15、オウルへの取材
十メートルほど先の通路で、左に曲がろうとしているオウルを見つけた。最近、彼は何かを察したのかわたしを見つけると距離をおこうとするので、多少離れているからといって見逃すわけにはいかない。
「オウルさーん」
声をかけつつ、床を蹴って一気に距離を詰める。オウルは角を曲がりかけたところで立ち止まっている。奥から別の男性クルーの声がした。
「っと、失礼しました、キャプテン」
「その呼び名はやめろ。……普通でいいから」
曲がろうとした先に男性クルーがいて、ぶつかりそうになったらしい。明らかに気が急いていたのはオウルのほう――つまり衝突未遂の責任はオウルのほうにある――にもかかわらず、男性クルーは恐縮している様子だ。
「い、いえ、そんな恐れ多いです」
「こういう人が多いから、取材させてほしいんですけど?」
ぐだぐだしているうちに追いついたので、オウルの真後ろで立ち止まる。背中越しにちらりと見やると、やはり申し訳なさそうに肩をすくめている男性クルーの姿があった。彼はわたしの声に反応したのか、目が合う。
「しゅ、取材ですか?」
「そう。食堂に掲示してある『方舟の住人たち』のコラム。近いうちにオウルさんの特集号を組みたくてね」
彼の問いに答えつつ、わたしはオウルの腰に通されたベルトをしっかりと掴む。男性クルーとわたしが会話しているすきにこっそり逃げ出そうとする雰囲気を感じたのだ。案の定、オウルは恨めしそうな顔をしてわたしのほうを振り返る。
「さすがにもう逃がしませんよ。オウルさんもわかってるでしょう?一人一人にいちから話しかけるより、記事で読んでもらった方がスムーズだって」
オウルは嫌そうな顔をして顔をそむける。わたしはいったん彼の反応を無視して、大きな声でひとりごとをいう。
「寡黙・沈黙・黙殺の三黙と名高い船長のイメージを覆すべく、個人史を書きたいんだけどねぇ。いつも逃げられてて。今日こそは、答えてもらいますよ」
「その三黙とやらを広めたのはお前だろう……」
ようやくオウルは観念したらしい。両手を上げて「降参」のポーズをとった。
「で、食堂に行けばいいのか」
これは暗に取材を認められたも同然。わたしは心の中でガッツポーズをする。
「はい! あ、オウルさんの個室でもいいですよ」
むしろオウルの取材をするのであれば、船長室のほうが色々と資料も手に入るかもしれない。その考えは彼に見透かされていたらしい。
「ミノリに部屋を漁られてたまるか」
「家主の前で家探しはしませんよ」
「どうだか」
口ではOKを出したものの、気分は乗らないらしい。オウルはわたしに引きずられるようにして食堂方面へと流れていく。わたしたちの様子を呆然とした表情で眺めている男性クルーに手を振ってから、わたしは床を軽く蹴った。二人の身体がふわりと浮き上がり進行方向へとゆっくり動く。お互いに無言だが、食堂は近い。大して気まずいと感じる間もなくたどり着いた。
珍しいことに、食堂には誰もいない。もっとも、わたしが無人になるタイミングを見計らってオウルを探していたのだが。入って一番奥の席に向かい合って腰かけると、オウルはタブレット端末を腰のポーチから取り出し操作する。
「オウルさんも、『方舟の住人たち』は読んでますよね」
「食堂への掲載許可を出しているのは俺だからな。記事の内容は、クルーにも好評だと聞いている」
むろん、船内の掲示物は全てオウルの許可を得ることになっている。ゆえに「箱舟の住人たち」の記事も“確認”してもらっていることは事実なのだが、彼がどこまで読んでいるのかは不明瞭だ。
「オウルさん、中身読んでますか?」
重ねて問いかけると、オウルは手元のタブレット端末を見たまま頷く。
「ああ」
「本当に?」
わたしは思わず首をかしげる。彼はいつもリアクションに乏しいので、どこまで本音で答えてくれているのかわかりかねる。特に、いまのように目が合っていないときは感情をくみ取ることが難しい。
「『箱舟の住人たち』が好評なのは知っているし、俺もいい取り組みだと思う。だが、俺の過去はミノリがすでに調査済みだろう? 面白いエピソードは無いぞ」
どうやら、「箱舟の住人たち」でどんな記事を掲載しているのかは把握してくれているらしい。とはいえ、わたしが今持っている情報は宇宙移行士の資格を取る前に得た紙面調査と、「モーセ」の管制室での雑談で得たコメントに限られる。まだまだ彼には聞きたいことが残っている。
「オウルさんの過去は、紙面と伝聞で得た無機質な情報にすぎません。生身のオウルさんの言葉があって初めて、情報が生き物になるんです」
「無機質な情報が、生き物になる……?」
首を傾げたオウルに、もどかしい気持ちが募る。ジャーナリスト的な砕けた言い方をしたつもりだったが、彼にとっては逆効果だったらしい。頭の固い彼らしい突っ込みではあるが。
「あーもう、頭で考えないでください!要は今の言葉で、過去のあなたの話を聞くことに意味があるんです」
あいまいながらもオウルが頷くのを見て、わたしも自分のタブレット端末を取り出した。
「オウルさんの記事は、三章構成にするつもりです。一章がドクター・クレインとの出会い、二章が「オリーブと鳩」の推進、三章が宇宙船NOAHの生活ですね。一章一話じゃ到底書ききれないので、長編になりますよ」
「どこまで仔細に書く気なんだ?」
「許可いただけるのであれば、どこまででも」
「やめておけ」
「そういわれると思ったので、大まかな原稿を作ってきました」
多忙なオウルをいつ捕まえられるかわからないので、準備は抜かりない。わたしがタブレット端末に原稿の下書きを用意すると、彼は顔をしかめた。
「俺から直接話を聞くんじゃなかったのか?」
「といっても、オウルさんにキーワードを振っただけでは話が膨らまないので。わたしが書いたつたない原稿への突っ込みだったら得意でしょう? 記事、いつも読んでくれていますもんね」
気まずそうに目線をそらしたオウルをほほえましく思いながらも、わたしは手早く端末を操作して、彼の端末に原稿データを送付した。
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