小山内さんはエロくなりたい【完結】

神楽耶 夏輝

EP1 ロリっ子JKがやって来た

①私をエロくしてください

 満開の桜が、誇らしく沿道を飾っている。

 夜中に降り始めた雨はやみ、花びらを伝う雫は、生まれて間もない太陽に反射しては、水たまりに波紋を作る。

 落ちる雫の残像までもが、こんなにも美しいのに、五木Itsuki壮一Souichiの心は空っぽだった。


 心臓から血肉をこさぎ取るようにして、茉優Mayuに与え続けて来た。茉優はわがままでプライドの高い女だと、人はいう。

しかし、壮一にとって茉優は高値の花で、ほんの数ヶ月だったとはいえ、恋人でいれた事に感謝すべきなのかもしれない。


 湧き水のように次々に溢れていたはずの愛だとか、優しさだとか。

 言葉にしてしまえば、やけに陳腐で笑える。

 とにかく、そう言った物を桶でくみ上げるようにして、茉優に注いできたのだ。もう出し尽くして空っぽになってしまった。気力も想像力もモチベーションも……。春めいた景色さえも色が抜け落ちたように、心を揺さぶらない。


 元々空っぽだったのかも知れない。


 裸の王様だ。


 愛だとか優しさだと思っていた物は、何の意味も持たない、無価値な空想だったのだ。


 おんぼろアパートの二階の窓から外を眺める壮一は、自然と頬を伝っては落ちる涙を、手の甲で拭った。

 涙など、とっくに枯れ果てたと思っていた。

 この涙も、あの雨粒のように、陽光に反射して瞬いているのだろうか。

 そんな風に抒情的じょじょうてきな発想をしてしまうのは、小説家などという物を志しているからだろうか。

 壮一は、元々そんなロマンティックな男ではなかったはずだ。

 茉優との恋が、失恋が、壮一を感傷的な男に変えたのだ。


 ブーっと、玄関ブザーが冴えない音を鳴らして来客を知らせた。と同時に、ガチャガチャっと滑りの悪くなっているドアノブを回す、暴力的な音の後、ギギギギーーーーっと玄関が開かれた。

 窓と反対側にある玄関が開いた事で、柔らかな風が部屋を吹き抜ける。


 壮一は振り返らない。

 こんな粗野な行動を取る人物には、心当たりがあるからだ。


 ――ヤツが来た。


「お兄ちゃーん。入るわよ」

 という声は、もう、すぐ背後で聞こえた。

 もう、入って来てるのだ。

 高校三年生。二つ年下の妹、葉菜Hanaだ。


「お前なー、その言葉はせめて入る前に言……えええええーーーーー??」


 振り向いたと同時に驚いた壮一は、急いで両手で顔をゴシゴシと拭った。

 雨に濡れる桜を見ながら感傷に浸り、涙を流していたなどというかっこ悪い所を、即座に隠ぺいするためだ。


 なぜなら……。


 春色のワンピースを着た妹である葉菜の背後には、同じく春色のワンピースを着た女の子が立っていたのだから。

 見たところ、中学生ぐらいに見える。

 身長は150センチぐらいだろうか。170センチそこそこの壮一の胸辺りほどの背丈だ。

 黒髪でツインテール。くりっとした黒めがちな大きな瞳。

 とりわけぷっくりとした頬は、小動物のぬいぐるみに匹敵するかわいらしさである。

 桜色の膝丈ワンピースは、まるで借り物を着せられているかのように、似合っていない。


「お兄ちゃん、また泣いてたの?」


「はっっ! うるせーよぉ」

 そんな事よりも、他に隠ぺいしなくてはいけない物があった。


 脱ぎっぱなしの服。ベッドの上に置きっぱなしのオナホール。散乱する鼻水とか、下からの鼻水を拭ったティッシュ。官能小説にグラビア雑誌(小説の資料用という事にしておく)。

 それらを、ボクサーが繰り出すジャブのようなスピードで、処理しなければならなかった。

 葉菜だけならまだしも――。


「あ、あの。突然おマタして、すいません」

 女の子は気まずそうに肩をすくめた。


「は?」

 オマタとは? 一瞬、ティッシュを拾う手が止まったが、次の葉菜のセリフで、壮一は再び動き出す。


「お邪魔でしょ」


「あ、そうそう、お邪魔しちゃって」

 変わった言い間違えをする子だ。


「いいのいいの、ここはバリアフリーみたいなもんなんだから」と、葉菜が窓枠に腰を据えた。

今のところ、まともに座れる場所がないからだ。


「二階だよ! バリアフリーでもオープンスペースでもないんだよ。来る時はだなー、ちゃんと連絡よこせよ。スマートフォンっていう便利な物があるだろうがー」


 葉菜はいつもこうだ。

 実家から電車を乗り継いで、およそ2時間の距離にある壮一のアパートは、彼女にとってちょっとした別宅、または別荘で、日帰り旅行みたいな物なのだ。

 春休みを利用したイベントなのだろう。


「お兄ちゃん。大学も春休みなんでしょう? なんで帰って来ないの?」


「色々忙しいんだよ」

 在り来たりの逃げ口上を述べた所で、ようやく二人が座れるほどのスペースができた。と言っても、とりあえず全ての物を一緒くたにゴミ袋に押し込んだだけだ。

 勢いついでに茉優との思い出の写真も、一緒に行った映画やテーマパークのチケットも、それに突っ込んでやろうと思ったが、すんでのところで思い切れずベッドの下に突っ込んだ。

 キッチンに散乱するコンビニ弁当やら、カップラーメンのゴミは今更どうしようもない。


「散らかってるけど、どうぞ。座布団もお茶も何もないけど」

 小さなローテーブルの方を指し、二人を座らせた。

 壮一はベッドの上に腰かける。


「で、何か用か?」

 そう言って、葉菜が連れてきた女の子に向かって顎を上げた。


「あ、そうそう。彼女は小山内Osanai智恵理Chieriちゃん。同級生なの」


「え? 同級生? って事は、高校三年って事?」

 失礼とは思いながら、壮一は驚きを隠せなかった。

 まさか高校生だったとは――。

 今日日きょうび、中学生の方が大人っぽいかもしれない。

 壮一の態度に、小山内さんは落胆したように肩を落としてうつむいた。


「あ、ごめん。若く、見えるね」

 慌てて、取り繕うも小山内さんの表情は変わらない。


「いいんです。おちゃらけてますよね」

「え?」

 おちゃらけてはないと思う。幼いだけだ。

 まともに返しても噛み合わないような気がして、壮一は黙り込んだ。そして助け船要求の視線を葉菜に送った。

 それをキャッチした葉菜が満を持して、静かに息を吸う。


「あのね、お兄ちゃんにお願いがあるんだ」


「金ならないぞ」


「お金の無心じゃありません。小山内さんをね、つまり……」


「ん? 小山内さんを? つまり? え? なに?」

 ハテナがいっぱい。


 そこへ、小山内さんが口を開いた。


「私、エロくなりたいんです! お兄さん、私をエロくしてください!」


「は? へ?」

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