19、片道通信

「これ、四回目ですよね」

「ああ」

 NOAH号が前方――進行方向――に向かって小さなカプセルを発射するのを眺めながら、わたしは小さくつぶやく。以前は些細なつぶやきは無視されていただろうが、オウルからは相槌が返ってきた。

「届いているんですかね、OLIVE号に」

「ああ、届いている可能性は高い。進路計算は正確だし、おそらくOLIVE号は俺たちが目指しているのと同じ位置に着陸しているだろうからな。だがこちらから確かめるすべはない。向こうの船に動揺のカプセルを発射する能力はないだろう」

「性能の差があると、ややこしいですね」

 思わずため息が出る。カプセルの中に詰めるメッセージの作成業務は楽しい作業ではあったが、それなりに時間が取られる。わたしの努力が無意味になっている可能性を考えると、多少げんなりする気持ちになるのはやむを得ないことだった。

「まあ、クレインは宇宙飛行士だから、向こうにある資源をフル活用して俺たちにメッセージを送ることを考えてはいるだろうがな。こちらの識別番号を向こうが認識できない以上、難しいだろう」

「わかってはいますけどね……」

 宇宙での情報のやり取りはかなりの困難が伴う。それはよくわかっている。わたしにできることは、この業務を少しでも意味のあるものにすることだ。


「でも、オウルさんとドクター・クレインとのやりとりに、わたしも一枚噛んでいるのはうれしいですよ。オウルさんもその事実、しっかり認識しておいてくださいね」

「当然だが、なぜ強調する?」

 訝しげに問いかけるオウルに、わたしはふっと小さく笑った。

「OLIVE号が無事に見つかったら、ドクター・クレインにこの話をしてほしいんです。先方に送付するためのメッセージカプセルを作成していた女性オペレーターがいた、と言ってもらえれば、ドクター・クレインとの話の取っ掛かりになるでしょう?」

「そんなまどろっこしいことをしなくても、俺はクルー全員を紹介するつもりだぞ」

 なおも首をかしげながらオウルは答える。やはり彼は、コミュニケーションの機微をよくわかっていない。

「紹介って、名前と役職を羅列するだけでしょう? そんなんじゃ、相手の印象に残りませんから。少しでも記憶に残る紹介のされ方をしてもらったほうが、後々の取材に役立つんです」

「そういうものなのか」

「はい」

 ようやく納得してくれたのか、オウルは頷いて窓の外を見やる。

「ミノリには、教えてもらうことばかりだな」

 彼の口が小さく動いた気がして、わたしはわざとらしく顔を近づける。

「オウルさん、何か言いましたか」

「いや、なんでもない」

「えー、なんかいいことを言ってた気がするんですけど」

「聞こえてるじゃないか」

「やっぱり、何か言ってたんですね!」

 もういいだろう、という雰囲気でオウルは片手でわたしを追い払うしぐさをみせた。わたしは声を上げて笑う。

 NOAH号での航行を通じて、オウルは少し丸くなった気がする。クルーメイトの多くが「オウルさん」と呼ぶようになったのもその証拠だ。この調子で柔らかい雰囲気になってくれたらわたしも嬉しい。

 なぜ嬉しいのかはよくわからないが、きっと気難しい子どもを育てる親のような気持ちなのだろう。そんなことを言ったらオウルに怒られるから、心の中にしまっておくが。


 あっという間に見えなくなったカプセルの行く先を、わたしたちはいつまでも眺めていた。

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