18、新たな任務
「キャプテ、オウルさん!休憩ですか」
「ああ」
「お疲れさまです」
「お前もな」
進行方向先の通路で、男性クルーとオウルがすれちがう声がする。男性クルーのほうは以前、オウルの前ではがちがちに固まってしまい「キャプテン・オウル」と呼んでいた。それが今やわたしと同じくオウルさん呼びになっている。要因はひとつだけではないだろうが、「方舟の住人たち」に載せたオウルの記事のおかげだと思いたい。実際のところ、ずいぶんと反響があったし、道行くクルーメイトたちがオウルを敬遠する雰囲気が無くなった。ジャーナリストを本職とする宇宙移行士として、いい仕事ができたんじゃないだろうか。
鼻高々な気分出歩いていると、向かいから来たオウルに呼び止められる。
「ミノリ」
「はい」
ほぼ同時に立ち止まったわたしたちは、身体の向きはそのままに視線だけをお互いに合わせた。
「頼みたい仕事がある。三十分後にオペレーター室に来てもらえるか」
「三十分後って、わたしオペレーター業務のシフト中ですけど」
「シフト中で構わない。仕事の片手間に聞いて欲しい」
「承知しました」
突然何の話だろうといぶかしみつつも、船長の業務命令に背くこともないので素直に従うことにして、一旦頭の片隅へと追いやった。
☆ ★ ☆
「来たか」
きっちり三十分後。わたしがオペレーター室の扉をくぐるとオウルが船長席から立ち上がった。特に何も言われなかったので自分のオペレーター席に座ると、彼がゆっくり近づいてくる。
「計算通りであればあと二か月で、新星に到達する見込みだ」
「はい」
それはシミュレーション上でも、オペレーターの画面でも提示されていることだ。自明の事実に相槌をうつと、彼は手のひら大のカプセルを取り出して見せた。
「そこで、OLIVE号に向けてメッセージを打ち出そうと思う。残念ながら向こうから返信する術はないだろうが、うまく情報を送ることができれば、俺たちの船の規模や載っている人材などを事前に伝えて、準備してもらうことが可能だ。そのためにも、メッセージ送信は意味があると考えている」
カプセルは薬の錠剤のような仕組みになっていて、特定の操作を経るとロックが解除されるようだ。中には文章が書ける紙きれが収まっている。
「電子書面にはできないんですか? さすがにアナログすぎません?」
昔、ガラス瓶の中に手紙を入れて海に流すというイベントが地球であったことを思い出す。環境への配慮を理由に禁止されたが、オウルがやろうとしているのはそれに近い。宇宙船同士のやりとりというハイテクの極みの空間において、紙での文通などずいぶんローカルすぎやしないか。そう考えたのだが、オウルはわずかに顔をしかめる。
「NOAH号の速度で二か月かかる距離だ。カプセルにバッテリーを搭載することも不可能ではないが、電気と技術とスペースの無駄だ。であれば紙を詰め込んで、可能な限り多くの情報を届けた方がいいだろう。そこでミノリの出番だ」
「はい?」
意味が分からずに問いかけると、オウルはカプセルの中から紙を取り出した。紙は意外とかさばる。数回折りたたまれているそれは、広げるとA3の大きさになる。
「ミノリには、カプセルに入れる文章を作成してもらいたい。OLIVE号に届けるべき情報は俺がまとめておく。ミノリはそれを読み、必要最低限の文章表現に書き換えて、A3用紙におさまる大きさに整理するんだ。もちろん、読みやすい字の大きさでな」
そこでようやく、オウルがわたしを指名してきた意図を理解する。わたしのジャーナリストとしての文章推敲能力を以て、字数制限のあるカプセルに書く文章を整えてほしいということか。確かにわたしの得意分野ではある。
「期間はどれくらいですか?」
引き受けることを前提で――オウルも断られるとは思っていないだろうが――質問すると、オウルは紙をカプセルにしまい鍵をかける。
「できれば明日までだ。既に俺のほうで元となる原稿は作ってある。週に一回のペースでカプセルを打ち出そうと考えているから、その頻度で紙原稿を作るのだと考えてほしい」
「つまり今からオウルさんの原稿を読んで、わたしがまとめて、それを再度オウルさんにチェックしてもらってからカプセル内の紙に転記するってことですね?」
「そうだ」
わたしの確認に頷いたオウルは、手元のタブレット端末を叩く。
「いま、ミノリにデータを送信した。ミノリに追加の仕事を頼んだことはマネージャーにも伝えてあるから、業務時間内に対応してもらって構わない。うまく時間を工面して作業してほしい」
「承知しました」
「では、頼んだぞ」
隣のオペレーター席で、マネージャーがOKサインを作っているのを確認してからわたしは頷く。オウルも一つ頷き、オペレーター室から出て行った。
「オウルさんから話は聞いている。ミノリ、今はさほどオペレーション業務が忙しくないから、今言われた仕事に注力してもらって構わないぞ」
「わかりました。ありがとうございます」
マネージャーの言葉に謝意を示して、わたしは早速送られてきた文面に目を通した。中にはNOAH号の現在位置や近況、搭載している物資の中身やクルーの名前とそれぞれの役割などが箇条書きで記載されている。既に十分簡潔にまとめられているが、箇条書きは意外とスペースをとる。一般的な文章の形にすることで無駄な余白をなくし、読みやすく、かつなるべく多くの情報を詰め込むのがわたしの仕事だ。
――オペレーターとしての業務より、こっちの方が性に合ってるから願ったりかなったり、といったところだ――
そんな感想を抱きながら、わたしは早速文章の作成にとりかかった。
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