14、「方舟の住人たち」

 わたしが食堂の前を通りかかると、中からにぎやかな声が聞こえてきた。思わず立ち止まり中を覗き込む。壁面に付けられたモニターを見ながら、食事中のクルーメイトたちが言葉を交わしているようだ。

「まさかバラフが十人兄弟だったなんてな」

「ウガンダって、人口抑制政策が厳しい国なんだろう? なんでまたそんなに子どもをつくっちまったのかね」

「旧途上国ではよくある話らしいぞ。労働力不足を補うために子どもをたくさん産むって。しかも大きくなったらスペースコロニー送りとはいえ、生活費のほとんどは旧先進国の補助金でまかなってくれる。金銭的負担を負わずにたくさんの子孫を残せるっていうんで、人口抑制策がほとんど成果をあげられていないみたいだな」

「まあ、世界規模で人口が減少したらまずいから、悪いことではないのかもしれないが……」

「いずれにせよバラフは偉いよ。旧先進国の補助金に頼らずに、兄弟たちを地球のいい学校に通わせるために宇宙移行士になったんだろう? 俺だったら、顔も知らない兄弟のためにそこまでのことはしてやれないわ」

「お前は旧先進国出身だもんな」

「そうそう。宇宙で仕事がしてみたいと思って宇宙移行士に応募したけど、バラフみたいに切実な事情を持っている仲間がいるってわかると身が引き締まるよな。俺みたいに恵まれた育ちで、好きな仕事を選べた人間とはモチベーションも全然違うだろうし。尊敬するよ」


 壁新聞作戦は一定の成功をおさめている。わたしは熱心に言葉を交わしているクルーメイトたちに見つからないように、そっとその場を離れた。少し通路を進んだところで、見知った女性が向かい側からやってくるのが見えた。

「ハイ、ミノリ。あなたの作戦は大成功ね。ほんの二週間前まで食堂が静まり返っていたのがウソみたい。今は『箱舟の住人たち』の話題で持ち切りよ」

「ジェイ、ありがとう」

 口角を上げると、ジェイは指を口元にあてて首を傾げた。

「それにしても、新聞の名前ってどういう意味で付けたの?」

「ああ、『箱舟の住人たち』?」

 ジェイの頷きに対して、わたしはほんの少しだけ頭を回転させる。

「そのまんまの意味だよ。わたしたちが乗っているNOAH号の名前は、“ノアの箱舟”のエピソードからとられているでしょう。だからNOAH号イコール箱舟。そこで生活しているクルーは箱舟の住人たち。そんな感じで付けてみたよ」

「わたしはいいネーミングだと思うわ。『NOAH号のクルーメイト紹介』なんていうダサい名前だったら、学級新聞を思い出して読まなかったかもしれないもの。ミノリはネーミングセンスもしゃれているのね」

「一応、オウルさんにも許可を取っているからね。新聞の名前もオウルさんに意見をもらったんだ」

 あまりにも手放しでほめてくれるのがこそばゆくて、真実を告げるとジェイは目を瞬かせた。

「キャプテン・オウルが細かいところまでチェックしてくれているのね。彼、なんだかとっつきにくい感じがして最初は苦手だったけれど、すごく色々なところに気が付く人よね。船長として相応しい人だと思うわ」

「そうだね」


 オウルは真面目すぎるところがある堅物だが、頭が固いというわけではない。視野は広いし、わたしが突然壁新聞を作るといったときも許可を出してくれる柔軟さも持ち合わせている。心の底から同意すると、ジェイはいたずらっぽい表情になった。

「それで、キャプテン・オウルの記事はいつ掲載されるのかしら?」

「オウルさんの?」

 わたしは虚を突かれて問い返す。クルーメイト同士の関係性を円滑化するために作った新聞だ。船長に取材をするという発想が今まで抜け落ちていたのだ。しかしジェイは当然といった雰囲気で頷く。

「だって、この船の乗組員で一番ミステリアスなのはキャプテン・オウルじゃない? 彼が普段何を考えているか、どうして宇宙移行士でありながら宇宙飛行士みたいな真似をしているのか、理由を正確に知っているクルーなんていないんじゃないかしら。みんなきっと、彼のことをよく知りたがっているわ。立場の違いとキャプテン・オウルの性格も相まって、中々話を聞き出せないのだけれど」

「確かに……」

 言われてみればジェイの言う通りで、わたしはうなる。わたし自身は「モーセ」の管制室で夜な夜な話を聞いていたから大筋の経緯を知っているが、知らないクルーも多いだろう。船長の行動目的を把握しているか否かは、NOAH号を動かすモチベーションにも大きく影響してきそうだ。

「そこでミノリ、あなたの出番よ。ミノリはキャプテン・オウルをさん付けで呼べるくらいの間柄じゃない。そのコミュニケーション能力を活かせばきっと、色々な話を聞き出せるわ。それを私たちに共有してほしいの。そうすればみんな、キャプテン・オウルのことをもっとよく知ることができるわ。ミステリアスな彼も素敵だと思うけれど、思いのほか情熱的な一面なんかがわかったらもっと素敵だわ」

「そうだね。名案だよ、ジェイ」


 わたしの頭の中では、オウルに取材すべき内容がどんどんリスト化されていく。わたしが知っていることとまだ知らないことを分けて整理する。ジェイの言う通り、『箱舟の住人たち』の取材を口実にすれば彼のまだ知らない一面をしることができるかもしれない。それはジャーナリストの立場からしても魅力的な提案だった。

「どこかのタイミングでオウルさんのエピソードを掲載できるように、取材計画を練ってみるね。ジェイ、いつもいいアドバイスをくれてありがとう」

「あなたが素晴らしい才能をもっているから、色々と意見を言いやすいのよ。取材頑張ってね」

 ジェイは私にウインクをして――ソムチャイとは違い、さまになっている――すれ違っていった。わたしはオウルに接触できそうな日時と場所をシミュレーションしつつ、オペレーター室へと向かうのだった。

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