16、梟と鶴の出会い①
「先ほど、三章構成にすると言っていたな。それにしては文章のバランスが悪いように思うが」
オウルの鋭い指摘に、わたしは間髪を入れずに頷く。
「はい。わたしが事前調査とオウルさんから聞いた話でわかっているのは、二章と三章、具体的に言えば「オリーブと鳩」の計画を動かすようになってからと、今のNOAH号での活動です。一章にあたる部分としてオウルさんの生い立ちはわかっていますが、ドクター・クレインとの出会いや与えられた影響についてはまだよく知らないので。そのあたりについて、今日は詳しく伺いたいんです」
「クレインとの出会い、か。そんなことが記事になるのか」
「もちろんです」
若干顔をしかめているのは記事にされることの不快さゆえか、彼にとっては些細なことが記事になるのかという疑問ゆえか。目を見て後者だと判断したわたしは、続ける言葉に力をこめる。
「オウルさんが『オリーブと鳩』の計画に携わるようになったのは、ドクター・クレインの存在がきっかけですよね。であれば二章と三章の話を展開する際の前提として、ドクター・クレインとの関係性についての記述は避けて通れません。そこがあって初めて、オウルさんの行動理由が明らかになりますから」
「……そうか。確かに、『オリーブと鳩』はクレインが主導した計画といえる」
淡々と答えたオウルは、しばらく原稿を眺めていたがひとつ頷いた。
「客観的にみて、彼は天才だった。例えば大学のレポートは独創的と評価されるし、学科試験では常に圧倒的な首位をマークしている。大学は飛び級しているし、大学院には特待生扱いで、主席入学を果たしている」
「でもオウルさんだって、飛び級しているんですよね」
確かクレインとオウルは同い年だったはずだ。そう思い問いかけると彼は頷く。
「まあ、飛び級自体は大して珍しいことではない。ともあれクレインと常に行動を共にしていた俺は、『クレインの寄生虫』と揶揄されることもしばしばあった」
「そんなに、一緒にいたんですか?」
「俺としてはべったりしていたつもりはない。事あるごとにクレインが構ってくる。そんな関係だった」
男性同士でそこまで――揶揄されるほど――行動を共にするのは珍しい。しかもオウルの言い方だと、クレインのほうがオウルに近寄ってきたという印象を受ける。天才と称されていたクレインを惹きつける何かを持っていたということなのだろうか。
「嫌味を浴びせてくる連中に対して、クレインはいつもこう言った。“オウルは、僕にはない才能を持っている。彼がいて初めて、僕が成り立つのさ”とな」
「それは、どういう意味なんでしょう」
「さあな」
オウルは軽く頭を振る。表情を見る限り、本当に心当たりが無いようだった。
「そもそも最初の出会いも、授業が一緒だったとかで、授業後にクレインが俺に話しかけてきたのがきっかけだ。確か、俺のレポートが興味深かったとか、そんな理由だったと思う」
「ドクター・クレインが気になったというレポートを見せていただくことはできますか?」
「学生時代のレポートなんて、もう持っていない。内容も覚えていない」
「では、分野は?」
重ねての問いかけに、オウルは首を横に振る。
「クレインと被っていた授業だから、物理学系だとは思うが。俺は入学した時には宇宙に興味はなかったから、近隣分野だろう」
「ということは、たまたま取った物理学の授業で、オウルさんのレポートが目に留まって、ドクター・クレインが話しかけてきたと」
「まあそんなところだな」
わたしのまとめにオウルは無表情で肯定する。
「俺はこんな性格だし、人気者のクレインと一緒にいる寄生虫だっていうんで、ほかに友人はできなかった。最初のうちはクレインがやたらと構ってくるのが面倒でいちいち睨みつけていたから、余計に周囲の反感を買ったんだろう。別に、友人作りのために大学に行ったわけではないから気にしてはいないが」
彼はそういうが、クレインとオウルという狭いコミュニティに押し込められていたことで、「オリーブと鳩」の計画に巻き込まれる羽目になったのではないだろうか。思考を巡らせていると、オウルのほうから計画の話を口にしてくれる。
「『オリーブと鳩』の計画を聞いたのも、クレインからだった」
わたしが心もち身を乗り出すと、オウルはそれを抑えるように手を前に出してから、遠くのほうを見やる。
「休み時間だったと思うが、クレインは急に雑誌の記事を持ち出してきた。タイトルは『人類が住める星が見つかる――オリーブを見つける鳩の育成が課題――』だったと思う」
彼の言葉に身体を固くする。まさに、わたしが計画を知るきっかけになった記事だったからだ。しかし情報の裏取りをしようとしたころには出版社が倒産しており、執筆者もわからずじまいである。故に記事を足掛かりに情報を探るのは無理だと思っていたのだが、まさかいまその話が出てくるとは。
「最初は胡散臭い宗教団体の宣伝記事かと思った。だがクレインがそんなものを俺に示すはずもない。読み進めていくと、新星が発見されたがそこに派遣すべき人材が今は存在しない。新星を実地調査して、データを持ち帰るための存在が必要だという内容だった」
内容も、わたしが聞いたものと一致している。
「記事を見せてきたクレインは、俺に宇宙飛行士を目指すと宣言してきた」
「いきなり、ですか」
いくら優秀とはいえ、胡散臭い雑誌記事ひとつで存在しない宇宙飛行士を目指すなど、無謀にもほどがある。
「元々、クレインは宇宙……いや外宇宙といったほうがいいか。スペースコロニー群の外に広がる世界に常々興味を抱いている」
「それは、研究対象としてですか? あるいは、個人的な興味で?」
現在宇宙といえば人工衛星やスペースコロニーといった居住環境を指し、大抵の場合それらは移民対策とセットで語られ、あまりプラスのイメージを持たれていない。もっと外に視野を向けている人はほとんどいないといっていいだろう。
「どちらもだろうな。“いずれ人々は地に足をついた生活をしたくなる日が来る。そのためには人の住める土地を見つけなければならない”と彼はよく言っていたし、授業も宇宙物理学だとか宇宙工学だとか、とにかく宇宙と名がつくものを多く受講していたからな。中には俺も強く勧められて受講したものもある」
「オウルさん、嫌じゃなかったんですか? 宇宙移行士には、なりたくなかったんですよね。それなのに宇宙を学ぶことを強制されて」
「クレインに諭されたんだ」
オウルは苦笑いを浮かべていた。
「“確かに君の父親は優れた親とはいえない。でも、君は君の人生を歩むべきだ。今は、地球だけで生きる時代ではない。尊敬に値しない親の影響を受けて、素晴らしい授業を受けそびれるなんて勿体ないと思わないかい?”と。最初のうちは抵抗していたんだが、クレインと話しているうちにそんな自分が馬鹿らしくなってきた。押しに負けて宇宙物理学の授業を受けてみたら案外興味深かったので、そのままなし崩しでクレインと同じ専攻になった形だな」
「オウルさん、けっこう大人だったんですね。親のことをそうやって割り切れるなんて」
「クレインは相当しつこかったからな。言い返すエネルギーが無駄だと気づいたんだ」
口では無駄だとか馬鹿らしいとか言っているが、オウルの様子からしてその選択を後悔している風ではない。むろん、彼についていった結果今があるのだから、当然といえば当然だろうが。
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