星間飛行――オリーブをくわえた鳩を求めて

水涸 木犀

1章 潜入編

1、誰がために鳩は飛ぶ

「宇宙になんて行くもんじゃないよ」


 それが、わたしの父の口ぐせだった。


 宇宙というと聞こえはいいが、実際に暮らすところは人工の空間だ。人工の空間は過度に楽に過ごせるようにできている。だからどんどん身体も脳も衰える。外に一歩でも出ようものなら、地球とは比べ物にならないくらい過酷な環境があるにもかかわらず、だ。そういった主張をずらずらと並べて、人工衛星や移住用コロニーをもてはやす宣伝にガンを飛ばしていた。


 そんな父と育った影響が大きいのだろう。「オリーブと鳩」という名の宇宙探索計画を聞いたとき、真っ先にわたしの中に浮かんだのは猜疑心だった。


 ――地球以外に、人が住める星。理論上には見つかっているその星に人を派遣し、ゆくゆくは第二の母星として生活できるよう、生活環境を整える。それは旧約聖書の「ノアの箱舟」に例えられる。ノアが人が住める土地の存在を確かめるために鳩を放ち、オリーブの枝を持ち帰った鳩を出迎えたように、我々には鳩となる存在が必要だ。よって当該計画を「オリーブと鳩」と名付ける――


 耳ざわりがいい言葉が羅列されているのが、かえって怪しいと思った。宇宙船を作り、星に人を派遣するだけで十数年もかかる。人々の消費サイクルが極端に短いこのご時世において、短期的利益が見込めない計画にお金を積む人がどこにいるというのか。机上計算が得意な科学者が自説に注目してもらうためにでっち上げたと言われた方が、まだ納得がいく。


 しかし、「オリーブと鳩」は確実に始動していた。利益よりも費用の方が高い企画にもかかわらず。わたしはフリージャーナリストという立場を活かして、依頼される単発の仕事の合間を縫って計画を調べ始めた。


 調査を開始して間もなく、二人のキーパーソンの名が浮かびあがった。


 一人目は宇宙飛行士のクレインという男。大学・大学院を首席で卒業し、卒業後間もなく宇宙移行士の研修組織に入団する。そこでも卓越した能力を発揮し、数十年ぶりに誕生した「宇宙飛行士」として宇宙船OLIVE号の艦長に任命される。OLIVE号は「オリーブと鳩」のフラグシップとして、昨年宇宙の果ての星に向かい旅立った。


 二人目は宇宙のオウルという男。クレインとは大学の同期で、浅からぬ面識があったらしい。クレインが宇宙を目指す間、彼は宇宙移行士として人工衛星の環境整備に努めた。一見すると凡庸な技術者だが、彼の計画書を眺めていると、「オリーブと鳩」実現に必要な準備を人工衛星の中で進めていたことがわかる。


 このふたりは間違いなく、計画の実行に欠かせない存在である。しかし調査は、そこで行き詰まりを見せた。


 計画には、それを立案し指揮する存在がいるはずだ。いくら重要な立ち位置だとしても、クレインとオウルは計画を進める演者にすぎない。だが「オリーブと鳩」を推進する指揮者――計画に懐疑的なわたしからいわせれば首謀者――は、いくら二人の周りを洗っても出てこなかった。


 そもそも、クレインとオウルの動機も不明瞭だ。仮に「オリーブと鳩」の首謀者が存在しないのならば、彼らは能動的に計画推進に必要な材料を揃え、OLIVE号を建造、宇宙に送り込むところまで行ったわけだ。なぜ彼らはそんなに熱心に計画実現に向け邁進しているのだろう。二人の情熱はどこから来ているのか。


 どうせ移民政策に賛成派の、世情をよく理解していないいいところのお坊ちゃんが推進しているのだろうとは思う。今の宇宙移民計画は、増えすぎた旧途上国の人口を旧先進国の資金力でもって宇宙に移住させ、地球の環境汚染の低減と人口バランスの維持を図るものだ。


 その施策に納得している旧途上国の人間など多くはいないだろう。人口抑制策をとる国で、出生制限以上の子どもを生んでしまった場合、その子らは宇宙に移住させられる。生まれ故郷の土地を踏むことなく、人工衛星上で一生を終える子どもだっているのだ。彼らを宇宙送りにするためのカネと引き換えに、自国の治安維持と民族の統一性を図る旧先進国の住民たちの間でも、この施策に対する批判は根強くあった。曰く、旧途上国の人間をモノ扱いしている施策で、人権や尊厳を貶めるものである、と。

 わたしも旧先進国の出身だが、この施策には反対の意見をもつ者のひとりだ。いままでジャーナリストの仕事で直接この問題に触れる機会はなかったが、いつか大きく問題提起をしたいと考えていた。


 そう思っていたときに耳に入ったのが「オリーブと鳩」の計画概要だ。いままでの経緯を考えて、新星に移住することになるのは旧途上国の人々になるだろう。旧先進国の一方的な押しつけにより移民させられた人々は、旧先進国の人々に対する恨みが強い。もし彼らを新星に住まわせるようなことになれば、人間同士による醜い宇宙戦争の端緒となりかねない。

 「オリーブと鳩」の計画を推進しているクレインとオウルは、そこまで理解しているのだろうか。否、理解していたらこんな無謀な計画を進めたりはしないし、資金援助も得られていないだろう。きっとこの計画の裏には、なおも増え続ける途上国の人口増加問題を解決したい旧先進国政府の思惑などが絡んでいるに違いない。


 しかし、フリーのジャーナリストとして得られる情報には限界があった。今でも宇宙開発に関する情報はトップシークレットで、専門で宇宙開発に従事する宇宙移行士と、一部の政府関係者にしか情報は開示されない。であればジャーナリストとして選べる択はひとつ。わたしが自ら宇宙移行士の資格をとり、潜入取材を試みる。それしかない。


 ☆ ★ ☆


 タブレット端末で「合格」の文字を確認して、わたしは大きく息をついた。これでようやく、第一関門クリアだ。


 宇宙という資格ができて数十年が経つ。人々は増えすぎた人口のはけ口を宇宙に求め、いくつもの人工衛星やスペースコロニーが作られた。

 宇宙移行士は、それらの人工的な居住環境を整え、コントロールする職業だ。かつて存在していた宇宙飛行士という職業は彼らにとって代わられ、今や宇宙移民たちにとって欠かせない役目を担っている。資格を取りさえすれば誰でもなれるのだが、合格率八パーセント以下の筆記試験と、それよりも厳しい実技試験および身体検査を経る必要があり、気軽に挑戦できるものではない。それでもわたしは、潜入取材のために資格を取ると決意した。それが二年前のことだ。


 丸二年、仕事の合間をぬった試験勉強と体力づくりに励む。その努力がようやく実ったというわけだ。これでようやく、「オリーブと鳩」に近づくための最低限の準備はできた。

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