2、宇宙移行士①

 わたしはさっそく、宇宙移行士向けの求人情報をチェックした。

 宇宙移行士は活躍の場が広く、募集も多い。仕事内容は電気工事から空調・給排水の管理、人工衛星やコロニー内の治安維持、清掃、各種サービス業など多岐にわたる。宇宙移行士になろうとする人たちは共通の資格試験を合格するだけの知識があるが、それ以上に各自が専門的な技術や知識を持っている人がほとんどだ。基礎技能と特殊技術を組み合わせることで、彼らは自らの適性に合った職場を見つけていく。

 ささやかな特技はわたしも持っているが、今はあまり関係ない。わたしが希望する職場はただ一つ。そこに採用されるか否かで、宇宙移行士の資格を取った意味の有無が変わってくる。


「……あった」

 一見すると地味な業務内容に、わたしは目を留めた。遠距離航行型の宇宙船の監視業務。宇宙飛行士がいなくなった今、宇宙船と言えばコロニー間や地球から人工衛星までを往復する短距離航行型が主流だ。現在存在している遠距離航行型の宇宙船といえば、「オリーブと鳩」の計画に則り新星に向かい航行中のOLIVE号のこととしか考えられない。わたしは緊張をおさえるためにひとつ息を吸い込んで、求人情報を下まで確認する。

「間違いない、これだ」

 最下部、求人の依頼主の署名にはミスター・オウルと書かれている。これで確定だ。本求人は確実に、「オリーブと鳩」の計画に携わることができる業務に違いない。

 業務内容が単なる監視業務というのもわたしにとっては幸いだ。監視業務は集中力こそ求められるが複雑な機械操作や専門知識が必要な仕事ではない。宇宙移行士を目指すまではいわゆる文系だったわたしにでも務まりそうな内容である。早速、「応募する」のボタンをクリックした。


 ☆ ★ ☆


 二週間後、わたしは人工衛星「モーセ」の中にある国際宇宙センターにいた。働いている人は全員が宇宙移行士だ。速足で移動する人々の間をすり抜けながら、わたしは指定された個室へ向かう。出身国のマナーに則り三回ノックして扉を開けた。何も置かれていない棚とだだっ広い机が置かれているだけの殺風景な部屋に、ひとりの男性がタブレット端末を手に持ち座っている。わたしが部屋に入っても顔を上げないので、思わず声をかけてしまった。


「失礼します。……こちら、『モーセ』管制室での監視業務の面接会場で間違いないでしょうか」

 そこでようやく、男性は顔を上げた。想像したよりも若い――わたしとあまり年が変わらないのかもしれない――顔立ちに、少し驚く。しかしここから面接は始まっている。あまり動揺が顔に出ないようにしながら、机のほうへと近づいた。

「ああ。ここが面接会場で相違ない。お前は面接希望者のミノリ・サカサイだな?」

 男性はぶっきらぼうに答えて、向かい側に置かれた椅子を示す。座っていいということだろうか。わたしは男性の問いに頷きながら、椅子に腰かける。

「はい。本日二時間ほど前に、こちらに到着しました」

「二時間前、か……確かに、シャトルの着艦記録が残っている。顔データも提出されたものと照合した」

 おもむろにタブレット端末を持ち上げた男性は、それをわたしの顔面へと向ける。おそらく本人確認のための顔認証を行ったのだろうが、随分とぞんざいな対応だ。身体の撮影は個人情報の搾取と同じ行為のため、必ず撮影される本人の許可が必要とされている。しかし目の前の男は許可なくそれを行った。本当に面接を受けていいものか、不安になってくる。そんなわたしの心情にかまわず、男性はタブレット端末を机に置き口を開いた。


「では面接を始める。俺は面接担当のオウルだ。ラストネームを覚えてもらう必要はない」

「ミスター・オウル……ではあなたが、『オリーブと鳩』の推進者」

 続けて名乗られた名に、わたしは思わず反応してしまう。目の前のぶっきらぼうで不躾な男こそが、今までわたしが追い求めてきた宇宙移行士のミスター・オウルだというのか。もちろん、彼が責任者を務める業務に対する応募をしたのはわたしなのだが、まさか責任者自らが面接官を務めるとは思ってもみなかった。ミスター・オウルはわたしのリアクションに対してかすかに苦笑いを浮かべる。

「それを知っているのならば話は早い。その通り、俺は『オリーブと鳩』の計画を机上の空論ではなくするために、ここで仕事をしている」

 初回から当たりくじを引いた気分だ。しかも彼は計画に携わっていることを隠す気は無いらしい。この様子であれば何度か探りを入れていけば、遠くない未来に計画の全貌を聞き出せそうだ。そんなわたしの思いに関わらず、ミスター・オウルは話を続ける。


「物理的には楽かもしれないが、精神的には楽な仕事ではない。俺たちが従事している業務はいつ反応が来るかもわからない宇宙船、OLIVE号からのシグナルの返答を待つ仕事だ。もちろん給料は払うが、何年経ってもシグナルは帰ってこないかもしれないし、ひょっとすると一生何の成果も得られずに終わる可能性もある。お前はそんな仕事でも耐えられるか?」

「はい」

 ミスター・オウルの問いかけには即答する。わたしの目的はクレインとオウルが進めている「オリーブと鳩」の計画の全貌を暴くことだ。そのためにはオウルの傍になるべく長い間いて、話を聞きだすだけの関係性を築くことが必要になる。終わりの見えない「待つ」仕事は、うってつけだ。

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