10、わたしたちにできること②
「お前にしてはずいぶん弱気じゃないか、ミノリ」
予想外の方向から声が飛んできて、わたしはさっと振り返る。わたしのすぐ後ろに、オウルが立っていた。ソムチャイが丸めていた背筋を伸ばす。
「ミスター・オウル。お疲れ様です」
「ああ。で、ミノリは何を後ろ向きになっている? 面接のとき、俺に“あらゆる国籍の同僚の方と母語でのコミュニケーションが可能となり、より円滑な人間関係を築ける”ようになると言っていたのは詭弁だったのか?」
「それは」
まさかオウルが当時わたしが言ったことを一言一句間違えずに覚えているとは、予想外である。一瞬言葉に詰まったが、振り向いた姿勢のまま言い返す。
「面接の場では多少誇張してでも、自分をよく見せようとしますよ。それに人間関係という意味では、すでに『モーセ』の管制室に勤めている人たちとは全員顔見知りです。わたしが宇宙に出て新たにお役に立てることがあるとは思えません」
「ミノリ」
正面に座るソムチャイが少しなだめるような口調で声をかけてくる。オウル相手に言いたいことを言いすぎだとたしなめているのかもしれない。しかしわたしもオウルもこれくらいの言葉をぶつけ合うことには慣れてきている。実際の所、オウルはわずかに眉を上げただけで、表情を変えない。
「お前の認識には誤解がある。新造の宇宙船の乗組員になるのは、『モーセ』の管制室で監視業務にあたっていた者だけではない。宇宙船の建造に関わったものも含まれるし、もちろん新たに人材採用を試みている。新星のあらゆる情報を整理するためには、監視業務や建造業務とは別の技能を持った者が必要だからな。だからミノリ、お前が宇宙船に乗ったとして、知っているクルーメイトはせいぜい全体の六分の一といったところだろう」
それはそうか、と昂っていた心が若干クールダウンする。確かに監視業務にあたっていた宇宙移行士は、ほとんどがソムチャイのような電気技師かハッカーで、人工衛星の配電や空調管理、オペレーティングシステムの設定などを得意とする人が多い。遠距離航行型の宇宙船を動かすためには、それだけでは足りないだろう。やはりわたしは基本的に文系脳なのだ。そんな単純なことに気づかないなんて。
「確かに、ミノリの能力は直接的な宇宙船の運行にはあまり役に立たないかもしれないな」
「ミスター・オウル」
ばっさりと切り捨てたオウルの発言に、ソムチャイが抗議らしき声をあげる。しかしオウルは気にすることなく言葉を続けた。
「だが、基本的なオペレーション業務はできる。さらに、お前のコミュニケーション能力は、俺にはないものだ。計画の責任者にコミュニケーション能力が欠けているというのは残念な話だがな。ともかく、その力は俺の業務補佐に使えると考えている。クルーメイトをまとめるのも、大切な仕事の一つに違いない」
「つまり、オウルさんにはわたしが必要だって言いたいんですか?」
ちょっと元気が出てきて、冗談を言えるくらいの調子が戻ってきた。からかうように問いかけると、オウルは無表情で首を小さく横に振る。
「決めるのはミノリだ。俺はもしミノリが俺の計画についてくるというのなら、こう使うつもりだという展望を示しただけだ」
「素直じゃないですね」
さらに追い打ちをかけると、オウルはさっと背を向けてしまう。
「悩むのはいいが、俺も人員選定のためにあまり時間をかけていられない。早めに判断して欲しい」
それだけ言うと、オウルは管制室から出ていってしまった。
「オウルさん、いつから話を聞いていたんだろう」
頬を膨らませながらわたしが愚痴りつつ身体を正面に戻すと、少しはらはらした表情のソムチャイと目が合った。
「やっぱり、きみのコミュニケーション能力は凄いね。ミスター・オウルにあんな軽口がきけるなんて。それに、さっきまできみの周りにあったもやもやした空気が無くなった気がするよ。悩み事は解決したかな?」
ソムチャイに確認されて、たしかに悶々と考え込んでいた胸のつかえがとれたとまではいわないが、ずいぶんと軽くなったような感覚がある。
「まだ。でも、少し光明が見えてきた気がする」
なるべく暗く聞こえないように答えると、ソムチャイはにっと口角を上げた。
「いいね。ミスター・オウルも言っていた通り、決めるのは君自身だ。でもぼくからも一言だけ言わせてくれ。ぼくはミノリと一緒に新星で働ける日が来ることを、楽しみにしているよ」
「うん、ありがとう」
笑顔で頷くソムチャイに、わたしも少しだけ微笑んで答える。彼の言葉は裏表がないからよい。話を聞いてくれた二人のためにも、早く結論を出そうと心に決めた。
☆ ★ ☆
「忙しいところ、お呼び立てしてしまい申し訳ありません」
わたしとオウルはいつぞやの面接で使った小部屋で向かい合っていた。あの時と同じくオウルは奥の席に、わたしは手前の椅子に腰かけている。
「問題ない。メールの件だろう。答えは出たのか」
簡潔に続きを促すオウルに、わたしは小さく頷いた。
「はい。新たな宇宙船での新星到達ミッション、わたしにも参加させてください」
ソムチャイとオウルを交えた会話をした日から、ずっと考えていた。わたしにとって、「オリーブと鳩」を調査するメリットは何なのか、デメリットはどれくらい大きいのかを。
オウルと共に短くない時間を過ごしたことで、彼が当初考えていたような世間知らずのおぼっちゃまではないことはよくわかった。計画推進者への嫌悪感を抱くには、オウルはあまりにも実直だった。とはいえ、「オリーブと鳩」が移民政策のはけ口に使われるのではないかという懸念が消えたわけではない。当該計画は地球単位で考えるべき大きな施策だ。簡単に首を突っ込んでよい話題ではないし、逆に調べようと思うのであれば徹底的に調査し、正しい情報を世間に届けなければならない。宇宙移行士になってまでオウルのもとへ潜入したからには、最後まで彼の傍で計画の全貌を見届ける義務があるだろう。
それらの考えに加えて、わたしは純粋にオウルの行く末を見届けたいという気持ちもある。スペースコロニー出身という恵まれない立場である彼が、どんな思いで宇宙移行士になり、宇宙の果ての星を目指すのか。彼を突き動かしているクレインという人物はどんな存在なのか。それを知らないまま計画から降りる気にはなれない。オウルからメールを受け取った日から、わたしの思いはひとつだったのだ。文系出身であることとジャーナリストとしてのほかの業務を理由に挙げて星間飛行から逃げようとしていたのは、単に自分に自信が無かっただけなのだ。わたしらしくもない。
いつだってわたしは、自分が正しいと信じる道を歩いてきた。ならば、今回もそうするだけのこと。宇宙船での往復旅行には数年を要するとはいえ、そこで得た情報は何にも代えがたい財産となるだろう。ただのレポート記事にするのにはもったいない。書籍にまとめた方がいいレベルになるに違いない。そのことを考えると、ジャーナリストとして数年のブランクが生じることなど些細なデメリットであるように思われた。多少知識に時差が生まれたとしても、後から猛勉強して追いつけばいいだけのことだ。
ともあれ色々考えた末の結論だったので、わたしがオウルに発する言葉には重みを込めている。しかし彼はあっさりしたものだ。いつも通り無表情で
「わかった。今後の業務内容は後ほど連絡する。これからもよろしく頼む」
と告げさっさと席を立ってしまった。
「用件は以上か? であれば俺は自分の仕事に戻る」
「はい」
しかしわたしも慣れたものだ。オウルは必要以上のことをしゃべらないし、若干気遣いが足りないと感じることもあるが、決して冷たい人間ではない。それを知っているから、晴れやかな気持ちで口角を上げ、小部屋を後にするオウルに続いて廊下に出た。
これから、わたしの新しい宇宙での生活がはじまる。
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