8、鶴を追う梟

 「モーセ」管制室での監視業務についていたクルーメイト各位


 約二年に及ぶ皆の働きぶりに感謝している。


 オウルから送られてきたメールは、こんな書き出しで始まっていた。


 先日、先行していたOLIVE号からの信号を受信し、ドクター・クレインを船長とする彼らの一団が新星に到着したことが判明している。これで、皆の業務はひと段落着いた。しかし「オリーブと鳩」の計画はまだ始まったばかりだ。


 OLIVE号に復路を航行する能力がないことを知っているメンバーも何人かいるだろう。「オリーブと鳩」は、新星を人間が住める最低限の状態にまで持っていくことが任務のひとつだ。しかし、OLIVE号だけではその役割を担えない。


 よって、俺が船長となる最新鋭の宇宙船で、彼らの後を追いかける。俺たちの新たな任務は、大きく分けて三つだ。

・新造の宇宙船に乗り新星へと向かう

・新星での通信環境や居住環境を整える

・OLIVE号のクルーをピックアップして、新星の環境維持業務に必要なメンバー以外で地球に帰還


 むろん、俺たちは宇宙移行士であり、宇宙船に乗って外宇宙へ旅立つなどというのは本来の業務範囲外だ。元々の業務計画書には記載していなかった内容だから、気が進まない者がいてもおかしくない。OLIVE号からの信号受信が業務満了の合図だと考えていた者も多い。


 しかし、俺はできれば共にOLIVE号の知らせを待っていたメンバーを中心に、宇宙へ旅立ちたいと考えている。もちろん先行したドクター・クレインのような宇宙飛行士は誰もいないから、苦労することもあるに違いない。それでも、新星の環境を整える業務は、今の地球や人工衛星、スペースコロニーの維持管理業務では得られない充実感と、唯一無二の経験ができると俺は確信している。


 俺たちとの仕事を辞めたいという人を引き留めることはしない。しかし、残ってくれるというのならば、引き続き共に働いて欲しい。皆が前向きな判断をすることを願っている。


 その後は、一週間以内に決断して欲しいという内容と、オウルの署名が書かれていた。


「オウルさん、手紙だったらちゃんと思いを言葉にできるじゃないですか」

 「モーセ」内の個室でメールを読んだわたしは、思わず小声でつぶやく。宇宙移行士だけで外宇宙に旅立つという遠大な計画が記されている割にはあっさりした文面ではあるが、オウルが先行したOLIVE号に合流したい、ひいてはその船長であるクレインに会いたいのだという思いは行間から読み取れた。


「どうしようかな……」

 わたしはメールを睨んで、ここ最近の出来事を振り返る。

 一年弱オウルと共に働き、彼とは面と向かって冗談を言える関係になっていた。たとえば、こんな具合だ。


「寡黙・沈黙・黙殺の三黙と名高いオウルさんからこんなに話が聞けるなんて。夜間当番も捨てたもんじゃないですね」

「人を三猿みたいに呼ぶなよ」

 夜間勤務の暇つぶしにオウルと言葉を交わしていたわたしが彼をからかうと、オウルはむっとした顔で言い返してきた。最近では、表情筋が固めな彼の感情の変化も読み取れるようになってきている。それにしても、日系人ではないオウルがことわざを知っているとは意外だ。さすが、大学を飛び級した実力は伊達ではない、ということか。


「オウルさん、古いことわざ知ってますよね」

「お前こそ、よくそんな熟語知ってるな」

「暇なので」

 わたしは手元に置いてある熟語辞典をふってみせた。最近は話し相手が多いのでめっきり開く回数が少なくなってきているが、それでも日課として持ち歩いている。わたしの手先に視線を移したオウルは、わずかに顔をしかめる。

「ミノリ、お前それ」

 持ち込み禁止だといいたいのだろう。「モーセ」の管制室はセキュリティチェックが厳しく、ハッキングなどがされないように私物――特に電子機器類――の持ち込みはすべて禁じられている。しかしそんなことはわかり切っているので、わたしは軽く笑みを浮かべる。

「電子セキュリティチェックは万全ですけど、意外と紙の本ってガード薄いんですよね。ただの熟語辞典なので気にしないでください」

「それ以前に、勤務中だぞ」

 なおも追及してきそうな雰囲気のオウルをかわすように、軽く言葉を返す。

「あ、今は読みませんよ?もう少しお話を聞きたいですから」

「また質問攻めか」


 ややげんなりした様子のオウルに思わず笑みが漏れる。この仕事に就いて間もない頃であれば、何の返しもなく黙殺されていたことだろう。それが今や、わたしと言葉のキャッチボールができるくらいにまで関係性が深まった。良い傾向だ。この調子で、どんどん「オリーブと鳩」の計画を丸裸にしていきたいところである。


 ただし、「オリーブと鳩」に対するわたしの認識は、取材当初からだいぶ変化しつつあった。社会情勢に疎いお坊ちゃまが夢見がちで推進している計画だと思っていたが、少なくともオウルはそんな推進者像にあてはまらない。まだまだ訊きたいことはあるが、彼自身も現在の宇宙移民問題には疑問を感じていて――むしろ当事者ですらある――、それでもなお、新星開拓計画を進めようとしているのだ。

 現時点で、オウルを計画に向け突き動かしている原動力はクレインの存在が大きそうだというところまではわかっている。しかし、いくら親友とはいえたったひとりの人間が目指しているからというだけで、頭の切れるオウルが従おうと思うだろうか。まだその点については疑問が残る。


 クレインについて詳しく調べるためには、オウルについていき宇宙船に乗って新星へと旅立つのが手っ取り早い。新星にいるであろうクレインから直接話を聞き、彼の人となりを知ることができるからだ。

 しかし、宇宙船での旅は数年間、地球を留守にすることを意味する。OLIVE号は新星へ到着するまで二年かかった。後発の宇宙船は技術革新が進んでいるからもう少し早く到着できるかもしれないが、到着後しばらく新星に滞在すること、往復の時間を考えると三年は地球に帰れないと思った方がいいだろう。

 ジャーナリストの仕事は情報の鮮度が命だ。三年も地球圏から離れていたら、その期間自らが持つ情報をアップデートすることができない。三年のブランクは、ジャーナリストとして致命的であると言える。もちろん、「オリーブと鳩」の取材以外に掛け持ちしていた個別の取材業務にも従事できなくなる。


 わたしの人生にとって、「オリーブと鳩」の計画を追求することは、そこまで重要だろうか? ベッドに腰かけ自問自答する。クレインが無事新星に到着しているというのは、OLIVE号からのメッセージから推測されているだけで、確証があるわけではない。万が一、オウルに同行して新星に到着したものの、クレインが体調を壊していたり、最悪の場合命を落としていたりしたらわたしの目的は達成されない。地球に帰還後も三年間留守にしていたフリーのジャーナリストに再び仕事を依頼してくれる奇特な人はなかなか現れないだろう。つまり、仕事も目的も、両方失ってしまうリスクがあるのだ。


「やめやめ。ひとりで抱え込むなんて、わたしらしくない」

 わたしは首を横に振り、メールの新規文面を立ち上げた。業務を通じて親しくなったオペレーターの一人にメールを打ち、送信ボタンを押す。

 重大な決断を下す時は、一人で全て考え決めてしまうより、誰かに話を聞いてもらうに限るのだ。

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