3、宇宙移行士②

 ミスター・オウルは小さく頷くと、続けて問いを投げ掛けてくる。

「では、ミノリは『オリーブと鳩』のことをどれくらい知っている?」

 何気なく発せられたように聞こえる質問だが、わたしは反射的に身を固くした。先ほどからミスター・オウルの目は笑っていない。わたしが純粋に職を求めてやってきた宇宙移行士ではないということを、彼の瞳によって看破されているのではないかという危惧が頭をもたげる。わたしが「オリーブと鳩」反対派であることは周囲に言いふらしていないから、ばれるはずはないのだが。

 ここはなるべく不自然さを出さないように言葉を選ぶ必要がある。


「……昨年、官報でOLIVE号という名の宇宙船が出航したというのを見て、興味を抱いたんです。今の時代に、遠距離航行型の宇宙船が造られているなんて思いもしませんでしたから。そこからOLIVE号が造られた経緯を調べているうちに、『オリーブと鳩』という計画の存在を知ったんです」

「なるほど」

 ミスター・オウルは淡々と相槌を打つ。その表情からは感情が読み取れず、わたしは背中を冷や汗が流れるのを感じた。嘘はついていない。官報に宇宙船の出航履歴が載るのは事実だし、OLIVE号の製造情報から得た知識も少なくない。問題はわたしの回答を、ミスター・オウルがどう捉えたかだ。

「では、志望動機もそれか? ミノリは『オリーブと鳩』の計画に関わりたい。そういう理解でいいのか?」

 続けて投げられた問いに、わたしは一拍間を置いてから答える。


「はい。ドクター・クレインとミスター・オウルがどのような考えで計画に参画されているのか、興味があったので」

 これは百パーセント本心だ。自信をもってミスター・オウルの眼を見据えると、彼はわずかに首を傾げる。

「計画そのものより、俺たちの考えに興味があるのか?」

「はい」

 すぐに肯定してから、続ける言葉を考える。ジャーナリストとしては、命の鼓動が感じられない計画概要よりも、それに命を吹き込もうとしている人々の方に関心があるのは当たり前なのだが、直接それを言うわけにはいかない。とはいえミスター・オウルは嘘に敏感だ。初対面ではあるが、わたしはジャーナリストとしての勘で察知していた。下手な言い訳をするわけにはいかない。

「計画は、動かす人がいて初めて成り立つものですから。今の時代にアンマッチではないかとすら思える遠大な新星開拓計画を実行に移そうとしているのがどんな人たちで、彼らにはどんな思いがあるのか関心があるのです」

 少し考えた結果、出てきたのはこの言葉だった。アンマッチという言葉を使ってしまったのでミスター・オウルに不快な思いをさせてしまったかもしれないが、それも作戦のうちだ。多少不快になるくらいの事実を差し挟んだ方が、本音で話しているという説得力を持たせることができる。案の定、ミスター・オウルは不快そうなそぶりは見せずに頷く。


「最後の質問だ。ミノリ、宇宙移行士としての君の専門分野、得意分野は何だ」

「多言語コミュニケーション能力です」

 この問いかけにはあらかじめ答えを用意していた。というよりも、仕事に応募した時点で、特殊技能の欄に記載していたからミスター・オウルも知っているはずだ。つまりこの質問は、もう少し詳しく説明しろという意味だろう。

「宇宙移行士として必要な言語能力は英語とロシア語と中国語の三か国語ですよね。三言語は宇宙移行士全員がマスターしているわけですが、わたしはこれらに加えて十七の言語を話すことができます。よって、あらゆる国籍の同僚の方と母語でのコミュニケーションが可能となり、より円滑な人間関係を築けるものと確信しています」

「それはすごいな」

 今日初めて、ミスター・オウルは感嘆の声を上げる。それでも表情筋は動かなかったが。


「ミノリ。君はここでの職場内容を理解し、更には『オリーブと鳩』の計画についても知っており、多言語話者として職場のコミュニケーションの円滑化を図ってくれる。そういう理解で問題ないか」

「はい。採用された場合は、わたしの力をミスター・オウルのために役に立てることを誓います」

 わたしがミスター・オウルの眼を見てはっきり答えると、彼はやや間を置いてから頷く。


「わかった。合格だ。君を採用する。早速だが、来週から来てもらえるか。泊まり込みになるから、荷物の準備を急ぎ頼む。部屋は用意しておくし、業務内容は後で連絡をする。本日は以上だ」

「ありがとうございます」

 わたしが深く頭を下げ、再度顔を上げるとミスター・オウルはすでに立ち上がっていた。

「俺は仕事があるので退出する。君の家は地球だろう? 急いで戻るんだな」

 そういって扉を開けようとするので、わたしは慌てて後をついていく。

 ――面接序盤の本人認証といい、若干コミュニケーション能力に難がありそうね――

 心の中でそう嘆息しつつも、これからが本当の潜入取材のスタートだ。ひとつ深呼吸をして、帰りのシャトル乗り場まで背筋を伸ばして歩いていった。

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