12、静寂による支配②
「バラフ、隣いい?」
「……ああ、ミノリか」
男性クルー……バラフは顔をあげると小さく頷き、左隣の椅子を引いてくれる。わたしは腰かけながら、彼に問いかける。
「
バラフはびくりと肩を震わせ、
「そういえばミノリはスワヒリ語も話せるんだったな」
と呟いたのち、言語を切り替えて問い返してくる。
「Je, ninapaswa kuzungumzaje na watu katika hewa hii nyeupe?(こんな白けた空気の中、どうやって人と話せばいいっていうんだよ)」
同じくスワヒリ語で返ってきた内容に、わたしは冷たいハンバーグをかじりながら思わず苦笑いを浮かべる。
バラフは「モーセ」での監視業務にあたっていたクルーの中でもとりわけ気難しいほうで、オウルに噛みつくこともしばしばある。以前、仕事内容に文句をいって管制室を飛び出したのも彼だ。そのおかげでオウルの出征についての情報を得ることができたから、わたしはひそかに感謝しているのだが。
「Je, hujali ni mtu wa aina gani utafanya naye kazi kuanzia sasa?(これから一緒に働く人がどんな人か、気にならないの?)」
「Wakati mwingine ni rahisi kutojua. Na mimi si mzuri katika kuzungumza na watu.(知らない方が楽なこともある。それに俺は人と話すのが得意じゃない。)」
彼の答えに、わたし自身、バラフのことをよく知らないことに気づいた。彼は仕事中も雑談をしないタイプのため、シフトがかぶった時もほとんどしゃべることはなかった。彼がウガンダ出身で、人口増加に伴う移民政策で兄弟全員がスペースコロニー送りになったということ。彼自身は長男だから地球に残れたが、兄弟たちの生活環境を少しでも良くするために宇宙移行士を志したということは以前聞いた。しかしそんな彼が、なぜスペースコロニーから遠く離れたNOAH号での業務に従事しようと思ったのかは聞いていない。今こそ確認するチャンスかもしれない。
「どうしてNOAH号で仕事をしようと思ったの?」
この質問は周りに聞かれても構わない――むしろ聞こえた方が会話が広がるかもしれない――と思い標準語で問いかける。わたしの意図に気づいたのか、バラフは少し顔をしかめたが次に口を開いた時、出てきたのは同じく標準語だった。
「給料がいいからだ。俺はスペースコロニーで働いたこともあるが、あそこの衣食住や衛生環境は悪くない。兄弟が安全に暮らせているのならば、次に大事なのは金だ。地球の学校に通わせてやれるだけの金があれば、スペースコロニー出身者だと言って見下してくる連中を見返すことができる。幸い、俺の兄弟は皆勉強が好きだからな。金さえあれば全員を地球に戻してやれるかもしれない」
「本当にバラフは兄弟思いだね」
「自分の血を分けた家族だ。当たり前だろう」
バラフは自分の考えを一ミリも疑っていないように言い切る。彼らしい迷いのない答えに、わたしも納得した。彼の仕事の基準は全て、「兄弟たちが心身共に健康で暮らせるか」で測られている。それが満たされるなら何でもするというのが彼のスタンスだ。何度も頷いていると横から控えめな声がした。
「ええっと……君の家族もスペースコロニー居住者なの?」
わたしが横を見ると、向かって左斜め前に座っていた男性がバラフの方を見て問いかけてきていた。バラフはむっとした表情を浮かべる。
「旧先進国のエゴのせいで、兄弟が全員そうだ。両親は地球にいる」
「じゃあ、僕と一緒だね。僕も弟と妹がひとりずついるけれど、二人とも人口抑制策のためにスペースコロニー送りに遭った。仕事柄彼らに会いに行くことはできたけど、おとなしく現状に耐えていたよ。よければ君の兄弟の話も聞かせてくれないか」
物腰が柔らかな男性の言葉に、バラフは心持ち表情をやわらげた。彼は真顔でも起こっているように見えるのが玉に瑕だが、向かいに座る男性はあまり気にしていない様子である。
「俺の兄弟は九人いるが、皆優秀だ。まず次男だが……」
バラフが身の上話を始めたタイミングで、わたしはさりげなく席を立つ。もう彼らは大丈夫だろう。二人の会話を聞いて周りの人たちも話し始めるかもしれない。
パンが入っていた缶と野菜ジュースおよびハンバーグが入っていたパウチを片付けにジェイのもとへ行くと、彼女はにっと口角を上げてみせた。
「さすがミノリね。瞬く間に会話が始まったわ」
「みんな、きっかけがなくてためらっているだけだよ。バラフはとりわけ警戒心が強いひとだし。でもみんな、宇宙移行士をやっていけるだけの社交性はあるはずだから、一度お互いのことを少しでも知ってしまえばすぐに会話が成立する」
わたしも笑顔で答えると、ジェイはうーんとうなった。
「次の課題はそこね。ミノリの理論で言えば、休憩時間が被るクルーメイト同士であればいずれ会話が広がってお互いのことをよく知ることができる。でも、シフトが被らない人同士や、同じシフトでも会話を始めることができないグループがいたら、関係性が深まらない。何かいい手があればいいのだけれど」
「ジェイは、みんながコミュニケーションを取れる環境を望んでいるんだね」
いいことだと思いつつ問いかけると、ジェイは大きく頷いた。
「もちろん。だって年単位で生活を共にする仲間でしょう? そりゃ、馬の合わない人もいるかもしれないけれど、仲良く仕事をするに越したことはないじゃない。それがお互いだんまりだったら、はかどる仕事もはかどらなくなるわ」
ジェイのいうことはもっともだ。コミュニケーションが円滑な職場であるほど、仕事の生産性が上がると言われているし、事実そうだと思う。わたしも、自分の能力を活かして何らかの策を講じるべきかもしれない。
「そうだね。わたしも何か考えてみる」
「いいわね。頼んだわよ、ミノリ。貴方の得意分野でしょう」
全権委任をするかのようなジェイの物言いにほんの少しだけ、苦笑いを浮かべてしまう。
「なにかいい案が浮かべばよいのだけどね」
「絶対浮かぶわ。あなたならできる」
とはいえ期待してもらえるのは悪い気分ではない。わたしは大きく頷いて、食堂を後にした。
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