13、新たな提案

「壁新聞を作ろうと思うんです」


 船長室の大きな机に手をつき言うとオウルは要領を得ないような顔をした。

「ここで壁新聞? 印刷できるような紙などないぞ」

「相変わらず、頭が固いですね」

 わたしは相変わらずなオウルの塩対応に呆れつつも、こんなところで話を終わらせるわけにはいかないと身を乗り出した。

「新聞は比喩ですよ。具体的には、食堂にある液晶画面をお借りしたいんです」

「ああ、航行情報を掲示している大型モニターか」

 オウルが頷いてくれたのに元気づけられ、わたしは大きく頷く。

「そうです。あそこのモニター、おっしゃる通りいまNOAH号がどこを航行しているかの情報が出ていますけれど、個人端末でも確認できることですよね。それよりは、クルーメイトたちがどんな生い立ちで、どんな事情をもって宇宙船に乗っているのかを書いた壁新聞を貼った方が有益だと思うんです」

「個々人の生い立ちや乗船経緯か。俺は概ねの話は聞いてるが」

「オウルさんが知っていても意味がないんです!」

 わたしは口調を強くする。これはクルー同士のコミュニケーションを活性化させるための策。船長であるオウルが口下手だったとしても、クルー同士が自然とお互いのことを知り、活発な会話が生まれるようにするための起爆剤。そこのところを、彼にはよく理解してもらわなければならない。


「わたしが、NOAH号のクルーメイト全員に取材を試みます。もちろん、関係性には差異がありますし、まずはわたしが比較的話し慣れている『モーセ』管制室での監視業務に就いていたメンバーを取材するつもりです。彼らの生い立ちや、乗船事情をまとめて壁新聞に掲載。一人当たり丸二日程度、記事が見られるようにしておきます。そうすれば、二日のうちのどこかの時間帯で休憩を取ったクルーたちが、各人の情報を目にすることになります」

「つまり、他のクルーメイトの情報を休憩時間に把握することができる、というわけか」

「おっしゃるとおりです」

 大きく頷いて、わたしは壁新聞の試案を書いたタブレット端末を差し出した。中には見本として、わたしの大まかな経歴と乗船理由が書かれている。

「このような情報がクルーメイトの間で共有されていれば、次に記事になった本人に会った時に会話のネタに困りません。同じ仕事をしていても業務上の最低限の会話しかできない、という状況を改善することができます」

「業務上の会話さえ成り立てば、仕事はできると思うが」

「それだけじゃだめですよ」

 コミュニケーションを不得手としているオウルらしい意見が飛んできたが、わたしは強く否定する。


「クルーメイトたちは船内で一年以上、新星に到着したらそれ以上の時間を共にします。家族のように仲良く、とまでは言いませんが、例えばプライベートな悩みを打ち明けられるような関係性を築いておくことは精神衛生上重要ではないでしょうか。住み慣れた地球やスペースコロニーを離れて生活する以上、誰しもが不安な気持ちになることがあるかと思います。そんなときに、互いにフォローしあえるような関係性が築けていたら、うつ状態になることを防ぐことができるはずです」

「なるほどな。メンタルケアのために、互いのことを予め知っておくことが必要だというわけか」

「はい、その通りです」

 わたしの提案の意図をようやく理解してくれたようだ。ほっと胸をなでおろしていると、オウルはタブレット端末を指さす。


「資料には、ミノリの経歴が書かれているが。お前は宇宙移行士になる前、ジャーナリストだったと書かれている。そして『オリーブと鳩』の計画の全貌を知るために宇宙移行士の資格を取ったのだと。それは事実か?」

「はい」

 職歴については質問されると思っていたので、正直に答える。わたしがジャーナリストとして宇宙船に潜り込んでいることは、遅かれ早かればれるだろう。しかしNOAH号が出発してしまった以上、いくら情報スパイ的な嫌疑をかけられたとしても船外につまみ出されることはないはずだ。オウルはそこまで薄情ではないし、あらぬ疑いをかけられない程度の関係性は今まで築けてきていると確信している。

 もっとも、オウルに見せた原稿には、わたしが「オリーブと鳩」に懐疑的な立場であるということは記していない。彼とのコミュニケーションを円滑にするためにも、そこまで馬鹿正直に教える必要はない。それにNOAH号までついてきてしまった以上、百パーセント懐疑的な記事を書くのは難しいだろうという思いもあった。仮に開拓後の新星が移民政策のはけ口に使われてしまうのだとしても、OLIVE号とNOAH号、二つの船が成し遂げようとしていること自体は否定されるものではない。少なくともNOAH号のクルーメイトは、宇宙移民政策の被害者を家族に持つ人が多いようだ。彼らの声を記事にして届けることで、新星を移民の星にされるのを防ぐことができるかもしれない。最近は、そんなことも考えていた。

 クルーメイトひとりひとりの話を記事にしたい理由のひとつは、それもある。もちろん船内でのコミュニケーションの円滑化が第一の目的だが、長期的に「オリーブと鳩」の計画全貌を描いたルポタージュを書く際に、クルーメイトたちがどんな人物で、何を信条として任務にあたっていたかを記録しておくことは有益だと感じるのだ。


「つまりミノリは、自身のジャーナリストという職能とコミュニケーション能力を用いてクルーメイトを取材し、彼らのことがわかるような壁新聞を作る。壁新聞を見たクルーたちのコミュニケーションを促進するために。そういうわけだな」

「おっしゃる通りです」

 わたしの職歴についてオウルがどう思ったのかはわからないが、少なくともそれ以上の追求はなかった。ただわたしが持ち込んだ企画内容の再確認をされて、再度頷く。オウルは一つ頷き、タブレット端末を返却した。


「話はわかった。壁新聞の発行を認める。ただし条件が二つある。まず、クルーメイトたちの業務時間や休憩時間を必要以上に邪魔しないこと。取材時間が長引いたせいで十分な睡眠がとれなかった、などということがあれば仕事にさしさわりがあるからな」

「わかりました」

 彼の言うことはもっともだと思い、了承の意を示す。取材の際は極力、取材相手の心身の負担が少ない環境を用意すること。これはフリーのジャーナリストの基本だ。

「二つ目に、壁新聞を掲示する前に必ず俺のところに原稿を持ってくること。文章を書くのはミノリだが、文章を発行することに対する責任は俺が負う。仮に壁新聞の内容でトラブルが発生した場合、文句が来るのがミノリではなく俺に来るようにした方が何かと穏便に済ませられるだろう」

「優しいですね、オウルさん」

「船長はクルーメイトの行動に対し責任がある。壁新聞の発行を許可したのは俺だから、責任は当然俺にあるだろう」

 個人で書いた文章の責任を、偉い人が取ってくれるというケースはなかなかない。フリーのジャーナリストという立場でいるとなおさらだ。記名記事に対する批判は、ジャーナリスト本人に行くのがふつうである。それをオウルは自分が責任を取ると言ってくれた。ならば、わたしは大手を振って取材をすることができる。

「じゃあ、キャプテン・オウルの許可も得られたことですし、早速今日から取材を始めますね」

「ああ。必ずさっき言った二つを守れよ」

「承知しました! では失礼します」

 オウルの念押しに元気よく返事をして、わたしは軽い足取りで船長室を出た。頭の中では、既に誰から取材すべきかというリストがピックアップされていた。

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