③小山内さんの隠し事
「大丈夫大丈夫。それは浮気じゃないよ。俺も、本間が君に気がある事知ってて言わなかったのも悪いし」
今日から新学期がスタートした小山内さんから泣きながら電話が来たのは18時頃の事だった。
本間はわざわざ小山内さんに会いに、山梨まで行ったらしい。
「それで、本間は警察に捕まったんだろ?」
『はい。それで、言えなかったんです。お兄さんと付き合ってるって』
要約すると、話はこうだ。
卑猥に動くちんあなごに小山内さんはドン引きした。
悲鳴を聞いて駆け付けた葉菜が、泣きながら取り乱す小山内さんをなだめて、本間を『変態、帰れ!』とののしったそうだ。
それはそれは、すごい形相だったと――。
何もしていないにも関わらず二人の女子高生に変態と大騒ぎされ、閑静な駅周辺は一気に騒然となった。
駅の交番からお巡りさんが出て来て、本間は職質を受け、そのまま警察に連れて行かれ――。
小山内さんと葉菜も、警察に事情を聴かれてようやく先ほど解放されたところだそうだ。
地域の子供がいる家庭には、不審者情報として、地域安全メールが一斉に送信され、平和な街は一時騒然。
本間がその後、どうなったのかは、知らない。
とりあえず、小山内さんの拒絶は伝わったようだ。
「じゃあ、そろそろインスタで交際発表でもするか」
『へ? いいんですか?』
「うん。そうだなぁ。そろそろツイッターにも例の動画が上がるはずだし、どちらにしても本間は俺たちが付き合ってるってのは知る事になる」
泣きっ面に蜂とはこの事だ。
「君は、本間をブロックしといた方がいい。インスタとかラインとか。あいつは、彼氏がいようがいまいが関係なく気に入った女の子は誘うんだ。だからもう連絡取っちゃダメだよ」
『はい。ブロックはもうしてます』
「そっか。学校知られちゃってるのが心配だけど、見かけたらすぐに学校の先生に相談して。今回はたまたま交番が近くにあってよかったけど、警察は事件にならないと基本動いてくれないから」
『わかりました』
「家は? 知られてない?」
『はい。家は……たぶん……』
小山内さんは実家に一人暮らしか。
「物騒だな」
本間が東京に戻っているかどうかは不明だ。もしかしたらまだ山梨にいるかもしれない。
明日の講義は午後からか。
「今からそっちに行こうか?」
『え? 本当ですか?』
「都合悪い?」
『全然悪くないです』
という事で、壮一は車でおよそ2時間かけて、小山内さんの家に来ている。
元はおばあちゃんの家だったそうだが、おばあちゃんはもう他界していて広い一軒家に彼女は一人だ。
古い戸建てで、い草や線香の匂いがほのかに漂っている。年季の入った家具はどこか懐かしい。
「今日は、ハンバーグにチャレンジしてみました」
小山内さんが淡いピンクのエプロン姿で、お皿を運ぶ。
琥珀色の肉汁を滴らせる小判型のハンバーグの上には大葉と大根おろし。
「美味しそう。和風だね。俺、これ、めっちゃ好きなんだよねー」
「はい。葉菜ちゃんが教えてくれました。お兄さんの好きな食べ物」
「うまそー。ありがとう。いただきます……あれ? 小山内さんは食べないの?」
「私は先に食べました。お兄さんが食べるのをじっくり見ようと思って」
そういって、向いに座って頬杖をついた。
嬉しそうにほほ笑みながら、壮一の顔をじっと見つめている。
「なんか、恥ずかしいな。食べづらいよ」
「あっ、そうですよね。じゃあ、私は、課題をやります」
「うん。あれ? まだ制服だったの? 着替えないの?」
そういうと、急に頬を赤らめる。
「あ、あの……。制服……嫌いですか?」
「へ? いや。そんな事ないよ」
どういう意味だろう?
小山内さんの高校の制服なら、葉菜と一緒だから知っている。
特に可愛いというわけではない。極々一般的なブレザーだ。
白のブラウスにエンジのリボン。紺のスカート。
強いていえば、リボンのデザインは可愛いのかもしれない。
小山内さんは、かわいい。
しかし、高校のブレザーが似合っているかと言われると微妙。セーラー服の方が似合いそうだ。
しかし、ここは――。
「か、かわいいよ。似合ってるよ」
というのが正解、か?
小山内さんは一応、嬉しそうに肩をすくめた。
「ハンバーグ、上出来ですか?」
「あ、ごめん。まだ食べてなかった」
慌てて色よく焦げ目のついたハンバーグに箸を入れる。
「すごい弾力があるね」
ポン酢のかかったおろしを乗せて、口に運ぶと頬の内側にきゅうっと刺激が走った。
濃厚な肉汁が溢れ出し、なんともジューシー。おろしの爽やかさがアクセントになって洋と和がコラボする瞬間がたまらない。
「うん! うまい! 最高!」
「わぁい、上出来!」
小山内さんはぱぁっと笑顔を咲かせた。
思いだしたように再び向かいに座ってこう言った。
「お兄さんは、どこからが浮気だと思いますか?」
「うーん、難しい質問だね。うーん、そうだな。体はもちろんアウトだよね。特に理由もなく他の男とご飯行ったりとかもギリアウトかな」
「ご飯もダメなんですね?」
「だって、そこから発展するからね。男ってね、わけもなく女の子を食事に誘ったりしないんだ。絶対下心がある」
「そうなんですか?」
「そう。だから、それについて行く女の子は半分OKって言ってるようなもんなんだ。あくまでも男から見たらだけどね。自分の彼女が無自覚だったとしてもそんな事したら、やっぱりいやだよ。それで別れるかどうかは別として、いやだな。俺も絶対他の子誘ったりしないし。女の子がいる飲み会も、これからは断るよ」
「あと、何か彼女にされたらイヤな事ってあります?」
「う~ん。隠し事がいやかな。何でも話してほしい」
「隠し事……」
「ん? どうしたの?」
小山内さんは急にバツが悪そうな顔で俯いた。
何か、隠し事があったのかな?
「私……、実は――」
「ん? 実は?? え? なに?」
しばらくモジモジした後、両手で真っ赤になった顔を覆った。
「エッチな動画観ちゃいました」
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