2章 NOAH号編
11、静寂による支配①
「NOAH号、安定航行に入りました」
マネージャーからの報告で、船内にほっと一息つく空気が流れた。
OLIVE号からの信号を受信して一年後。オウルは後発の宇宙船――NOAH号と名付けられた――を完成させ、クルーメイトを集めて新星へ向け出発した。もちろん船長はオウル。「モーセ」の管制室で監視業務にあたっていたメンバーもほとんどが残っている。わたしはマネージャーの隣で液晶画面を見つめ、安定航行を示す青色のマークが点滅しているのを眺めていた。
「よし。一旦の関門はクリアだ。各自、持ち場に着くのは最低限の人員で構わない。シフトを決めて休憩を取ってくれ」
オウルが全員に聞こえる回線を開いて声をかけると、各員が一斉に動き出す。マネージャーはわたしを見て、頷きかける。
「ミノリ、先に休憩をとれ。当面の監視業務はひとまず二人いれば十分だ」
「そうだね。ミノリ、ここは任せておいてよ」
反対側に腰かけていたソムチャイからもへたくそなウインクが飛んできて、わたしは二人に頭を下げる。
「では、お言葉に甘えて。先に休憩をいただきます」
「旅は長い。ゆっくり休んで来いよ」
マネージャーの言葉に再度頭を下げて、わたしはオペレータールームから出た。
発信してから数日はNOAH号の大気圏突破・姿勢安定に意識を注ぎ、ろくに休憩を取れていない。久しぶりにゆっくりごはんを食べたい。味気のない宇宙食であったとしても――昔の宇宙食よりはずいぶん進歩して、美味しくなっているとは聞いているが――、オペレーション画面を見ながら無造作にかぶりつくのと、腰を据えてゆっくり食事をとるのではずいぶん気分も変わるはずだ。
わたしは低重力区画の廊下を蹴り、真っすぐに食堂へと向かう。クルーメイトの仕事は不定期で、休憩が取れる時間帯がばらばらだ。ゆえに食堂では、常に食べ物が用意されている。誰かが取りすぎて食料が無くなってしまわないように監視するのも、食料係の大切な任務だ。
「ジェイ、お疲れ様」
「ハイ、ミノリ。あなたが先に休憩なのね」
食堂の奥で食材を並べていた若い女性に声をかけると、彼女はさっそく乾パンと野菜ジュースとパッキングされた肉――おそらくハンバーグだ――を渡してくれる。ジェイという名を持つ彼女はNOAH号の食料係を任されていて、宇宙移行士として有する特殊技能は植物の同定だ。新星開拓のために必要な人材ということで新たにスカウトされたらしいが、年が近い同性が少ないこともありすぐに仲良くなった。彼女自身も元々明るい気質のようで、話していると気が晴れる。
「ありがとう。ジェイは体調大丈夫? ちゃんと休めてる?」
「問題ないわ。それよりもここの空気の方が心配ね」
ジェイは後半部分は声を潜めて言う。彼女が視線を向けている方を見ると、食堂の全景が見える。もっとも向かい合って十人がやっと座れるくらいの小さな部屋だ。各席では一言も会話が交わされず、黙々と食事をとるクルーメイトたちの姿が見えた。
ジェイはわたしのほうに頭を寄せて、ひそひそと言葉を続ける。
「わたし、NOAH号が大気圏を突破してからずっとここにいるけれど、いつも食堂の雰囲気はこんな感じ。誰もしゃべらないの」
「休憩時間は、他の人と仲良くなる絶好の機会なのに」
わたしが相槌を打つと、ジェイは大きく頷いた。
「でも、みんなお互いのことをよく知らないでしょう? 私みたいについ最近スカウトされた人間ならなおさら。本当はミノリみたいに、長くミスター・オウルのもとで働いている人から積極的に声をかけてくれたらいいのだけど……」
小さくため息をついたジェイはかぶりを振る。つまり、それは実現されていないということだろう。どうやらNOAH号の乗組員でコミュニケーション能力に難があるのはオウルだけではないらしい。わたしは食堂に知り合いがいないかさっと見渡した。そして一人の男性クルーを見つける。
「わかった。ちょっと話してみるね」
「ありがとう。頼むわ」
微笑んだジェイに軽く手を振り、わたしは貰った食料を手に見知った男性クルーのもとへと近づく。
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