②Side―小山内ちえり★どうしよう。浮気しちゃった

 次の日の放課後の事だ。

 私はいつも葉菜ちゃんと一緒に電車に乗る。例外なく今日も、私は葉菜ちゃんと一緒に下校する。


 駅までの道中で、私は葉菜ちゃんに、あのことについて相談する事にした。

 今日一日、ずっと気になっていた。他の男性と会う事は浮気になるのではないかと。


「ねぇ、葉菜ちゃん」

「なに?」

「浮気ってどこまでが浮気かな?」

「うーん。人それぞれだし、相手にもよるかも」

「相手?」

「うん、例えば、彼氏や彼女が、明らかに自分に好意を寄せてる人とデートしたら、やっぱりイヤかな」

「そっか」


 本間さんが、私を好きなわけないから、じゃあ、浮気にはならない?


「小山内さんは? 例えばお兄ちゃんが、明らかに自分の事を好きだって言って来る女の子と食事とか行ってたら、許せる?」

「ふ~ん。よくわからないけど、いやかな。心配になっちゃう」


 けど、それを浮気とみなすかどうかは不明だし、それぐらいで嫌いになったりしないかな。別れるなんてできないと思うな。


「あのさ、もし私が本間さんに会ってお話したら、浮気かな?」

「うーん。本間さんってあの人だよね。小山内さんが好きだった……。一緒に水族館とかおしゃれディナーとか行ったんでしょ」

「うん。でも今は何とも思ってないよ」

「じゃあ、それは浮気じゃないんじゃない?」

「そうだよね。話がしたいって言われたの。今日大神駅まで来るらしくて、会って欲しいっていわれたんだ」


「行くの?」


「何の話なのか気になる。だから……」


「ん?」


「葉菜ちゃんも一緒に来てくれない?」


「うん。いいよ」


 という事で、約束の時刻、15分ほど前に大神駅に到着した。

 駅には同じ高校の制服を着た生徒がちらほらいる。


「まだ来てないみたい」

 大神駅は小さい駅だ。

 さっと見回しただけで、いるかいないかはすぐにわかる。電車が入ってきたのも、降りて来るお客さんまでよく見える。


「なんか楽しみ! イケメンなんでしょ?」

「まぁ、見た目はね」

「小山内さんが一目ぼれしちゃった人だもんね」

「う~ん、でも――」


 私は、見た目じゃなくて、あの時優しくしてくれた事が嬉しかっただけだったのだ。


「見た目なら、お兄さんの方が断然好きよ」

「ふぇえ、たで食う虫も好き好きとはこの事だわ」

「た? たでで?? ずきずき?」

「いや、覚えなくていいよ。試験には出ないから」

「うん」


 プシューーーとブレーキ音が鳴って、電車が止まった。


「これに乗ってるんじゃない?」

「うん、そうかも」

 首をうんと伸ばして、降りて来るお客さんに目を凝らす。


「あ、いた!」

「どれどれ?」

「あの、背が高い、白いジャケットの」

「ふおーー。かっこいい! めっちゃイケメンじゃん」


 本間さんはすぐにこちらに気付いて、にこやかに右手を上げた。

 改札を出てこちらに歩いて来る。


「ごめんごめん。時間配分がよくわからなくて、待たせちゃったかな?」

「いいえ。まだ約束の時間の5分前ですよ」

「あ、そっか」

 本間さんはさっと腕を上げて、腕時計に目を落とす。


「こちらは、五木葉菜ちゃん。お友達なんです」

「こんにちは。本間です」

「こ、こ、こんにちは」

「え? 五木? ああ、五木壮一の妹?」

「はい」

 と、葉菜ちゃんが上ずった声で返事をした。


「えっとー」

 本間さんは辺りを見渡した。何かを探している様子。


「どこか、座って話せる場所、ある? スタバとか……コメダとか……ないね」


「ファミレスとかもないです。ロータリーのベンチでいいですか?」


「ああ、うん、いいよ。えっと、何か飲む?」

 本間さんは、入口の自販機を指さした。


 葉菜ちゃんと目が合う。ポカリ飲みたいけど、どう返すのがベスト?


「い、いや、私はいいです」

 葉菜ちゃんが答えた。


「私も、いいです」

 と、葉菜ちゃんの真似をする。


「遠慮しなくていいよ。コーヒーとかでいい?」


「いえ、ロイヤルミルクティ」

「オッケー。ちえりちゃんは?」


「私、ポカリがいいです」

「了解。じゃあ、ベンチの所行ってて。俺、買って来るから」


「すいません」

 私たちは言われた通り、ベンチに向かう。


「ねぇ、小山内さん。あのイケメンジェントルマンの何がダメだったの? 欠点が全然見つからないんだけど」


「う~ん、本間さんがダメだってわけじゃなくて、お兄さんの方がいいのよ。ただそれだけなんだ」


「まぁ、メンタルの安定を望むなら、断然お兄ちゃんよね。あんな人が彼氏だったら心配でたまんないよね」


「お待たせ」

 と本間さんが缶コーヒーとポカリとミルクティを抱えてやって来た。


「「ありがとうございます」」


 ベンチは三人ほどが余裕を持って座れる広さがある。

 本間さんのために空けたおいたスペースに、彼は座らず、立ったまま缶コーヒーを飲んでいる。

 ゴクゴク、と私たちは無言で飲み物を飲んだ。


「のどかでいい所だね」

 静寂を破ったのは本間さんだ。


「はい。とっても。静かで暮らしやすいです」


「うん。えっと……」

 と言って、本間さんは葉菜ちゃんを見た。


「葉菜ちゃん、だっけ?」

「はい、葉菜です」


「悪いんだけど、ちえりちゃんと二人で話がしたいんだ。そんなに長い時間じゃないから、ちょっと外してもらえないかな」

 とても申し訳なさそうに、紳士的な態度でそう言った。


「あ、はい。わかりました。あ、えっと――」

 そして、私の耳元でこう言った。


「本屋さんにいるね」

 道路を挟んですぐ向こうにある小さな古本屋さんを指さした。


「うん。ごめんね」


「あ、じゃあ、本間さん、ジュースごちそう様でした」

 丁寧にあいさつをして、葉菜ちゃんは去って行った。

 それを見届けて、本間さんは私の隣に座って、両肘を腿に乗せた。

「あんまり長居すると、葉菜ちゃんに悪いから、俺の言いたい事だけ言って帰るね」

「はい」

「この前、君を誘ったのは、けっこう軽いノリだったんだけど、しばらく一緒に過ごして、君はとても魅力的だと思ったんだ。今まで、けっこういい加減に女と付き合ってきたけど、君の事は本気なんだ。本気で恋愛したいと思ってる。もし、俺でよかったら、付き合ってくれないかな」

「え?? でも、でも、私……」

「いや、いいんだ。今、返事しなくても」

「いえ、私……」

「ゆっくり考えて、答えてくれたらいいから。友達からでもいいし」

 彼氏がいるっていうタイミングがなかなか掴めない。どうしよう……。

 本間さんが私に好意を持っていたなんて――。

 これって浮気じゃない?

 浮気だよね。

 うわぁ、どうしよう。私……浮気しちゃった。


「それから、これ」

 本間さんは肩にかけているバッグを開けて、何やら取り出し、こちらに差し出した。


「あ! これ!」

 あの日の水族館の包装紙だ。お土産屋さんの。


「お土産。開けてみて」

「もらっていんですか?」

「うん。あの時、欲しそうに眺めてから、買ってきたんだ」

「ありがとうございます」


 袋を開けて、中身を取り出す。


「ひゃ!! こ、これは、ち、ちんっ―――――」


「ちんあなご。気に入ってたでしょ」


 ピンクの間抜けな顔をしたちんあなごは、サイズといい形といい、まさに男性のソレで、心臓が口から飛び出しそうだ。


「そのスイッチ入れてみて」


 下の方に、スイッチがついている。カチっとオンにすると、ウィーーーーンと音を立てて、クネクネと動き出した。


「きゃああーーーーーーーーーーーーーー!!!!」


 思わず絶叫して手を離したせいで、ちんあなごは地面に落下。

 ウィーウィーーーと、命を宿しているかのようにアスファルトの上で暴れていた。

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