。一般人でもきれいだわー。大学とかもきれいな人多そう」

 葉菜は、何やら怪訝そうに壮一にジト目を向ける。


「あの動画がバズったらさ、下手な事できないね、お兄ちゃん」


「なんだよ、下手な事って」


「浮気とか」


「するわけないだろ」


 いや、待て。

 あの動画がもしも……。


 小山内さんをディスった茉優の目に付いたら……。


 小山内さんにガチ恋してる本間の目に付いたら……。

 悔しがるだろうなぁ~。


 そんな妄想で、壮一は、ようやく溜飲が下がる思いがした。

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