③最終話★幸せマウント

 夕刻。

 実家でもらって来たお昼の残りで、夕食を済ませる事にする。

 母は、炊き込みご飯で、おにぎりまで作ってくれていた。


 インスタ映えしそうもないタッパーに入ったおかずを、ちえりは嬉しそうに写真に収めていて、SNSアップに余念がない。


「そんなの載せて大丈夫?」

「へ? 何がですか?」

「いや、なんて言うか……。誰もイイネ! とか思わないんじゃないの?」

 ちえりは赤く染めた頬をぷくっとふくらませて壮一を見た。


「こんなに美味しくて豪華なお料理。食べるだけではもったいないのです。幸せのおすそわけ……じゃなくて、これは、マウントです」

 マウントかーい! と思わず心の中で突っ込む。


「誰に対してのマウント?」


「世間です」


「世間?」


「学校のクラスメイトとか……。みんな私の事、不幸でかわいそうな子だと思ってるんです」


「そうなの?」


「はい。学校で、みんな私の事スカベンジャーって呼んでました」


「は?」


 スカベンジャーというのは、フィリピンのスラムに住む、ゴミを漁りお金に替えて生計を立てる人達の事だ。そのゴミの中には、ファミレスやファーストフード店の食べ残しなども入っていて、調理し直した物が屋台で売られたりもしているという。リサイクルされた食材で作ったジャンクフードは、低価格で屋台に並ぶため、貧しい地域の人たちの生きる糧となっているのだ。

 しかし、それは極一部の地域であって、ちえりが住んでいた地域はスラムじゃない。


「葉菜ちゃんだけが、普通に接してくれてました。みんな私を遠巻きに見てて、変な子だと思ってたんです。フィリピンから来た貧しい子。親に捨てられたかわいそうな子。面倒な事に巻き込まれないように、親は私と関わらないようにと、子供に言います」


 壮一は、思わず彼女を抱きしめた。

 涙も見せずに、うっすらと笑顔まで浮かべて、そんな事を話す彼女に、胸が裂かれそうだった。


「私、捨てられてないです。お母さんに捨てられてないです」

 笑みを含んでいた声が震え始める。


「うん。そうだね。まだ、そう決まったわけじゃないよね」


「お母さんは、お母さんの人生を自分で選んだのです」


「辛かったね。もう大丈夫だ。学校に行く必要もないし、君は不幸じゃない。お母さんだってきっと君を愛してる」


 彼女の頬にこぼれた一筋の涙を親指で拭った。


 そして、準備していたプレゼントを渡す事にした。

 本当は5月の誕生日にあげる予定だった。


 バッグから小さな箱を取り出し、差し出した。


「へ? これは?」

 驚いた顔で目をぱちくりと見開く。


「開けてみて」

 頼りなげな指先がリボンを解いた。


「ふわぁー、きれい。かわいい。ネックレス!」


 細いシルバーのチェーンの先には四葉のクローバー。


「本当は誕生日にあげようと思ってたんだけど、待ちきれなかった。ちえりのその顔が早く見たかった」


「嬉しい」


「つけてあげるよ」

 後ろ髪をサイドによけて、小さなリングを繋ぐ。

 ちえりは喜んで、ベッドサイドに置いてある全身鏡の前に立った。

「かわいい」

 自分の姿に頬を染める。

「かわいいよ。君は誰よりもかわいくて、素敵で、世界で一番幸せだ」

 そういうと、大きくうなづいて、涙を拭った。


「写真撮ってあげるよ」

 スマホ向けると、こちらに体を向けて、誇らしげに胸を張る。

 数枚カメラに収めてその画像を、ちえりに共有する。

 そして、壮一は自分のSNSを開いた。


 フォロワーは殆どが大学での繋がりで、話した事がある人もいれば、全く学内では合わない人もいる。同じ大学というだけで繋がったフォロワー、およそ2000人。

 プロフに大学の名前を書いたら、自然と増えただけなのだが。

 そこには、もちろん茉優もいる。つい最近、なぜか本間にもフォローされた。


 そこに、ちえりの写真をアップする事にした。


『彼女が出来ました。今日、実家に連れて行って家族にも紹介してきました。母親とも仲良くやれそうでよかった。

 これまで付き合ったどんな女性よりも、かわいくて素敵な女性です。今日から一緒に暮らします。皆さん、どうか温かく見守ってください。


 追伸

 コンテスト作品の進捗。執筆状況。

 ヒロインだったセクシー美女をちょっと天然なロリっ子JKに変更中。

 間もなく連載開始。

 そちらも応援よろしくお願いします。

 絶対に受賞して、ダブルベッド買います!!』


 アップした直後から、通知が鳴りやまない。

 イイネや祝福コメントの嵐。

 茉優との事情を知ってる者もいれば、知らずに複雑な心境の者もいるだろう。

 あえて、何があったのかを公表するつもりはない。

 今さら、復讐なんてものも考えてない。


 壮一にとっては、もう全て過去の事なのだ。


「さ、食べようか。お腹空いてきたね」

「はい。温めてきますね」

 彼女はそう言って、タッパーのおかずをお皿に移す。


「あれ? DM来たな」


 茉優からだ。

 開いてみると……。


『どうぞお幸せに』


 たった一言だった。

『どうも』と返信しようとしたら、ブロックされた。


 どうか、本間のはらわたも煮えくり返っていますように。

 そんな事を思いながら、スマホの電源を落とした。


「どうしたんですか?」

 ちえりが不思議そうな顔で壮一を見る。


「え? なにが?」


「なんか、ニヤニヤしてます」


「え? ニヤニヤしてた?」


「ん???」


「なんでもない。さ、食べよう」


・・・・・・・・・・・・・・



 時間はゆっくりと過ぎ、月が雲に隠れては顔を出す。

 深夜。

 部屋の電気を全て消した。

 いつも外を眺めては泣いていた窓辺に腰かけて、壮一はちえりを呼んだ。


「ちえり。ちょっと来て」


「はい。なんですか?」


「ここに座って」


 彼女は何も言わずに壮一の顔を見つめながら、言われるまま隣に腰かけた。


 街灯に照らされた桜は、昼夜問わず花びらを舞わせる。

 隣に腰かけて、しばらく一緒に終わりかけの桜を見ていた。

 色鮮やかに、街灯の光を浴びては踊る無数の花びら。


彼女の肩をそっと抱き寄せる。

「ちえり。この景色を再び見せてくれてありがとう。俺を選んでくれて、本当にありがとう」

 ちえりは、少し首をかしげる。

 これから始まる大人の時間に、期待を膨らませた顔でそっとまつ毛を伏せた。


 月明かりに照らされている彼女は、息をのむほど――


「きれいだよ」


 吸い込まれるように二人の唇が重なり合い、夜に溶けていった。



【完】

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