17、梟と鶴の出会い②
「多少、話が逸れたな。ともかく『オリーブと鳩』の計画をにおわせる雑誌記事を読んでから、クレインは宇宙飛行士を本格的に目指し始める。そして事あるごとに俺にも計画に乗るよう勧めてきた。俺は未だ雑誌記事の内容を信じ切れていなかったが、疑念を呈するたびに彼は言った。”信用するんじゃなくて、実現するんだよ。僕たちの力で”とな」
「よほど、ドクター・クレインはオウルさんのことを信頼していたんですね」
「どうだかな。しかし、人間は同じ言葉を言われ続けると、その気になってしまうものらしい」
再び苦笑いを浮かべているオウルは、視線を下に向けた。
「クレインにいくらそそのかされても、俺は宇宙飛行士にはならないと言い続けてきた。クレインの才能があれば、彼はなれるかもしれない。だが俺にはそこまでの力も人望もないし、ましてや宇宙で働くなんてまっぴらごめんだったからな。だが、クレインはあきらめなかった」
オウルはひと呼吸おいて、顔を上げる。
「何度目かの誘いを断った時、クレインは説得してきた。“オウルは、僕にはない才能をもっている。宇宙飛行士として飛び立つのは僕一人かもしれないけれど、計画を完遂させるには君の力が不可欠だ。君は僕とは違う方法で、僕を助けてくれる”とな」
「それが、宇宙移行士になる、ということだったんでしょうかね?」
だとしたら不可解だ。いくらクレインの勧めで宇宙に関する勉強をするようになったとはいえ、職業としての宇宙移行士に対するアレルギーは強かっただろう。彼にあえて宇宙移行士を勧めるだろうか。オウルはわずかに目を伏せる。
「俺も意味が分からなかった。どうやって助けるんだと尋ねたら、“それは、未来の君がわかっているよ”と告げられた。未来のことなんて誰にも分らない。だから反論できなくて、話を打ち切った」
「なんだか、言い逃げみたいですね」
「ああ……」
天井を見上げたオウルは、続ける言葉に迷っているようだった。
「クレインは基本的には論理的に話す奴だが、時折さっきみたいな、論拠のないことを断定的に口にすることがある。俺は非論理的な話が苦手だから、そのたびに誤魔化していたが。今考えれば、俺の将来を見透かされていたのかもしれないな」
「オウルさんは結果的に宇宙移行士になって、ドクター・クレインを追いかける仕事をしているんですものね」
何だか、わたしたちの行動すべてがクレインの掌で転がされているような気がしてきた。彼を知らないわたしからすると少々腹立たしい話だが、当のオウルはそうでもないらしい。
「結局、俺の仕事上の適性は宇宙移行士にあるとわかったとき、クレインの言葉を思い出した。そのときすでに彼は宇宙飛行士という職業を復活させていて、新星開拓計画を動かしていたから、もう協力するよりほかないと覚悟を決める。結局、クレインの断定的な言葉は気分に任せた直感などではなく、俺の性格と得意分野を熟知していたことによる直観によるものだったんだな」
「なんだか納得がいかないんですけど。オウルさんはそれで満足なんですか? 嫌っていた宇宙移行士になってまで、ドクター・クレインの後を追うことに」
重ねての問いかけに、オウルははっきりと頷く。その仕草には迷いが無いように見えた。
「ああ。クレインの信頼に応えてやるのも悪くない。そう思ってここまでやってきた。いまさら後悔はないし、俺は今父親がやっていた宇宙移行士とは全く違う仕事をしている。父親への不信感はまだあるが、別に俺の人生を左右させるつもりはない。悪くない人生を送っていると考えている」
「なら、よかったですけど」
「ミノリは、不満があるのか?」
逆に問い返されて、返答に詰まる。クレインに対するもやっとした感情は、オウルにぶつけても無意味な気がした。とはいえ、わたしたちの関係性からして変に誤魔化すと、後でしこりが残るようにも思う。だから正直に答えることにした。
「なんだか、全部ドクター・クレインの思いのままって感じじゃないですか。わたし、他人に自分の人生を強制されている感じがすると嫌なんですよね。オウルさんの話を聞いて、オウルさんとドクター・クレインの関係はまさにそんな雰囲気だと思ったもので」
「ミノリもクレインに会ってみればわかる。あいつがどんな人間か、なぜ俺がここまでしてやっているのか、直接言動に触れれば理解できるはずだ。人間関係の機微を察知するのは、俺より遥かに得意だろう」
オウルの答えに、わたしはしぶしぶ頷いた。というより今は理解を見せるほかない。どのみち向かう先にクレインがいる可能性は高い。彼に直接取材をするのが手っ取り早いということはわかっている。クレインへの取材は、わたしがNOAH号に乗り込んだ目的のひとつでもある。オウルの話を聞いて、取材対象としての興味関心はますますつのった。
「ああ、壁新聞に書く出会いの経緯は、あまり仔細じゃなくていい。これから行く先にクレインがいるんだ。ミノリのようにあまり先入観を持ってほしくない」
最後に付け加えられた言葉に、わたしも当初の目的を思い出す。いまからオウルの話をまとめて、記事にしなければならない。それもクレインに過度なマイナスイメージを(その逆も)抱かせない内容に編集して。なかなか重労働だと思いつつ、わたしは腰を上げた。
「了解です。では、二、三章の添削はお願いします。わたしはその間に今日伺った話をベースに、一章の記事を仕上げますから。後日そちらも見ていただいて、『方舟の住人たち』に掲載します」
「わかった。期日はどれくらいだ」
「二週間後には掲載したいので、とりあえず一週間後ですかね」
「承知した」
席を立ったオウルは、わたしより先に食堂から出ていく。船長は忙しい。わずかな空き時間でこれだけの話を聞けたのは僥倖だ。
「絶対、オウルさんの好感度を上げる記事にしますから! 期待していてくださいね!」
通路を曲がりかけたオウルが軽く手を上げて去っていく。その表情は読み取れなかったが、彼とクルーの距離感を縮めるミッションは重大だ。ジャーナリストとしての腕をしっかり振るわねばならないと、気合を入れ直した。
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